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アイドルとは!  作者: Aramaki_mai
第四章 選ばれる四人
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第49話 欲しいのはリトルフレア

挿絵(By みてみん)

「今日のライブ、四人とも見させてもらいました」


男が言った。アンが手元の名刺へ目を落とす。


「アルノア・ミュージック……」


さっきより小さな声だった。ひよりは隣から名刺を覗こうとした。


「有名なところ?」


「有名だよ。……本人の前で聞く?」


アンは後半だけ声を落とし、名刺を胸元へ引き寄せた。


「知らないまま、知ってる顔するのも変じゃない?」


「あとで聞けばいいでしょ」


ひよりは向かいへ目を戻した。小声のつもりだったのに、男と目が合ってしまった。男が笑ったので、ひよりは慌てて姿勢を正した。


「すみません」


「いえ」


佐伯は何もなかったような顔で立っている。外の人間と話すときの、いつもの佐伯だった。


「今日はご挨拶だけです」


男が続けた。


「もしよろしければ、改めてお時間をいただけませんか。佐伯さんと、メンバーの皆さんにも」


「もちろんです」


佐伯が答える。アンの目がまた名刺へ落ちた。


「全員ですか?」


ナツが横からアンの腕を軽く叩いた。


「アン」


「何。確認しただけじゃん」


男は気を悪くした様子もなかった。


「はい。できれば皆さんに来ていただきたいです」


「分かりました」


佐伯が頭を下げる。男も四人へ一礼した。


「突然失礼しました。またご連絡します」


四人も頭を下げた。男が廊下を歩いていく。イベントスタッフとすれ違い、そのまま角を曲がった。姿が消えた。


「ねえ」


アンがすぐ佐伯を見る。


「何よ」


「これ、どういうやつ?」


「どういうやつって?」


「前と同じ?」


その一言で、少しだけ空気が変わった。グラニス・レコード。四人で初めてもらったメジャーの話。そして、四人で断った話。


「まだ何も聞いてないわよ」


佐伯が言った。


「話したいってだけ」


「でも四人全員って言った」


「言ったわね」


「じゃあ――」


「予想大会しない」


佐伯がアンの額を指で押した。


「痛っ」


「今日はライブ終わったばっかりでしょうが。着替えて、片づけて、帰る!」


「子供じゃないんだけど」


「十七歳でしょうが」


「関係ないし」


アンが額を押さえたまま睨む。ひよりは笑った。その横で、リオが小さく言った。


「四人、か」


ひよりはそちらを見る。リオはもう前を向いていた。


*


数日後、ひよりは会社の鞄を足元へ置き、FRAME WORKSの事務所でアルノアの担当者と向かい合っていた。前にグラニスの人が座った椅子に、今日はあの日の男がいる。


アンの前には、会場でもらった名刺が置いてあった。アンはその端に指を掛け、向かいで話す佐伯たちをじっと見ていた。


「アン、今日全然喋らないね」


小声で言うと、アンは顔だけをこちらへ向けた。


「……今はいいから」


ひよりは口を閉じた。アンはもう担当者の方を見ている。からかったつもりではなかったのに、何か余計なことを言った気がした。


リオは背筋を伸ばし、ナツもテーブルへ両手を置いて話を聞いている。ひよりは膝の上で指を組み、もう少し深く椅子へ座り直した。いつもの服でいつもの事務所にいるのに、ステージへ出る前より落ち着かなかった。


「それで、先日のお話ですが」


佐伯が言うと、担当者は四人へ向き直った。


「こちらとしては、メジャーデビューを前提に、リトルフレアの皆さんと具体的なお話をしたいと考えています」


また、メジャーの話が来た。ひよりの胸が弾んだ。前には、それだけで三人の顔を見て笑ってしまった。今は隣を見ても、アンもリオも向かいを見ている。ひよりも口を開かず、その先を待った。ここまでは、前と同じだった。


「先日のライブを見て、決めました。もちろん、現時点ではPRISMIAさんの方が完成度も、知名度も、動員も上です」


「はい」


リオがすぐに答えた。ひよりが横を見ても、リオは担当者を見たままだった。


「ただ、そこだけでは見ていません。私が一番気になったのは、誰か一人が前へ出ても、残りの三人が背景に見えなかったことです」


リオの目がわずかに動いた。


「誰かが歌えば、そこを見る。誰かが前へ出れば、そこを見る。でも次の瞬間には、また別の人を見たくなる」


担当者は四人を見渡した。


「四人でいるときの方が、それぞれが強く見えるグループだと思いました」


ひよりの口元が緩みかけた。あの日、リオが前へ出たときに見た赤い光まで浮かんだ。ナツも少し笑っていた。アンだけはまだ、口元を引き結んでいる。


「現状、一番知られているのが天野さんなのは間違いありません。『シュガー・ステップ』がありますし、ライブでも青が一番多い。天野さんを入口に知る人は、今後も多いと思います」


アンが顎を引いた。ひよりは膝の上で組んだ手に力を入れた。センターと言われたときは嬉しかった。今もやってみたい。それなのに、自分の名前が出るたび、隣のアンが気になってしまう。


「じゃあ、センターもまひるで固定ですか」


アンの声は、それまでより強かった。


「アン、聞き方」


ナツが小声で言うと、アンは一度だけそちらを見た。


「だって、また同じだったら……」


言いかけて、アンは唇を結んだ。それでも担当者の方へ向き直り、返事を待った。指先では名刺の角をつまんでいる。佐伯も口を挟まなかった。


「固定するつもりはありません。曲やパートに合わせて、前に出る人を変えていきたいです。映像でも、その人の見せ場をちゃんと追う形で考えています」


リオが口を開きかけ、それから、はっきりと頷いた。ひよりはその顔を見た。前に自分がセンターと言われたときも、リオは嬉しそうだった。今はひよりを見ずに、担当者の言葉を聞いている。


「先日のライブで、天野さんを見ていた方が瀬名さんを見て、水瀬さんを見て、星川さんを見ていました」


ひよりは、自分が横へ抜けたあとにナツの声が伸びたところを思い出した。客の声が少し薄くなり、歌が聞こえた。自分を見ていた人も、ナツの方を向いていた。


「そこまで含めて、リトルフレアだと考えています」


ナツがテーブルへ置いていた手を膝へ戻した。ひよりと目が合うと、今度は隠さずに笑った。ひよりも笑い返しかけたが、担当者がこちらを見たので向き直った。


「ですから、私たちが欲しいのは、天野まひるさんではありません」


自分の名前だった。ひよりは不思議と嫌ではなかった。


「欲しいのは、リトルフレアです」


誰もすぐには声を出さなかった。アンは名刺から手を離し、自分の膝へ置いた。口元がゆっくりと緩んでいく。


それから、ほんの少しだけ前へ身体を傾けた。


「……四人ですか?」


「はい」


担当者は頷いた。


「四人です」


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