↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アイドルとは!  作者: Aramaki_mai
第四章 選ばれる四人
PR
50/61

第48話 まだ負けてる

挿絵(By みてみん)

翌週の土曜日。池袋のライブホールへ入ったひよりは、舞台袖の隙間から客席を覗いた。前方から後方まで人が入り、奥の一段高い場所にも客が立っている。PRISMIAのタオルやペンライトが目立つ中に、青、赤、黄、紫も散らばっていた。前だけではない。


「リオ、赤、後ろにもあるよ」


「見えてる」


「さっきからずっと見てるもんね」


「まひるもでしょ」


「私は客見てるだけ」


「同じじゃん」


そう返しながらも、リオは客席から目を離さなかった。前のワンマンでは、何度も名前を呼ばれていた。自分から欲しがった前の位置に立ち、赤いペンライトも声も受け取った。それでも今日は、表情が少し硬い。ひよりは隣へ寄った。


「緊張してる?」


「してる」


今度は否定しなかった。


「珍しい」


「失礼だな」


「前はしてないって言ってたじゃん」


「前は、どれくらい違うか知らなかったから」


ひよりも客席へ目を戻した。夏の暑い日だった。まだ空の明るい大型フェスで、リトルフレアの出番にも客はいた。声も返ってきたし、ライブが終わったときには手応えだってあった。


そのあとPRISMIAが出てきた。広い客席が、一気にあの三人のものになった。何が違うのかもよく分からないほど、違った。そのとき隣にいたリオは、ひより以上に黙ってステージを見ていた。


「今日はさ」


「何?」


「前より近いといいね」


リオがこちらを見る。


「近くするんでしょ」


「あ、そうだった」


「他人事みたいに言わないで」


「言ってないよ」


後ろからアンが顔を出した。


「二人とも、レイさん呼んでる」


「今行く」


リオが幕から離れる。アンも一度だけ客席を覗いた。


「増えたね」


「何が?」


「うちら目当て」


ひよりが笑うと、アンはすぐに続けた。


「でも向こうも多い」


「見れば分かるってやつ?」


「今日はもう分かってるでしょ」


「分かってる」


前と同じ相手を見る。今度は、ただ圧倒されるためではなかった。


*


廊下でPRISMIAの三人とすれ違った。


「お疲れさまです」


ミアが先に笑った。


「お疲れさまです」


四人も返す。レナがリトルフレアの衣装を見てから言った。


「この前の渋谷サーキット、動画見ました」


アンの顔が少し上がる。


「見たんですか?」


「はい。『シュガー・ステップ』、客席も一緒に踊ってましたよね」


「やってました」


アンの返事が早い。ユイはナツを見る。


「サーキットの切り抜きも見ました。ナツさんの歌、すごく通ってました」


「ほんとですか?」


「はい」


ナツが嬉しそうに笑った。ひよりはリオを見る。リオは普通に三人へ挨拶している。夏のときのように、返事が一拍遅れることもなかった。けれど三人が通り過ぎると、小さく息を吐いた。


「やっぱ緊張してるじゃん」


「今のは違う」


「何が?」


「もう行くよ」


リオは先に歩いた。アンがひよりの横で小さく笑う。


「分かりやす」


「ね」


「聞こえてるから」


前から声が飛んできた。


*


今回も出演順はリトルフレアが先だった。


「続いては――リトルフレア!」


「リトルフレアー!」


歓声が返る。ひよりは一歩目を踏み出したところで、思わず顔を上げた。大きい。ワンマンより広い会場なのに、声が薄くなっていない。


「まひるー!」


「リオー!」


「ナツー!」


「アンー!」


四人の名前が、それぞれ違う場所から飛んできた。前方の声へ少し遅れて、後ろからも重なる。リオが一瞬だけ客席の奥を見る。そのまま最初の位置へ入った。音が始まる。四人で踏み込んだ。


ひよりは正面の青を見たあと、横へ視線を滑らせる。赤いペンライトを二本持った女性がいた。前のワンマンで、リオの間奏を褒めていた人だ。その少し後ろにも赤。こちらは知らない顔だった。


リオが前へ出る。強く床を踏み、身体を切り返した。次の音で止まる。


「リオー!」


赤い光が大きく揺れた。リオの顔が変わる。もう一度声を欲しがるように、客席へ手を伸ばした。


「リオー!」


今度は別の場所からも飛んできた。リオが笑う。ひよりも少しだけ口元を緩めた。


あの夏、リオはPRISMIAのステージを見ながら、誰が前へ出ても残りの二人が消えないことを気にしていた。それから何度も、四人の形を直してきた。まひるが大きく動きすぎれば位置を戻し、アンがカメラへ顔を向ければ残り三人の角度まで見る。ナツの歌を聴かせたいところでは、自分の動きを少し引く。そして今は、自分が前へ出たいとも言う。


リオが中央へ入るのに合わせ、ひよりたち三人は左右へひらいた。今、一番目に入るのは赤だ。その赤を見ながら動いても、四人の形は崩れない。リオが一瞬だけひよりへ目を向け、すぐに次の位置へ移った。


*


二曲目が終わると、アンがマイクを上げた。


「まだ声出るー?」


「おー!」


前方から返る。タンクトップくんの声が、やっぱり一番大きい。アンが片手を耳へ当てた。


「前だけ?」


今度は、前列の声に少し遅れて後ろからも返事が来た。アンの眉が上がる。


「いるじゃん!」


客席が笑った。さらに奥の、一段高くなった場所へ腕を伸ばす。


「そこー!」


ほんの一瞬、間が空く。


「おー!」


返ってきた。前ほど大きくはない。揃ってもいない。それでも一人ではなかった。いくつもの声が重なっている。


ひよりが笑う。ナツも笑っていた。リオは客席の奥を見たまま、ほんの少しだけ口元を上げた。


「じゃあ全部!」


アンが煽る。


「まだいけるー!」


「おー!」


今度は前と後ろが重なった。タンクトップくんだけではない。ひよりがまだ顔を覚えていない客まで声を出している。その返事を受けたアンが笑い、次の曲を告げた。四人も位置へ戻る。リオだけが最後にもう一度、客席の奥を見ていた。


*


「最後です!」


ナツが言った。


「えー!」


客席から声が上がる。ひよりは笑った。夏に聞いたPRISMIAの声なら、もっと大きかった。今だって、おそらく向こうの方が大きい。それでも今日は、比べるより先に嬉しかった。


「『フライング・ハート』!」


イントロが流れる。初めてステージに立った日の曲。ひよりは最初の位置へ入った。青い光の横で、赤、黄、紫も揺れている。


四人で腕をひらくと、客席から同じ動きが返った。前列だけではない。その後ろでも腕が上がり、奥では少し遅れて誰かが真似をした。


サビへ入り、ひよりは移動しながら客席を見た。口を動かしている人がいる。そこだけではなく、別の場所からも途中で声が重なってきた。少し早い人も、一部分しか歌えない人もいて、歌詞は全部揃っていない。それでも、ステージの四人とは別の声が聞こえた。


客が歌っている。リトルフレアの曲を。


足が少し軽くなり、ひよりは右を見た。ナツも気づき、歌いながら目をわずかに大きくしていた。アンは客の口元を追い、リオは振付を崩さなかった。


最後のサビへ入る直前、リオの顔が客席の奥へ向く。赤い光を持った女性が歌っていた。その隣にも、口を動かしている人がいる。リオの口元が上がった。


最後の音で、四人の動きが止まる。


「ありがとうございました!」


歓声が返ってきた。名前が飛ぶ。四人で頭を下げた。


*


袖へ戻る途中、リオが足を止めた。


「どうしたの?」


ひよりが聞く。リオはまだ客席を見ている。


「今、歌ってたよね」


「聞こえた?」


「聞こえた」


ナツが後ろから答えた。


「途中だけだったけど」


「でも歌ってた」


アンも笑っている。


「結構いたよ。前だけじゃなかった」


「見てたの?」


「見るでしょ」


「歌いながら?」


「まひるに言われたくない」


レイが後ろから四人を押した。


「はい、喜ぶの楽屋! 次来るから!」


「分かってます!」


ひよりは押されながら笑った。リオも歩き出す。けれど、楽屋へは入らなかった。袖の端へ寄る。


「見るの?」


「見る」


返事は誰より早かった。アンとナツも結局、その横へ並ぶ。ひよりも入った。司会者がマイクを上げる。


「続いては――PRISMIA!」


歓声が膨らんだ。ひよりは、夏のときほど身体を固くしなかった。


それでも大きい。自分たちの登場より、まだはっきり大きかった。前だけではない。後ろから返る声の厚さまで違う。レナ、ユイ、ミアがステージへ出る。三人とも普通に笑っていた。レナが中央に立った瞬間、客席の視線が集まる。


リオは三人を見ていた。夏と同じように、レナだけを追ってはいない。レナが前へ出ると、その後ろでユイが次の位置へ入る。ミアが端へ走り、客席へ手を伸ばす。リオの視線が順番に動いた。


「やっぱり上手いね」


ひよりが言う。


「うん」


「前より分かる?」


リオは少し考えた。


「前より、どこ見ればいいか分かる」


「何それ」


「前は全部すごく見えたから」


ステージから目を離さない。


「今は、何してるか少し分かる」


ひよりも三人を見る。レナが前へ出れば、そこが一番目立つ。ユイが歌い始めれば、客席の視線がそちらへ動く。ミアが端の客を煽れば、遠い場所でも腕が上がった。誰か一人が前へ出ても、残った二人が背景にはならない。


ステージではミアがマイクを上げた。


「後ろまでいけるー?」


間を置かず、後方から大きな返事が戻った。続けて反対側へ身体を向ける。


「そっちもいける?」


また返る。今度は呼ばれていない側からまで声が飛び、ミアが笑った。


「そっちもいるじゃん!」


客席にも笑いが広がる。


自分たちにも今日は、後ろから声が返った。アンが一度呼び、少し待てば、ちゃんと返ってきた。PRISMIAでは、その待つ時間がほとんどない。リオはステージだけでなく、ときどき客席へも目を動かしていた。夏には、三人の動きを追うだけで精一杯だった。今は、自分たちの客席を思い出しながら見ている。


*


「『君色シグナル』!」


最後の曲名が告げられただけで歓声が上がった。


「やっぱこれすごい」


アンが言う。


「まだ始まってないのにね」


ナツも客席を見る。イントロの途中から、何人も口を動かしていた。そしてサビへ入る。歌声が重なった。前方だけではない。後ろからも、横からも、同じ歌詞が飛んでくる。さっきの『フライング・ハート』で聞こえた声とは、まだ比べものにならなかった。


ひよりは悔しいと思った。けれど、自分たちの曲でも歌ってくれた人がいたことを覚えている。


小さかった。途切れていた。知らない人の方が多かった。それでも、ゼロではなかった。夏には見えなかった差が、今日は見える。


リオはステージと客席を交互に見ていた。レナが前へ出たとき、どれだけ声が増えるか。ユイが歌ったとき、客がどう反応するか。ミアが手を伸ばした先から、どれだけ早く返事が来るか。ひよりはもう話しかけなかった。リオが何を見ているのか分かった。


曲が終わり、歓声が押し寄せた。PRISMIAの三人が頭を下げても、リオは最後まで手を止めずに拍手していた。


*


終演後。四人は楽屋へ戻る途中で、まだ開いている客席の扉の前を通った。撤収を待つ人が少し残っている。リオが足を止めた。アンも止まる。


「どうだった?」


リオはすぐには答えず、客席を見た。赤いペンライトを持っていた女性と、黄色の女性。眼鏡くんも、タンクトップくんも、鉢巻くんもいる。その近くを、PRISMIAのタオルを肩に掛けた客が通っていった。


「まだ負けてる」


リオが言った。アンは何も返さない。ナツも黙っていた。ひよりだけが聞く。


「でも?」


リオがこちらを見る。


「何で続きある前提なの」


「顔」


「どんな顔」


「前と違う」


リオは少しだけ困ったように笑った。それから、もう一度客席を見る。


「……まだ、負けてる」


同じ言葉だった。でも、ひよりには一回目と同じには聞こえなかった。さっき客席から聞こえた『フライング・ハート』の歌声を、ひよりも覚えている。リオも、その歌声を聞いて袖で足を止めていた。


「おーい、四人とも」


少し先から佐伯に呼ばれた。


「何?」


アンが先に返す。佐伯の隣には、見覚えのない男性が立っていた。スーツ姿で、首からイベントの関係者証を下げている。


四人が近づく。男性が名刺を出した。


「突然すみません。アルノア・ミュージックの者です」


アンの目が一瞬だけ大きくなる。佐伯は外向けの顔のまま、四人を順番に紹介した。男性はリオ、ナツ、アン、ひよりへ一人ずつ目を向け、それから言った。


「今日のライブ、四人とも見させてもらいました」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。