結菜と茉莉 5
No.6
破壊音を響かせて力づくで前進してくる。
「っちょ!マジかよ」
「「うわぁぁぁぁん」」
建物が壊れていく音に、強張っていた双子が恐怖に泣き、キツネは全力で走り出す。茉莉が足を取られコケて靴が片方脱げてしまったがそれに気づく余裕もない。しっかりと手を繋ぎ引きずりながらも腕を持ち上げ何とか立たせ、茉莉も必死に走ろうとする。結菜は結菜でよろめきコケそうになりながらも持ち堪えて走る。
四歳児でも分かる。立ち止まったら終わる。涙はすぐに止まり、幼い顔に似合わない切羽詰まった顔は、恐怖に歪むというより必死に恐怖に耐えている顔だ。萎縮しそうになる体を動かす事に一生懸命になっている。
バキバキバキバキッ!
メキメキ
ガラララ・・・・
建物を破壊しながら、止まることなくむしろ徐々にスピードをあげて追いかけてくる三本角の鬼山車。
大通りまでの距離があったため、すぐに追い付かれることはないが背後から聞こえる破壊の音は恐怖そのもの。それも破壊音との距離が縮まってきている。
「あった、あそこ!」
鬼山車の破壊音に負けないように大声で双子に話しかけ、視線はドアが壊れた建物に固定されている。
見えるところまできて双子の足に力がはいる。
もう少し。
もう少し。
倉庫だったらしく、大きな入口のドアは壊れて道に落ちている。
「さあ、二人とも先に入って。奥へ走って!」
グイっと手を引き寄せ、双子を自分の前に来させて背中を押し倉庫の中へいれるそこへ入った瞬間、
ゴドドッ、
メキィッ
バキバキ、
とその入口が壁もろとも砕け破片が降りかかる。
「「うひゃ!?ぁあー・・・・・ぁぁぁー・・・・」」
頭に、体にぶつかってくる破片に悲鳴をあげながら、キツネの言った通りに奥へ走ろうと床を蹴る。
ガクン!
体が落ちる感覚に目を見開くと土がむき出しになって雑草が生えているのが見えた。前を見ずに走りだしたから床が剥がれ落ちている事に気付かずに空に足を出してしまっていた。
ドサ!
ゴロゴロゴロ
バサバササ
パキポキ
ザザー
ピタ
「「・・・・・」」
床下は地面が傾いていて、双子は走った勢いのまま雑草の上に投げ出され転がって落ちていった。
転がる体がやっと止まり、目を回しながらなんとか頭をあげるとのどかな田舎の風景が広がっていた。
体のあちこちを擦り剝いたようで痛みがあるがそれどころじゃない。白い石畳は何処にもないく、ぼろい家屋もない。
立ち上がり辺りを見回すと、黄色いクマのタオルを干している家が道の反対側にある。
「ここ、さいしょの」
「かくれるばしょって、おばーちゃんトコだったの?」
後ろにいるキツネに聞くと返事がなく、振り返ると誰もいなかった。
見知った田舎の風景が広がるばかりで人影がない。
「「キツネ?」」
その後、キツネを置いてきてしまったとパニックになり、おじいちゃんちへ駆け込んだらお巡りさんがいて、お父さんが来ていて、近所のおじさんおばさんが居て、人の多さにビックリして固まった。
お母さんに抱きつかれるや、お父さんに怒られるや、おじいちゃんがお巡りさんに頭を下げているやら、寝込んでいたおばあちゃんが起きてくるし、近所のおじさんおばさんは、無事で良かったと連呼している。
落ち着いてから、双子は丸一日行方不明だったと聞かされた。
双子の頭の上に?マークが飛びまくっている。
夕方だったけど夜はこなかったのに一日?なんで?
双子の姿は泥だらけで枯れ葉まみれ。手足は擦り傷、切り傷で茉莉は靴を片方失くしている。涙の跡も顔に残っている。
慣れない土地に迷子になり、しかし自力で戻て来たのだと大人たちは理解しつつ、しかし、どこを探しても見つからなかった。
双子は今までどこにいたのか聞かれて、素直に探検に出発してかくれんぼして鬼山車に追われ、キツネを置いてきてしまったことを話した。キツネを助けたいとも。
四歳児の話すことは要領を得ず、いままでどこに居たかを聞いても音棚地には理解できなかった。なにより、この周辺に狐は生息していない。
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縁側でお母さんと一緒に探検セットの荷解きをしている。
リュックの余りの汚れっぷりに玄関に置きっぱなしにしていたのを、今日は中身を出して洗う事になった。
庭に水を入れたタライと、洗剤も用意されている。
お母さんの手作りリュックは付いた泥から湿気を吸って沁み汚れがあちこちに出来ている。洗うのは双子たちで、洗い終わったら子供プールに早変わりする。
全部を出し終えて、リュックを逆さまにして縁側から中の砂をパラパラと落としているとコロン、ヒラリと何かが落ちてきた。
「あ、花が」
黄色い花。リュックの底にペショリとなって萎れていたようで落ちてきた。
「わすれてた。きれいだったのに」
もう一つ、キツネから貰ったお守りのネコと鳥の石。
「・・・・キツネ、逃げれたかなぁ」
「逃げれたかなぁ」
石を拾い、しょんぼりとする双子。その手に大きな手が重なる。
お母さんの手が、石を持った二人の手に下から添わせじっと見つめ、徐々に顔色を青く変えていく。
「おかあさん?」
「つかれたの?」
コテンと首を傾げる双子の言葉など聞こえていないようで、突然、双子が持っていた石を取りあげてバタバタと部屋の中へ走っていった。
どうしたんだろう?
ま、いっか。
「洗おっか!」
「うん!」
洗剤をドバーッと入れて泡の小山を作り始める。四歳児に洗剤の目安など分かるはずも無い。
家の中が騒がしくなり、おじいちゃん、お父さん、お母さん、寝込んでだおばあさんまでが縁側に来た。
「結菜、茉莉、このネコと鳥の石をどこで見つけたの?」
コワいくらいに真剣なお母さんの表情に、ビクッと身構えてしまう。昨日は、一日帰ってこなかったとか訳の分からない事で散々に怒られたばかり。またなにか怒られるのかと、リュックを洗っていた手が止まる。
「これはね、結菜と茉莉が生まれた時に、お守りにと二人のお兄ちゃんが造ってくれたものなのよ」
強張った双子をみて、おばあちゃんが風邪が治らず鼻声のまま、優しく教えてくれる。
「これはね、結菜と茉莉が生まれた時に、お守りにと二人のお兄ちゃんが作ってくれたものなのよ。」
結菜と茉莉は知らなかった事だが、二人には五歳年上の兄がいた。双子が生まれた時、実家であるおじいちゃんちに兄の納おさめがいた。生まれたと連絡があった時、納は双子に、河原で猫と鳥に似た石を見つけて色塗り、猫と鳥のお守りを作ったのだ。
その夜、夏祭りにおじいちゃんとおばあちゃんと一緒に出掛け、キツネのお面を買ってもらい、ポケットに双子へプレゼントする猫と鳥の石をポケットにいれたまま姿を消してしまった。
人ごみに、手を離してしまった僅かの間にいなくなってしまったのだ。
どんなに探しても見つからず、祭り会場から外での目撃情報もなく今に至る。
「これ、どこで見つけたの?場所は分かる?くれた人はどんな人だった?」
「キツネにもらったの。おまもりだって。おなじとしくらいの男の子。」
「ハイキョでもらったの。青いじんべえをきてたよ。」
おばあちゃんの問いに答えるも分かるはずがない。
ただ、服装は行方不明になった時と同じだった。青い甚兵衛を着せてお祭りに連れて行った。納はそのポケットに猫と鳥の石を入れていたのを祖父母は見ている。家族たちは兄の納が双子を守ってくれたのだと、何故か確信を持ち、そしてもう納は生きてはいないのだろうと、心の片隅にあった希望が消え、不思議なことにすとんと受け入れることができた。
猫と鳥の後ろ側には、それぞれの石に「もうきては」「だめだよ」の文字が削られていた。