↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アイドルとは!  作者: Aramaki_mai
第三章 広がる名前
PR
37/61

幕間② 私服のほうが恥ずかしい

挿絵(By みてみん)

二月も終わりに近い土曜日。いつものライブを終えたあと、リトルフレアの四人は楽屋で衣装を脱いでいた。今日はこのまま同じ会場で、少し変わった特典会がある。一部は私服。いったん客を入れ替えて、二部は自由コスプレ。


ひよりは青い衣装をハンガーへ掛け、持ってきた服に着替えた。薄いグレーのパーカーに黒いロングスカート。休みの日なら、そのままコンビニへ行くような格好だった。鏡の前で髪を手櫛で直していると、隣から視線を感じた。


「……それで出るの?」


アンに見られ、ひよりはパーカーの裾を少し引いた。


「私服って書いてたから。いつも着てるやつ」


「あたし、今日のために選んだんだけど」


「それも私服でしょ」


アンはひよりの服をもう一度見てから、鏡の横へ場所を空けた。


「そっか。まひるは本当にいつものままで来るんだ」


「……なんか、着替えたくなる言い方しないでよ」


アンはコートを脱いだ。中から出てきたのは、明るい色のニットと細身のパンツだった。外を歩くにはまだ寒そうなのに、鏡の前へ立つときれいにまとまって見える。


「それ寒くない?」


「外じゃコート着るから」


「じゃあ中でも着てればいいじゃん」


「写真にコートで写る気?」


「駄目なの?」


「駄目」


即答された。


何がそこまで駄目なのか、ひよりにはよく分からない。


その横では、ナツが落ち着いた色のニットへ着替えていた。


ひよりは何となく見ていて、口を開く。


「ナツさん、二十二――」


「言わなくていい」


「まだ何も言ってないです」


「絶対言おうとした」


「二十二歳っぽいなって」


「ほら!」


ナツが振り返った。


「十九歳でもこういうの着るから!」


「でも二十二ですよね」


「そこはもう分かったでしょ!」


アンが鏡を見ながら笑った。楽屋の扉が開く。


「何の話?」


入ってきたリオを見て、今度はひよりが黙った。黒いパンツに白いスニーカー。上もゆったりしたパーカーで、普段の衣装姿よりずっと動きやすそうだった。


「リオ、そういう服着るんだ」


「どういう服?」


「もっと……ちゃんとしてるやつかと思ってた」


「これもちゃんとしてるけど」


「そうじゃなくて」


「じゃあ何?」


言葉に詰まったひよりの代わりに、アンが言った。


「昔バスケやってたから、こういうの楽なんでしょ」


「まあね」


「バスケ?」


ひよりがリオを見る。


「やってたよ」


「知らなかった」


「聞かれてないから」


「言ってくれればいいのに」


「何で全部言わなきゃいけないの?」


「それはそうだけど」


ひよりはもう一度、自分の姿を鏡で見た。さっきまで着ていた青い衣装なら、客の前へ出ることに何も思わなかった。今はパーカーの裾が妙に気になる。


「……なんか今日の方が嫌かも」


三人が見る。


「何が?」


「これで人前出るの」


アンが首を傾げた。


「衣装より?」


「うん」


「何で?」


「衣装は衣装じゃん」


「私服も服だけど」


「そういう意味じゃなくて」


説明しようとして、自分でもよく分からなくなった。衣装は天野まひるが着るものだった。今着ているのは、榎本ひよりが昨日も着ていた服だ。そこまで考えて、口に出すほどのことでもない気がした。


「……分かんない」


「何それ」


アンが呆れたところで、レイが扉から顔を出した。


「準備できた? もう入れるよ」


「はーい」


ナツが返事をする。


ひよりはもう一度だけパーカーの裾を引っ張ってから、三人の後を追った。


*


「ライブのときと全然違いますね」


何人目かの客にそう言われ、ひよりは自分の服を見た。


今日が初めての客らしい。


「悪い方?」


「え?」


「全然違うって」


「あ、違います。普通にかわいいって意味で」


「普通?」


客は慌てて首を振った。


「地味って意味じゃないです。こういう服も似合うなって」


ひよりはパーカーの袖口をつまんだ。さっき鏡の前で見たときには、褒めてもらえる服だとは思わなかった。


「……これでよかったんですか」


「はい。すごく」


「じゃあ、ありがとうございます」


まだ袖を気にしていると、客が自分の服も見下ろした。


「俺、もっとちゃんとしてくればよかったですかね」


「え、私パーカーですよ」


思わず返すと、客が笑った。ひよりも袖から手を離して笑った。


レイがカメラを構える。


「はい、どうする?」


「普通にピースで」


ひよりの眉がわずかに動いた。


「まひる」


アンがすぐに呼ぶ。


「何」


「今また反応したでしょ」


「してない」


「した」


「はい、撮るよー」


レイに急かされ、ひよりは慌てて正面を向いた。シャッターが切れる。客が笑いながら帰ったあとも、ひよりは少し納得できずにいた。


「普通にかわいいって、かわいいより下なのかな」


「まだ考えてんの?」


アンの声が飛んできた。


「もう次の人いるから」


「あ、すみません」


ひよりは慌てて前を向いた。


*


「肩、そっち」


「こっち?」


「逆」


「こう?」


「行きすぎ」


客が途切れた隙に、ひよりはアンの方を見た。若い女性がチェキの位置へ立っている。初めて見る顔だった。どう立てばいいのか迷っている女性を、アンは指先だけで少しずつ動かしている。


「もうちょい身体こっち。顔だけカメラ」


「難しい」


「止まってればいいから」


「アンちゃんが全部やってる」


「お任せって言ったのそっちじゃん」


アンが女性の隣へ入った。相手との身長差を見て少しだけ膝を緩める。次の瞬間には、もうカメラへ一番きれいに見える角度で顔を向けていた。レイがシャッターを切る。出てきたチェキに、少しずつ色が浮かんだ。


「あ、いい」


女性が言った。


「でしょ」


アンは即答した。


「自分で言うんだ」


ひよりが口を挟む。


「いいのに悪いって言う必要ないじゃん」


「それはそうだけど」


女性が笑った。


アンはペンを取る。


「名前、何て書く?」


女性が名乗った。


「今日初めて?」


「物販は初めてです。ライブも今日が初めて」


「へえ」


「四人の動画、何本か見てて」


女性が鞄を持ち直した。少し開いた口から、紫色のペンライトが覗いた。アンが先に気づく。


「紫じゃん」


「あ」


女性も鞄の中を見た。


「今日、ちょっと振ってみました」


「ちょっと?」


「まだ誰推しとか決めてなくて」


「じゃあ何で私のところ来たの」


女性は少し考えた。


「アンちゃん、写真すごく映えそうだったから」


「何それ」


言いながらも、アンは少し笑っていた。


「でも、思った通りでした」


「でしょ」


「また言った」


「だからいい写真なんだからいいじゃん」


アンは出来上がったチェキへ名前を書き足し、相手へ返した。


「今日ので決めれば?」


「誰推しか?」


「次も来るか」


女性が一瞬きょとんとして、それから笑う。


「じゃあ、また来ます」


「うん」


アンはそれだけ返し、次の客へ顔を向けた。引き止めもしない。紫を勧めもしなかった。ひよりは女性が帰っていくのを少し見てから、自分の方へ客が来たことに気づいた。


「あ、すみません」


「アンちゃんのところ見てました?」


「ちょっと」


「仲いいですね」


「まあ」


答えながら、ひよりはアンを見る。向こうはもう次の客を、数センチ横へ動かしていた。


*


一部が終わると、いったん客が外へ出された。四人はまた楽屋へ戻り、今度は机の上に置いていたコスプレ衣装を広げた。


ひよりは青い布を持ち上げ、短いマントを広げた。先の尖った帽子と腰へ巻くベルト、その横には星のついた杖もある。


「それ絶対、自分で選んだでしょ」


アンが言った。


「何で?」


「顔」


「顔?」


「さっきまでと違う」


ひよりは鏡を見る。そんなに変わったつもりはない。


「魔法使いだから」


「まだ着てもないじゃん」


「杖あるよ」


「見れば分かる」


「ちゃんと星ついてる」


「それも見れば分かる」


ひよりは杖を一度振った。


「何か出るかな」


「出ない」


「分かんないじゃん」


「出たらイベント中止だわ」


後ろからナツの声がした。


「それより、これどう?」


振り返る。白衣を羽織っていた。胸にはそれらしい名札まで付いている。ひよりは数秒見る。


「それ、仕事じゃないですか」


「違うよ!」


「白衣でしょ」


「白衣なら全部同じ仕事じゃないから」


「じゃあ何が違うの?」


「色々!」


アンが吹き出した。


「一番コスプレ感ないんだけど」


「ちゃんとコスプレだから!」


その横では、リオが赤を基調にしたバスケットボールのユニフォームを着ていた。


「リオはバスケなんだ」


「そう」


「ボールは?」


「特典会でドリブルする気?」


「しないけど」


「じゃあいらないでしょ」


アンは黒いジャケットを羽織り、グローブをはめていた。ひよりはすぐに分かった。


「バイク?」


「そう」


「原付なのに?」


アンが振り返る。


「衣装だから!」


「でも今乗ってるの原付でしょ」


「今はね!」


「これで原付乗るの?」


「乗らない!」


「じゃあ――」


「コスプレって言ってるでしょ!」


ナツが白衣の袖を引っ張りながら頷いた。


「そう。コスプレだから」


「ナツさんはそっち側に行かないで」


「何で?」


「一番怪しいから」


「ちゃんと研究者っぽいでしょ!」


「普段も研究所行ってるじゃん」


「だからそれとこれは違うの!」


リオが声を上げて笑った。ひよりは魔法使いの帽子を被った。少し大きくて、目元までずり落ちる。持ち上げて角度を直す。


「これ、踊ったら落ちそう」


「踊らないから」


「写真だけ?」


「特典会だからね」


アンに言われ、ひよりは少し残念だった。


*


「もう一枚は、かわいい感じでお願いします」


二部が始まって十分もしないうちに、ひよりは客から注文を受けた。すでに一枚、星の杖を真正面へ突き出した写真を撮っている。


「これ、かわいくない?」


「かっこいいです」


「じゃあ次どうする?」


「もう少し普通に」


ひよりの目が動いた。


「まひる」


隣からアンの声。


「何」


「そこ反応するの、今日だけでもう三回目」


「だってまた言われた」


「言葉に恨みでもあんの?」


「別にないけど」


「じゃあ杖下ろして。ハートでも作れば?」


ひよりは杖をレイへ渡した。客と並んで、両腕で大きなハートを作る。


「でかい」


アンが言った。


「何が?」


「ハート」


「見えやすいじゃん」


「チェキだって」


「じゃあどうするの」


「こう」


アンが自分の客と作っていた小さなハートを見せる。ひよりも真似した。


「これ?」


「そう」


「魔法使い関係ないじゃん」


「誰が魔法使い要素残せって言ったの」


「設定あった方がやりやすいんだけど」


客が笑った。ひよりはその人を見る。


「笑うところ?」


「すみません」


「ほら撮るよ!」


レイの声で前を向く。シャッターが切られた。出てきた写真には、ひよりと客が笑って写っていた。その端に、アンの肩と横顔まで入っている。


「あ、アンも入ってる」


「最悪」


アンが覗き込む。


「撮り直そ」


「これいいです」


客が先に言った。


「いや、入っちゃってるから」


「これがいいです」


「絶対もう一枚の方がいいって」


「これ欲しいです」


客は写真を守るように胸へ寄せた。アンが納得できない顔をする。


「何で?」


ひよりは笑った。


「アン、負けてる」


「写真で負けるって何!」


*


「四人で一枚!」


最後の方になって、タンクトップの男が声を上げた。


「声!」


レイが即座に注意する。


「四人で一枚!」


「小さくしてもでかい!」


結局、四人で並んだ。ひよりが青い魔法使いの帽子の下から横を見ると、赤いバスケットボール選手と白衣姿、その先には黒いライダーがいる。


「バラバラだね」


「自由コスプレだからね」


ナツが笑う。アンはもう立ち位置を調整している。


「まひる、もうちょいそっち。リオ詰めて」


リオが一歩寄る。ひよりの帽子が肩へ当たった。


「あ、ごめん」


「大丈夫」


帽子を直す。リオもこちらを見る。


「まだ曲がってる」


「どっち?」


「こっち」


リオが帽子の端へ手を伸ばした。


「はい、撮るよー!」


レイの声が飛ぶ。リオが慌てて正面を向く。


「リオ、今まひる見てたでしょ」


アンが言う。


「帽子直してただけ!」


「はいはい」


「ほんとだから!」


ひよりもリオを見る。


「まだ曲がってる?」


「今は大丈夫」


「二人とも前!」


アンが怒鳴った。その瞬間、シャッターが切れた。


「あ」


四人の声が重なった。出てきた写真を覗いて待つうち、白かった面に少しずつ色が浮かぶ。タンクトップの男が先に笑い出し、ナツまで吹き出した。アンだけは、同じ写真を見たまま固まっていた。


「……何これ」


ひよりとリオはお互いを見ている。アンはこちらを向いて怒っている。ナツはそんな三人を見ながら笑っていた。真ん中の男まで、カメラではなくアンの方を見ている。


「撮り直そ」


「これがいい!」


「何で!?」


「めっちゃリトルフレアっぽい!」


「どこが!」


「全員好き勝手!」


「それ褒めてないじゃん!」


「欲しい!」


男は写真を両手で持った。アンはまだ納得していない。


「ちゃんとしたのも撮ろうよ」


「これがいい!」


「だから何で!」


ひよりはもう一度写真を見る。誰一人、きれいにカメラを見ていない。それでも四人とも、変な顔ではなかった。ナツは笑っている。アンも怒鳴っている途中なのに、口元は少し笑っていた。


「私もこれ好きかも」


「まひるまで言うな!」


*


すべて終わった頃には、外はもう暗かった。四人はコスプレから私服へ着替え、その上にコートを羽織った。地下から階段を上がれば、さっきまで魔法使いだったひよりも、白衣のナツも普通の冬服だ。冷たい風が顔に当たった。


「寒っ」


アンがすぐにコートの前を閉じた。


「やっぱその服寒いんじゃん」


「外ではコート着るって言ったでしょ」


「中も寒くなかった?」


「平気」


「ほんと?」


「うるさいなあ」


ナツが隣で笑う。


「まひる、後半ずっと元気だったね」


「何が?」


「魔法使い」


「あれはやりやすかった」


「私服より?」


「うん」


ひよりは即答した。アンが呆れた顔を向ける。


「まだ言ってんの?」


「だってコスプレは役あるじゃん」


「役?」


「魔法使い」


「それしかないじゃん」


「それがあるからいいの」


自分でも少し変な理屈だと思う。けれど、私服で客の前へ出たときの方が、最初はずっと落ち着かなかった。今はもう、そのパーカーの裾を気にしていない。


横からリオが言った。


「魔法使い、似合ってたよ」


ひよりがそちらを見る。


「ほんと?」


「うん」


「よかった」


アンが振り返る。


「聞く相手間違ってるから」


「何で!?」


「まひるに甘いじゃん」


「甘くない!」


ひよりは少し考えた。


「じゃあ私服と魔法使い、どっちがよかった?」


「え?」


「どっち?」


「選ばなきゃ駄目なの?」


「聞いたから」


リオが困った顔をする。


「……どっちも」


アンがすぐに笑った。


「ほら!」


「何がほらなの!」


ナツも笑う。駅へ向かう冬の道で、四人の声が重なった。ひよりはコートのポケットへ両手を入れた。パーカーの裾が少しめくれていることに気づいたけれど、今度は直さず、そのまま三人の横を歩いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。