↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アイドルとは!  作者: Aramaki_mai
第三章 広がる名前
PR
36/63

第35話 永遠の19歳です

挿絵(By みてみん)

水曜日の練習が始まる前、ひよりは壁際に座ってスマートフォンを睨んでいた。画面には、悠真から届いたメッセージが表示されている。


『次のライブいつ?』


既読をつけてから五分ほど経っているが、まだ返していない。


「何、その顔」


靴紐を結んでいたアンがこちらを見た。


「悠真から」


「弟?」


「次のライブいつって」


「もうファンじゃん」


「違う。絶対、面白がってるだけ」


ひよりはスマートフォンを伏せた。ライブを見られてから、家では思ったより何も変わっていない。父も母も普段通りで、悠真だけが時々、あの日の千鳥足を思い出したように真似してくる。それは腹が立つ。しかも、今度は次のライブまで聞いてきた。


「また来たいんじゃない?」


ストレッチをしていたリオが言った。


「来なくていいって言った」


「でも、来たいって言われるのはいいことでしょ」


「お客さんならね」


「家族も客席に入ったらお客さんじゃん」


「リオまで」


ナツが笑いながら髪をまとめた。


「いいじゃん。応援してくれてるんだから」


「応援されるのが嫌なんじゃないです。見られるのが恥ずかしいんです」


「アイドルが言うことじゃないよ、それ」


「家族は別なの」


「じゃあ昔の知り合いは?」


アンが聞いた。


「もっと嫌」


ひよりは即答した。


「同級生とか絶対嫌。昔の私を知ってる人に、今こんなのやってるって見られたら無理」


「こんなのって言った」


「そういう意味じゃない」


「高校の友達とか来ても?」


リオに聞かれ、ひよりは少し考えた。


「……帰ってほしい」


「ライブあるのに?」


「じゃあ私が帰る」


「何で出演者が帰るの」


ナツが笑った。


「でも昔の知り合いって、意外と会っても普通だよ。私も大学のとき付き合ってた人に、卒業してから一回会ったけど」


ひよりは何となく頷きかけた。途中で止まった。


「……卒業?」


「うん」


「何を?」


ナツが首を傾げる。


「大学」


ひよりはしばらくナツを見た。


「大学を?」


「そうだけど」


「卒業したんですか?」


「したよ」


アンが顔を逸らした。リオも、なぜか急に床へ視線を落とした。ひよりは二人を見る。


「何で目逸らしたの?」


「逸らしてない」


「アンは逸らした」


「たまたま」


「リオも」


「……ナツから聞いた方がいいと思う」


「何、その言い方」


ナツが笑う。ひよりはもう一度ナツへ向き直った。


「ナツさん」


「何?」


「十九歳ですよね?」


一瞬、誰も喋らなかった。


「私、この前二十歳になったんですけど」


「うん。おめでとう」


「ありがとうございます。……じゃなくて」


アンが口元を押さえた。ひよりはナツを指さす。


「ナツさん十九歳なら、今、私より年下ですよね?」


「永遠の19歳です」


「今、永遠つきましたよね?」


「最初からついてるよ」


「大学卒業してる十九歳がいるんですか?」


「永遠の19歳です」


「それで押し切る気ですか?」


リオが吹き出した。その声で、ひよりの頭にずっと前の記憶が浮かんだ。初めてリトルフレアの楽屋へ入った日。ナツに学生かと聞かれた。十九歳で、もう働いていると答えた。するとナツは。


「……待って」


「何?」


「私に同い年って言いましたよね?」


ナツが一度だけ瞬きをした。


「言ったね」


「言いましたよね?」


「うん」


「あのとき私、十九ですよ」


「知ってるよ」


「じゃあ何で同い年なんですか!」


「永遠の19歳だから」


「実年齢を聞いてるんです!」


ナツが口を閉じる。


「ナツさん」


「永遠の19歳です」


「もうそれいいから!」


アンが耐えきれなくなった。


「二十二」


「アン!」


ナツが振り返る。ひよりは固まった。


「……二十二?」


「うん」


「二十二!?」


「声大きい!」


「同い年じゃないじゃん!」


「今まひる二十歳でしょ!」


「今でも二つ上じゃないですか!」


「二つくらいで騒ぎすぎ!」


「差の問題じゃないです! 私、ずっと同い年だと思ってたんですよ!」


アンがとうとう笑い出した。リオも肩を揺らしている。ひよりは二人を順番に見た。


「リオも知ってたんですよね?」


「うん」


「アンも?」


「知ってる」


「レイさんも?」


「もちろん」


「佐伯さんも?」


アンが呆れた顔をする。


「社長が知らなかったら怖いでしょ」


ひよりは三人を見回した。


「私だけ?」


ナツが少しだけ目を逸らす。


「まあ……聞かれなかったし」


「同い年って言われたら聞かないです!」


「公式にも書いてあるじゃん」


「永遠の19歳って?」


「そう」


「それ、アイドルのキャラだと思うじゃないですか!」


「キャラだよ」


「じゃあ実年齢は書いてないじゃないですか!」


「だから隠してないって」


「隠れてましたよ! 完全に!」


ナツが何か言い返そうとしたところで、ひよりの手が止まった。


「……待って」


ナツの顔から笑みが消えた。


「今度は何?」


「お酒」


「何でそこ行くの」


「あのとき、お酒飲んでるって言いましたよね?」


「いつ?」


「黄色の人がまた来た日!」


「ああ……」


「夜、電話してきたじゃないですか」


「したっけ」


「しました! 何回も!」


アンが吹き出した。


「それはした」


「アンにもかけてたよね」


リオまで口を挟む。


「三回」


「私二回」


「回数は今どうでもいい!」


ナツが叫んだ。ひよりはナツを指した。


「私、あのとき『ナツさん十九歳ですよね?』って聞いたんですよ!」


ナツの顔が止まる。


「……聞いた?」


「聞きました!」


「覚えてない」


「でしょうね! 酔ってたから!」


「そんな怒る?」


「そしたら答えないで、黄色の人に二曲目褒められたって話に戻ったんですよ!」


「そうだった?」


「そうです!」


ひよりはあの夜の電話を思い出していた。やたら楽しそうな声。出ないでいても、また鳴るスマートフォン。翌朝には、本人から『本当に忘れて』とメッセージが届いていた。


「私、ずっと変だと思ってたんですよ。十九歳の人がお酒飲んで、みんな普通に『何回電話来た?』とか話してるし!」


「十九歳じゃないから」


「今分かったんです!」


「だったら次の日に聞けばよかったじゃん」


「聞ける空気じゃなかったでしょ! 朝から『昨日の私のことは忘れてください』って!」


ナツが両手で顔を覆った。


「それまで覚えてるの……」


「忘れろって言われると覚えるんです」


「最悪」


「しかも、みんな知ってたんですよね?」


「まあ」


「何で誰も教えてくれなかったの」


リオが困ったように笑う。


「まひるが普通に信じてたから」


「だったら余計に教えてよ!」


ナツが顔から手を離した。


「はいはい。分かったから」


「まだ分かってないです」


「何が?」


「なんで十九なんですか?」


今度は本当に疑問だった。アンが壁へ背中を預けたまま答える。


「前の七人のとき、アダルト四人とヤング三人だったじゃん」


「うん」


「ナツが二十歳になったら、アダルト五人とヤング二人になるから」


「……それで?」


「十九のままになった」


ひよりは黙った。ナツを見る。


「そんな理由で年齢止めていいんですか?」


「止まってるのはプロフィール!」


「本人も結構気に入ってたけどね」


リオが付け足した。


「リオ!」


「違うの?」


「……途中からは、まあ」


「気に入ってるじゃないですか」


「はい、もうこの話終わり!」


ナツが手を叩いた。


「練習するよ。立って!」


「二十二歳が仕切ってる」


「まひる!」


「はい」


ひよりは笑いながら立ち上がった。


*


曲が始まる。四人が鏡の前へ並び、リオを先頭に一歩踏み出した。ひよりは自分の位置へ入りながら、隣のナツをちらりと見る。


二十二歳。


「何」


すぐ気づかれた。


「何でもないです」


「今、絶対年齢のこと考えたでしょ」


「考えてません」


「嘘」


「踊って」


今度はアンに言われた。


ひよりは正面へ戻る。位置を入れ替え、ナツが中央へ出た。歌が入る。さっきまで年齢のことで騒いでいた人の声が、まっすぐ伸びた。高い音へ上がっても細くならない。身体を動かしながらでも息が乱れず、その声が鏡の向こうまで抜けていく。ひよりは一瞬、そちらを見た。


「まひる、遅い!」


リオの声が飛ぶ。


「あ」


一拍遅れて動き、慌てて位置へ戻った。曲が止まる。


「珍しいね」


アンが笑う。


「ナツ見てた」


「だって」


「だって何」


ナツが腰へ手を当てる。ひよりは少し考えた。


「……ついさっきまで十九歳だと思ってたから、変な感じで」


「そっち?」


「でも歌い始めたら、普通にいつものナツさんだった」


「当たり前でしょ!」


「二十二歳でも変わらないんですね」


「昨日も二十二だったから!」


アンがまた笑った。ナツが呆れた顔で音源を最初へ戻す。


「はい、もう一回。今度は私じゃなくて、自分の位置見て」


「はい」


「返事はいい」


また曲が始まった。次は遅れなかった。


*


練習が終わると、四人は壁際へ散らばって荷物を片づけ始めた。ひよりは床に座ったままスマートフォンを開き、リトルフレアの公式プロフィールを探した。並んだ赤、黄、紫、青の中から、黄色を押す。


「何見てるの?」


すぐ横からナツの声がした。


「確認」


「何の?」


「どこまで本当なのかなって」


「失礼!」


アンが靴を履きながら笑った。


「何書いてある?」


「水瀬ナツ。永遠の19歳」


「合ってる」


「実年齢は二十二」


「それは書かない!」


「趣味、スポーツ」


「合ってる」


「身長……」


ひよりの指が止まった。表示を見る。もう一度ナツを見る。


「何」


「160センチ」


アンが顔を上げた。ナツの反応が一瞬だけ遅れた。ひよりはそれを見逃さなかった。


「これは?」


「160あるから!」


「まだ何も聞いてない」


「顔で聞いてた!」


アンが言う。


「159」


「アン!」


ひよりはナツを見る。


「159なんですか?」


「160あるから!」


「プロフィール、違うじゃないですか」


「違わない!」


「一センチ」


「誤差!」


ひよりが目を細めた。


「今、誤差って言った」


「言ってない!」


「言ったよ」


リオまで笑いながら鞄を持ち上げた。ナツが三人を睨む。


「もう帰るよ!」


「はい」


ひよりも立ち上がった。スマートフォンを鞄へしまいながら、もう一度だけ聞く。


「ナツさん」


「何!」


「来年も十九歳?」


「永遠の19歳です!」


「身長は?」


「160あるから!」


アンがまた笑った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。