↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アイドルとは!  作者: Aramaki_mai
第三章 広がる名前
PR
29/60

第29話 芸人は?

挿絵(By みてみん)

アメリカ村RIFTの物販スペースで、レイは男の正面まで歩いていった。


「何で、あんたがここにいんのよ」


「ライブ見に来た」


「そうじゃなくて」


レイの眉間に皺が寄る。


「大阪で何してんのって聞いてんの」


「大阪に住んでる」


「それは知ってるわよ!」


声が物販の端まで響いた。近くにいた客が何人か振り返る。レイもそちらを見たが、声を落としたのはほんの少しだった。


「久しぶり」


「久しぶりじゃないのよ」


「いや、久しぶりだろ」


「誰のせいで私が東京戻ったと思ってんの?」


「いきなりそこまで言う?」


「他に何から始めろっていうのよ」


ひよりは隣のアンへ顔を寄せた。


「あの人、誰?」


「元彼」


「この人が?」


「そう」


男と目が合った。


「あ、どうも。三上航平です」


「どうも、三上さん」


ひよりが頭を下げると、ナツたちも「三上さん」と声をかけた。航平は軽く頭を下げ返す。


「航平でいいよ。みんなも」


レイが勢いよく振り返る。


「何で普通に挨拶してんのよ!」


「初対面だから」


「今そこじゃないでしょ!」


「じゃあ、いつ挨拶すればいいんですか」


「知らないわよ!」


ナツが顔を背けた。肩が揺れている。


「ナツ、笑ってるでしょ」


「まだ笑ってない」


「肩!」


「これはちょっと無理」


「何がよ!」


航平まで笑った。その顔を見たレイが、また航平へ向き直る。何かを思い出したらしく、急に口を閉じた。


「コーヘイ」


「何」


レイは腰へ手を当てた。


「で、芸人は?」


航平の笑顔が消えた。ひよりにも、その言葉は覚えがあった。レイが大阪へ行く理由だった。航平は視線を逸らした。


「……まだ考えてる」


「まだ!?」


レイの声が一段上がった。


「考えてるって」


「前も考えてたでしょうが!」


「ネタはある」


「やったの?」


「まだ」


「やれ!」


アンが吹き出した。


「聞いてたまんまじゃん」


航平がアンを見る。


「俺のこと何て聞いてるの?」


「ゲーム、パチンコ、競馬」


「それだけ聞いたら終わってるじゃん」


「違うの?」


「今は毎週じゃない」


「基準そこなの!?」


レイが額を押さえた。ひよりは航平を見る。


「競馬はまだ行くんですね」


「行くよ」


「まひる、そこ広げなくていい!」


「気になったから」


「今は芸人!」


リオまで顔を逸らしていた。航平は困ったように笑う。


「別に諦めたわけじゃないって」


レイの声が少しだけ下がった。


「だったら、やればいいじゃん」


航平が黙る。


「やって、滑って、それで駄目だったら考えればいいでしょ」


レイは航平をまっすぐ見た。


「コーヘイ、まだ一回も駄目になってないのよ」


「……うん」


「何にもやってないから」


今度は誰も笑わなかった。すぐ近くでは別のグループが客とチェキを撮っていた。楽しそうな声だけが、途切れずに聞こえてくる。航平は足元を見た。レイは少し待ったが、それ以上は何も言わなかった。


「もういい」


「いいの?」


「今はね」


「今はって何だよ」


「それより」


レイが航平の胸元を指した。


「ほんとに何で今日ここにいるの?」


「だからライブ」


「誰の?」


「リトルフレア」


「私に会いに?」


「今、お前ステージ立ってないだろ」


「そこはちょっと迷いなさいよ!」


ナツがとうとう声を上げて笑った。


「ほんとにライブ見に来ただけだから」


レイはまだ疑っている。


「今日、うち目当てで入ったの?」


「そうだけど」


ひよりも航平を見る。


「じゃあ、航平も三人の一人?」


「三人?」


「今日、リトルフレア目当てのお客さん、三人だったんです」


「ああ」


航平は少し考えた。


「受付でリトルフレアって答えたから、その一人じゃない?」


楽屋で聞いた「三人」が、ひよりの頭へ戻ってきた。そのうちの一人が、目の前に立っている。


「何で?」


レイがまだ聞く。


「何が」


「コーヘイ、そんなにうち見てた?」


「見てたよ」


「いつから?」


「東京にいた頃から」


「それ、私がいたからでしょ」


「最初はな」


航平は四人を見た。


「大阪来てからも動画は見てるし」


アンがすぐ反応した。


「シュガー・ステップも?」


「見た」


「どれ?」


「最初に青い子が踊ってたやつ」


ひよりは自分を指した。


「私?」


「天野まひるでしょ」


「あ、名前も知ってる」


「そりゃ知ってるよ」


大阪で、自分の名前が何の説明もなく通じた。ひよりは思わず笑った。アンが続ける。


「四人のも?」


「見るよ」


「へえ」


「何、その反応」


「別に」


アンはそう言ったが、口元が少し緩んでいた。ひよりはそれ以上、何も言わなかった。レイだけは別のところが気になったらしい。


「じゃあ、さっきリオのところ並んでたのは?」


リオが顔を上げた。


「何でそこで私を見るの」


「だって並んでたじゃん」


「私は何も知らない」


航平が答えた。


「今日はリオと撮った」


レイの口が少し開く。


「……私じゃなく?」


「お前、物販やってないだろ」


「分かってるわよ!」


「じゃあ何なんだよ」


「何か腹立つのよ!」


「理不尽だろ」


「うるさい!」


ひよりは吹き出した。すぐレイがこちらを見る。


「笑ったでしょ」


「だって、リオと撮ったら駄目なんですか」


「駄目なんて言ってないわよ。リオはいいの!」


レイの声でリオまで顔を上げた。ひよりは唇を噛んで笑いをこらえたが、航平が気まずそうにリオへ会釈したところで、また吹き出した。


そのとき、会場スタッフが物販スペースへ顔を出した。


「すみません、あと五分でお願いします」


「はい!」


レイの声が変わった。航平から離れ、机の上へ目を走らせる。


「あと五分! まだ並んでる人から先ね。チェキ受け取ってない人いないか確認して!」


散っていたペンを集め、空になった袋をまとめる。


「アン、あと何人?」


「二人」


「リオ?」


「一人」


「ナツとまひる、終わったら片づけ始めて。ゴミこっち」


「はーい」


ナツが返事をする。


「まひる、それ渡したらテーブル空けて」


「はい」


「アン、次!」


「はいはい」


「はいは一回!」


「分かったって!」


アンが少しむっとした顔で客の前へ戻った。航平は邪魔にならないよう、壁際まで下がった。レイはもう航平を見なかった。客の列を確認し、会場スタッフへ手を上げ、空いた場所を片づける。誰かが何か聞くたび、すぐに答えが返った。


壁際から、航平がその様子を見ていた。何も言わなかった。


*


着替えと片づけを終えてRIFTを出ると、冷たい空気が一気に首元へ入ってきた。


「寒っ」


ひよりが肩を縮める。


「だから先にコート着なって言ったじゃん」


ナツに言われ、鞄から出しかけていたコートへ慌てて腕を通した。アメリカ村にはまだ人が多い。冬物の上着を着た人たちが行き交い、店先の赤や緑の明かりが夜道へこぼれていた。少し離れたところでは、クリスマスツリーを背景に写真を撮っている人もいる。大阪まで来たのに、新大阪駅とライブハウスくらいしか見ていない。


「何食べる?」


ナツが聞いた。


「大阪っぽいやつ」


ひよりが答える。


「広すぎない?」


「粉もの?」


「もっと広がったじゃん」


後ろから航平がついてきた。レイが振り返る。


「何でいるの?」


「もう帰っていいの?」


「待ちなさい」


「どっちだよ」


航平が足を止める。レイは当然のように言った。


「ご飯行くから」


「俺も?」


「まだ話終わってない」


「何の」


「芸人」


「まだやるの?」


「やるわよ」


ナツが笑った。


「航平にも一緒に来てもらえば?」


「そのつもり」


「俺の予定は?」


「あるの?」


「ない」


「じゃあいいじゃない」


「勝手だなあ」


航平はそう言いながら、帰ろうとはしなかった。


「佐伯さんみたいですね」


ひよりが言う。


レイがこちらを見る。


「何が?」


「人の予定、勝手に決めるところ」


「一緒にしないで!」


「でも今、同じことしてましたよ」


「コーヘイが暇なのが悪いの!」


「暇って言うなよ」


「じゃあ芸人やりなさいよ!」


「また戻った」


アンが言った。ひよりが吹き出すと、アンと目が合った。アンも少しだけ笑った。先に目を逸らしたのはアンだった。


「アンは何食べたい?」


ひよりが聞く。


「私、行かない」


「え?」


アンはスマートフォンを見ていた。


「用事あるから」


ナツが足を止める。


「今から?」


「うん」


「一人で?」


「一人」


「大阪で?」


ひよりが聞くと、アンが顔を上げた。


「大阪だからあるの」


「何それ」


「そのまま」


スマートフォンが一度震えた。アンは画面を見る。さっきまで笑っていた口元が止まった。


「誰?」


ナツが聞く。


アンはすぐには答えなかった。画面には短いメッセージが出ていた。今日、大丈夫だよ。アンは画面を消した。


「母さん」


ひよりはアンを見る。


「お母さん?」


「うん」


ナツが少しだけ表情を変えた。


「会いに行くの?」


「そのつもり」


アンはスマートフォンを鞄へ入れた。


「終わったらホテル戻るから」


「遅くなるなら連絡してね」


「分かってる」


「ほんとに?」


「ナツ、心配しすぎ」


「するでしょ」


アンは少し笑った。


「じゃ、あとで」


「うん」


ひよりも手を上げる。


「またあとで」


アンは片手を上げ返し、一人だけ違う方向へ歩き出した。ひよりは少しだけ、その背中を見ていた。


「まひる、行くよ」


リオに呼ばれる。


「あ、うん」


振り返る。後ろから、レイの声が追ってきた。


「だから、考えるのはやってからにしなさいって言ってんの!」


「飯食ってからにしない?」


「逃げる気?」


「逃げないって」


ナツが横で笑った。ひよりも笑いながら、リオたちの方へ追いついた。少し歩いてから、もう一度振り返った。


レイの声はまだ聞こえていた。


アンの姿はもう見えなかった。赤や緑の明かりが続く冬の人混みの中へ、一人で消えていた。


挿絵(By みてみん)

お読みいただき、ありがとうございます。


「遠征」とは、いつもの活動地域を離れて、ほかの街や地域へライブをしに行くことです。


たとえば東京を中心に活動しているアイドルが、大阪や名古屋などのライブやイベントに出演するのも遠征の一つ。対バンやフェス、ワンマンライブなど、さまざまな目的で行われます。


普段なかなか会えないファンに会えたり、初めてそのグループを知る人に見てもらえたりするのも遠征の魅力です。アイドルにとっても、いつもとは違う会場や客席でステージに立つ特別な機会になります。


このイラストでは、地下アイドルの「遠征」がどんなものなのか、出発からライブ、現地での出会いまで分かりやすくまとめました。


※遠征の場所や移動方法、ライブの内容などは、グループやイベントによって異なります。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。