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アイドルとは!  作者: Aramaki_mai
第四章 選ばれる四人
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第50話 一人の仕事

挿絵(By みてみん)


その日の夜、ひよりのスマートフォンが震えた。布団へ入った直後だった。画面には、ナツの名前。ひよりは時計を見た。日付が変わっている。


「もしもし」


『まひるぅ』


出た瞬間に分かった。


「酔ってます?」


『酔ってないよ』


「酔ってる人の声です」


『ひどくない?』


「何飲んだんですか」


『ちょっと』


「何を」


『ちょっとお酒』


「種類を聞いてるんですけど」


『細かいなあ』


向こうで、何かをテーブルへ置く音がした。ひよりは枕へ頭を戻した。


「明日仕事じゃないんですか」


『仕事だよ』


「寝た方がいいですよ」


『まひるに言われたくない』


「何でですか」


『夜更かしするじゃん』


ひよりは黙った。


『ほら』


「今日はもう寝ようとしてました」


『今日はね』


「何なんですか」


ナツが笑う。十九歳だと信じていた頃なら、まず酒を飲んでいること自体に引っかかっていた。二十二歳だと分かった今は、問題が別にある。時間を考えずに電話してくる。


『ねえ』


「はい」


『四人だって』


ひよりは瞬きをした。さっきまでいたFRAME WORKSの事務所が浮かぶ。私たちが欲しいのは、天野まひるさんではありません。欲しいのは、リトルフレアです。


「言ってましたね」


『四人がいいんだって』


「うん」


『聞いた?』


「隣にいましたから」


『よかったねえ』


「ナツさんもいたでしょ」


『いたよ』


「じゃあ知ってるじゃないですか」


『そうなんだけどさあ』


ナツの声が少し遠くなった。


「ナツさん?」


返事の代わりに、小さく笑う声が聞こえた。ひよりがスマートフォンを耳へ寄せ直すと、ナツの声が近くに戻った。


『もう一回、言って』


「何をですか」


『四人がいいって』


「……四人がいいって、言ってましたよ」


『うん』


それで満足したように、ナツがまた笑った。ひよりは口を閉じた。自分も嬉しかった。グラニスから話が来たときも、メジャーという言葉には胸が動いた。けれど、今日は違った。最初から四人だった。


『私さ』


「はい」


『たまにはさあ』


珍しく言葉が途切れた。


『「どうしたらいい?」って聞く側やりたい』


「聞けばいいじゃないですか」


『誰に?』


「私とか」


『まひるに?』


「嫌なんですか」


『答え変だからやだ』


「失礼ですね」


ひよりは起き上がった。


「じゃあリオとかアンに聞けばいいじゃないですか」


『リオは真面目に考えすぎる』


「アンは?」


『正論で殴ってくる』


「じゃあ誰に聞くんですか」


『いない』


「自分で全員消したじゃないですか」


ナツが声を上げて笑った。


『まひる面白いねえ』


「酔ってるからです」


『ねえ、今度さ――』


もう話が変わっていた。今日帰りに買ったつまみが高かったとか、レイが最近差し入れをけちっているとか、まったく別の話が続く。ひよりは途中から相槌だけ返した。十分ほどして、


『じゃ、おやすみ』


「はい。ちゃんと寝てください」


『まひるもね』


「寝ますよ」


『アニメ見ないでね』


「見ません」


『ほんとに?』


「切りますよ」


『おやすみー』


通話が切れた。ひよりは暗くなった画面を見る。


「……どうしたらいいって、何を」


本人に聞く前に話は終わっていた。スマートフォンを枕元へ置く。


数秒後、枕元でまた震えた。画面にはナツの名前がある。ひよりはしばらく、それを見つめていた。


「……また?」


出ないでおこうか迷った末に、通話ボタンを押す。


「もしもし」


『まひるぅ』


「さっき話したでしょ!」


*


水曜。練習場へ入ったナツは、何事もなかったような顔をしていた。ひよりは靴紐を結びながら、その横顔を見る。


「ナツさん」


「何?」


「月曜の夜」


「月曜?」


「二回電話してきたの覚えてます?」


ナツの手が一瞬止まった。


「知らない」


「覚えてるじゃん」


「知らない」


「今止まった」


「準備して」


「はい」


ナツはそれ以上こちらを見ず、レイが曲を流すと、鏡の前へ広がる三人に加わった。ひよりが中央へ出て、次にナツ、リオ、アンと前を替わる。ひよりも三人の動きに合わせて場所を移った。誰か一人だけが真ん中に残り続ける形では、もうない。


間奏へ飛び込んだリオが一歩目を強く踏んだ。ぴたりと止まる。その後ろで、ひよりたち三人も形を作った。


「もう一回」


リオが言った。


「今のでよくない?」


アンが鏡越しに返す。


「最後、私が早い」


「見てなかった」


「見てよ」


「自分のとこ見てた」


「じゃあ動画撮る?」


ナツが壁際を見た。


「あ、私撮ります」


ひよりが手を上げる。


「まひるも踊るの」


「そっか」


「何しに来てるのよ」


レイが呆れた声を出した。ひよりが元の位置へ戻ったところで、


「はい、ちょっと止めて」


佐伯の声がした。曲が止まる。


「まひる、いい?」


「私?」


「そう」


ひよりは肩で息をしながら佐伯のところへ行った。三人も何となく寄ってくる。


「みんな聞いてていい話?」


「むしろ聞いてて」


佐伯がスマートフォンを持ち上げた。


「前から来てた話なんだけどね」


「前から?」


「『シュガー・ステップ』が広がった頃から、まひるに個人で踊ってほしいとは言われてたの」


アンの目が少し動いた。


「今回の動画の話が具体的になったのは最近よ。ちょうどグラニスの話が来て、そのあとアルノアも来たでしょう。返事は少し待ってもらってたの」


佐伯がスマートフォンを持ち直す。


「別のアーティストの新曲で、公式のダンス動画を出すんですって。それに天野まひるとして出てほしいって」


ひよりは一度、自分を指した。


「一人で?」


「一人で」


「踊るんですか?」


「ダンス動画なんだから踊るわよ」


「確認です」


「何をどう間違えると思ったのよ」


アンが横から佐伯の画面を覗こうとした。


「誰の曲?」


「まだ発表前」


「有名?」


「今は言わない」


「ケチ」


「外でぽろっと喋る子には言いません」


「喋んないし」


「ほんとに?」


「たぶん」


「ほら」


佐伯はスマートフォンを胸元へ戻した。


「振付そのものは向こうで用意する。ただ、一部分だけ、まひるらしく動きを変えてほしいって」


「私が?」


「そう。あんたの踊り方込みで声が掛かってる」


「へえ」


思わず声が出た。


「何、その返事」


アンが言う。


「いや」


ひよりは自分の手を見る。ライブでもない。リトルフレアの四人でもない。天野まひる一人へ来た仕事だった。少し前なら、それだけで居心地が悪くなったかもしれない。今は違う。


「やってみたい」


口から先に出た。三人を見る。


「あ」


「何で言ったあと見るの」


アンが言う。


「いや、一応」


「一応何」


「みんな、どうかなって」


リオが先に答えた。


「いいんじゃない?」


ナツも頷く。


「まひる向きだと思う」


アンも、


「やればいいじゃん。普通に」


と返した。誰も嫌そうには見えなかった。ひよりは佐伯を見る。


「じゃあ、やりたいです」


「返事はまだしなくていいわよ」


「でもやりたいし」


「日程とか確認してから」


「はい」


「返事は明日まで待ってもらってるから」


佐伯がレイに呼ばれ、その場を離れる。ひよりも元の位置へ戻ろうとした。


「これ」


アンが言った。


「向こうの公式にも出るんだよね」


佐伯が振り返る。


「もちろん」


「名前も?」


「天野まひるで出るでしょうね」


「そっか」


アンはそれだけ言った。


「何?」


リオが聞く。


「別に」


「今、何か考えたでしょ」


「これ出たら、またまひる知る人増えるなって思っただけ」


ひよりは少し笑った。


「増えたらいいね」


「うん」


アンも頷く。


「いいことだよ」


それで話が終わったように見えた。アンは鏡の前へ戻りかけて、足を止めた。


「こうやってさ」


三人が見る。


「まひるに仕事来て、まひるが出て、そこでまたまひる覚える人が増えたら」


一度言葉が途切れる。


「次の仕事も、またまひるに来るんだよね」


リオが眉を寄せた。


「それって悪いこと?」


「悪いって言ってない」


「じゃあ何?」


「だから……」


アンが止まった。すぐには続きが出てこない。


「ダンス見て来た仕事なら、まひるがやればいいでしょ」


リオが言う。


「まひるに合ってるじゃん」


「分かってるよ」


「じゃあいいじゃん」


「だから、いいって言ってるじゃん!」


アンの声が少し大きくなった。レイがこちらを見る。アンも気づいた。


「……何で私が反対してるみたいになんの」


「そう聞こえるから」


「してない」


「じゃあ――」


「はい」


ナツが二人の間へ入った。


「そこで続けるとまた長くなる」


「ナツが止めた」


ひよりが言う。


「止めるよ」


「また喧嘩してる?」


「してないし」


アンがすぐ返した。


「してる人、だいたいそう言うんだよね」


「前もそれ言った」


「前もそうだったから」


少しだけ空気が緩んだ。ナツが二人を交互に見る。


「アンが言ってるのは、まひるに仕事するなって話じゃなくて――」


そこで言葉が止まった。アンが続きを待つ。リオも。ひよりもナツを見る。ナツは一度だけ口を閉じた。


「……まあ」


髪を耳へ掛ける。


「私も、歌の仕事なら一人でやりたいけどね」


アンがナツを見る。リオも何も言わない。


「やりたいんですね」


ひよりが聞いた。


「やりたいよ」


「初めて聞いた」


「聞かれてないもん」


ナツはそれだけ言って、自分の位置へ戻った。


「ほら。練習するよ」


今度は誰の言葉も説明しなかった。リオが鏡の前へ戻る。アンも少し遅れて立ち位置へ入った。


ひよりは自分の場所へ戻った。レイが曲を頭へ戻す。


「次、止めないからね」


「はい」


音が始まり、ひよりは中央へ出た。ナツへ場所を渡して下がり、次にリオ、その次にアンが前へ出るのを鏡で見た。さっきまでと同じ振付を、誰も間違えずに踊った。


曲の終わりで四人が同時に止まる。鏡の中の形は、きれいに揃っていた。


*


練習後。ひよりは床に置いていた鞄を持ち上げた。リオは少し先でレイと話している。ナツはペットボトルの残りを飲んでいた。アンが上着を着る。


「アン」


「何」


ひよりは少し迷った。やりたい。さっき口にしたときから、それは変わっていない。


「私、やるって返事していい?」


アンの手が止まった。


「何で私に聞くの」


「いや……」


「リオにもナツにも聞くの?」


ひよりは二人を見る。リオがこちらを見た。ナツも。


「聞こうかなって」


アンが小さく息を吐いた。


「それ、あたしに決めさせないで」


ひよりは黙った。アンは鞄を肩へ掛ける。


「まひるの仕事でしょ」


そのまま先に扉を開けた。


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