↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アイドルとは!  作者: Aramaki_mai
第四章 選ばれる四人
PR
48/60

第46話 また、まひるのグループ

挿絵(By みてみん)

グラニス・レコードの女性を見送り、佐伯が事務所の扉を閉めた。廊下へ向けていた顔が、四人へ戻る。


「……返事は今日じゃなくていいわよ」


さっきまで外向けの声だったのに、もういつもの佐伯だった。


「向こうにも、四人で話したいって伝えてあるから」


ひよりは膝の上へ目を落とした。テーブルの向こうには、まだ女性が使っていた椅子がある。


メジャー。四人で。そこまでは、欲しかった言葉だった。そのあとに続いたのが、天野まひるを中心に、だった。


「……でも、メジャーだよ」


アンが言った。誰もすぐには返さない。


「四人ともデビューできるんでしょ?」


「そうね」


「じゃあ、すごい話じゃん」


「すごいよ」


ナツが答えた。アンはリオを見る。


「リオは?」


「何?」


「どう思う?」


リオは少し考えた。


「私は、まひるがセンターなのは別に悪くないと思う」


アンの口元がわずかに動いた。


「まひるのことになると甘いじゃん」


「それは関係ない」


返事が早かった。アンが眉を上げても、リオは続けた。


「今一番知られてるのがまひるなのは事実でしょ。入口を一人にするって考え方も分かるし」


「じゃあ、私がセンターでもいい?」


リオの返事が、一拍だけ遅れた。


「……今の話とは違うでしょ」


「まひるなら、すぐいいって言えたのに」


「だから、そういう意味じゃないって」


リオが声を強めた。アンはひよりを一度見てから、またリオへ顔を戻した。


「じゃあ、同じくらい考えてから言ってよ」


「考えて言ってる!」


「はい、そこまで」


ナツが手を上げた。


「今ここで勝ち負け決めない」


「別に喧嘩してないし」


アンが言う。


「してる人はだいたいそう言うの」


「リオにも言ってよ」


「二人に言ってる」


リオも黙った。ひよりは三人を見ていた。自分の名前が出るたび、座っている場所まで変わったような気がする。


「あのさ」


三人がこちらを見る。


「私、センターって言われたの、ちょっと嬉しかった」


アンが瞬きをした。リオも何も言わない。


「ちょっと?」


「……思ってたより嬉しかった」


「増えたじゃん」


「今分かったの」


ひよりは自分の膝を見た。


「ちゃんとライブ見てくれてたし。私が客席見てるところまで分かってたし。その人に真ん中やってほしいって言われたら……嬉しいよ」


口にすると、少し恥ずかしかった。でも、取り消したいとは思わなかった。


「やってみたいとも思う」


リオがこちらを見る。アンも今度は茶化さなかった。


「ただ」


ひよりは顔を上げた。


「ずっと私って決められるのがいいのかは、まだ分かんない」


「そこは私も気になるかな」


ナツが言った。


「センターがまひるなのと、全部まひるから始めるのは、少し違うし」


「でも向こうが言ってるの、たぶん後者でしょ」


アンが返す。


「宣材も、テレビも、個人の仕事も。まずまひるって」


佐伯は口を挟まなかった。


「それが一番届きやすいって話だったね」


ナツが言う。


「実際、今までそうだったし」


その言葉で、また全員が黙った。否定できなかった。


佐伯が立ち上がる。


「今日は帰りなさい」


「え?」


「そんな顔で決めても仕方ないでしょ。水曜、また練習あるんだから」


アンが椅子から立つ。


「練習と関係ある?」


「あるかもしれないし、ないかもしれないわよ」


「適当」


「今決めるよりマシ」


それには誰も反論しなかった。


*


水曜。鏡の前に四人が並んだ。


「一回さ」


ナツがスピーカーの横で言った。


「まひるを真ん中にしたまま、やってみない?」


「何を?」


「この曲」


次のライブで使う曲だった。普段はパートごとに前へ出るメンバーが変わる。


「グラニスの形、ってこと?」


アンが聞く。


「完全に同じじゃないけど。考えてても分かんないし」


ひよりは鏡を見る。真ん中。


「やってみる」


「早」


アンが笑った。


「やりたいって言ったし」


「言ってたね」


リオが少しだけ笑う。音が流れた。ひよりが中央に立つ。赤、黄、紫が左右と後ろへ広がった。


最初は普通だった。むしろ形が分かりやすい。鏡の真ん中に青がいて、三色が動く。リオが横を抜けても、ひよりは中央へ戻る。


ナツの歌に入ると、横から声が飛んできた。普段なら一歩前へ出るところなのに、今日はそこに残っている。ひよりは反射的にナツを見た。


「まひる、前」


リオの声。


「あ」


正面へ戻ると、次はダンスの間奏だった。リオの足が速く入れ替わる。いつもなら中央へ入ってくる赤が、今日は横で踊っていた。


ひよりはその場所を空けず、中央に残った。ちゃんと揃っているし、形も崩れてはいない。それでも鏡の中で、何度もリオを見てしまった。


最後のサビ。アンがカメラを意識する振付の位置へ来る。今はカメラなどないのに、顔が一瞬で変わる。それも横だった。


曲が終わった。四人とも鏡を見る。


「……悪くはない」


最初に言ったのはアンだった。


「私もそう思う」


リオが続ける。


「むしろ形は分かりやすい」


「でしょ?」


ナツがひよりを見る。


「真ん中どうだった?」


「楽しい」


「即答」


「だって楽しいよ」


ひよりは笑った。真ん中に立つ。三人が横や後ろで動く。客席があれば、一番先に見つけてもらえる場所なのだろう。


「でも」


ひよりは鏡の中のナツを指した。


「ナツさんが歌ってるとき、そっち見たくなった」


「私は?」


リオが聞く。


「間奏もリオ見てた」


「じゃあ前見てなかったじゃん」


「だってリオのところじゃん、あそこ」


アンが笑う。


「センター向いてないんじゃない?」


「それは違う!」


「何でそこだけ必死なの」


「やりたいから!」


言ってから、ひよりは自分で笑ってしまった。リオも少し笑った。


「私は、まひるが真ん中でも成立すると思う」


ただ、そのあとに続けた。


「でも、あの間奏は私が前やりたい」


さっきまでの笑いが少し静かになる。


「前よりもっと、やりたい」


リオは鏡を見た。


「まひるが向いてるところはある。でも、それで最初から全部決まるのは嫌」


ひよりは頷いた。


「うん」


「……うん、でいいの?」


「何が?」


「私、まひるより前に出たいって言ってるんだけど」


「出ればいいじゃん」


「簡単に言うね」


「だって私が決めることじゃないでしょ」


アンが壁際へ座った。


「リオは実力で取りたいんでしょ」


リオがアンを見る。


「……そう」


「だったら最初から決まってんの、そりゃ嫌か」


アンは自分のスマートフォンを手に取った。


「でも見せ方としては、まひる真ん中分かりやすいよ」


「アンは賛成なの?」


ナツが聞く。


「そういう意味じゃない」


「じゃあどっち?」


「だから」


アンが少し苛立つ。


「分かるのと、やりたいのは別じゃん」


ナツは何も言わなかった。アンが続ける。


「短い動画とか、初めて見る人に一人覚えてもらうなら、まひる真ん中でいいと思う。私でもそうする」


ひよりはアンを見た。アンが『シュガー・ステップ』を撮った日を思い出す。


「でも、それでずっと行くのは嫌」


アンは画面を消した。


「私も名前で呼ばれたいし」


それ以上は言わなかった。


「ナツは?」


ひよりが聞く。


「私?」


「まだ言ってない」


ナツは少し困ったように笑った。


「私は……受けてもいいかなって、ちょっと思ってた」


三人が見る。


「え?」


アンが一番驚いた。


「だって、メジャーだよ」


「それ私が最初に言ったじゃん」


「だから。入口がまひるでも、そこから私たちを見てもらえるなら、それでもいいのかなって」


「今も?」


リオが聞く。


ナツはすぐには答えなかった。


「分かんない」


「ナツさんもそれ使うんだ」


ひよりが言う。


「まひるに言われたくない」


「私のなの?」


「さっきまで散々使ってたでしょ」


少しだけ笑いが戻る。ナツはペットボトルを持った。


「ただ、歌ってるときくらいは私を見てほしいかな」


小さく笑う。


「そこまでずっとまひるだったら、たぶん嫌」


「それは私も嫌」


ひよりがすぐ答えた。


「何でまひるが決めるの」


「ナツさん歌ってるのに、私見られても困るし」


「困りはしないでしょ」


「もったいない」


ナツが少しだけ目を丸くした。それから、


「ありがと」


と笑った。


アンは三人を見ていた。


「……結局さ」


声が低くなる。


「向こう、間違ってないんだよね」


誰も返さない。


「私がグラニスでも、今ならまひるから売るよ」


はっきり言った。


「一番知られてるし。シュガー・ステップもあるし。まず一人覚えてもらって、そこから四人。普通にその方が早い」


リオも否定しなかった。ナツも黙っている。


「だから余計嫌」


アンが言った。


「何が?」


ひよりが聞く。


アンは鏡を見た。赤。黄。紫。青。


「また、まひるのグループじゃん」


ひよりは何も言えなかった。前にも聞いた言葉だった。悪口ではなかった。動画を見た人が、何気なく使っただけだった。


そのたびアンは、リトルフレアだから。そう言っていた。


「私、まひるが売れるの嫌じゃないからね」


「うん」


「そこ勘違いしないで」


「してない」


「ならいい」


アンはそこで一度黙った。


「メジャーも行きたい」


「うん」


「めちゃくちゃ行きたい」


その声だけは迷わなかった。


「でも、これ受けたら、たぶんずっと引っかかる」


ナツがアンを見る。


「それで始めたら、いつか揉めるかもね」


「今でも揉めてるけど」


「それ言ったら終わりなの」


リオが息を吐いた。


「私は、この条件のままなら受けたくない」


アンが見る。


「センターまひるでいいって言ってたじゃん」


「それと固定は別」


「そこは譲らないんだ」


「譲らない」


今度は返事が早かった。ひよりは三人を見た。


「私も」


言う。


「センターはやってみたい」


「知ってる」


アンが返す。


「さっき大声で言ってた」


「でも、この話のままは嫌」


それだけだった。ナツだけがまだ黙っていた。三人の視線が集まる。


「また私?」


「最後だから」


アンが言う。


「……ずるいなあ」


ナツは少し笑った。


「私は、まだ受けてもいいと思ってるところもあるよ」


アンの顔が止まる。


「でも」


ナツは三人を見る。


「三人が引っかかったまま始めるのは、もっと嫌」


「それでいいの?」


リオが聞く。


「よくはないよ」


ナツの返事は少しだけ強かった。


「私だってメジャー行きたいし」


四人とも黙る。


「だから、断ったあと後悔するかもしれない」


ナツは立ち上がった。


「それでも、今これで始めるよりはいいと思う」


アンは何も言わなかった。ひよりも。全員が同じ理由になったわけではなかった。


*


金曜。佐伯は四人の前でスマートフォンを持っていた。


「本当にいいのね?」


最初にリオが頷いた。


「はい」


アンも、


「うん」


と続く。ひよりも頷いた。ナツだけが一拍遅れて、


「お願いします」


と言った。佐伯は四人の顔を順番に見た。


「分かった」


佐伯が発信した。呼び出し音が続く間、アンは膝の上で指を組んでいた。やがて電話が繋がる。


「お世話になっております。FRAME WORKSの佐伯です」


声が変わる。いつもの佐伯ではない。


「先日はありがとうございました」


ひよりは自分の膝を見た。ほんの数日前。向こうからメジャーの話が来たと聞いて、四人で笑った。


「本人たちとも改めて話しました」


佐伯が続ける。


「今回のお話ですが、申し訳ありません。見送らせていただければと思います」


アンの指が止まった。


本当に言った。


何度か短いやり取りが続く。


「はい。条件が悪いということではありません」


少し間が空く。


「こちらの判断です」


また話を聞く。


「ありがとうございます。こちらこそ、今後ともよろしくお願いいたします」


通話が切れた。佐伯がスマートフォンを下ろした。誰も何も言わない。アンが先に立った。


「……すっきりしない」


「するわけないでしょ」


ナツが言った。


「そっか」


「メジャーの話、一本断ったんだから」


「分かってる」


アンは鞄を肩へ掛ける。リオも荷物を取った。ひよりはまだ座っていた。


断った。四人で行きたいから。そう決めたはずなのに、胸の中は全然軽くならなかった。


アンが扉を開ける。外へ出る前に、一度だけ振り返った。


「次、ある保証ないからね」


誰も大丈夫とは言わなかった。アン自身も、そう言ってほしそうには見えなかった。ひよりは立ち上がった。


「うん」


それだけ答えた。四人で事務所を出た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。