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アイドルとは!  作者: Aramaki_mai
第二章 地下の四人
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15/61

第15話 推しです

挿絵(By みてみん)

翌週の土曜日。四人が最後の音に合わせて腕を止めると、客席から拍手が上がった。


「ありがとうございました!」


リオの声に合わせ、ひよりも頭を下げる。顔を上げたところで、前方に一本の青が見えた。眼鏡の男だった。今日もいる。その少し後ろでは、タンクトップの男が両腕を上げていた。


「リトルフレアー!」


相変わらず声が大きい。ひよりは笑いながら手を振った。その後ろからも拍手と声が重なり、ひよりはもう一度客席へ手を振った。


今日は何組も出演する対バンだった。リトルフレアを見るために来た客ばかりではない。知らない色のペンライトも混じっているし、別の出演者の名前が入ったタオルを首へ掛けた人もいる。


後ろの方に、一人の若い女性が立っていた。その人も別のグループのタオルを持っている。最初の曲ではほとんどこちらを見ていなかった。それが二曲目、ナツが一人で歌い始めたあたりから顔が上がった。


ペンライトは振らなかった。名前も呼ばなかった。それでも、最後まで帰らなかった。


「まひる」


横から呼ばれた。


「何?」


「終わるよ」


「あ」


リオに言われ、ひよりは正面へ顔を戻した。


「客見るのはいいけど、挨拶忘れないで」


「忘れてないよ」


「今、忘れてたでしょ」


「忘れかけただけ」


「同じじゃん」


反対側でアンが笑った。ひよりは口を尖らせながらも、三人に合わせてもう一度深く頭を下げた。


*


「まひる、水飲んだら物販!」


楽屋へ戻った途端、レイの声が飛んできた。


「今飲んでます!」


「じゃあ飲んだら来る!」


「分かってますって!」


「アンも!」


「なんであたしまで毎回言われんの?」


「言わないと消えるから!」


「今日は消えてないじゃん!」


「まだ物販始まってないでしょうが!」


アンが言い返す横で、ひよりはペットボトルの水を飲みながら笑った。


汗を拭き、衣装を整えてから物販スペースへ出る。リオ、ナツ、アン。それぞれの前に小さな列ができている。そして自分の前にも。先頭にいたのは、眼鏡の男だった。


「こんにちは」


「こんにちは」


「今日も来てくれたんですね」


「はい」


男が手にしているペンライトを見る。


「今日も青でしたよね」


「もちろん。まひるちゃん推しなんで」


ひよりの手が止まった。


「……推し」


「はい」


言葉の意味は知っている。ただ、自分が誰かの推しだと言われたのは初めてだった。


「嫌ですか?」


「え?」


「推しって言われるの」


「嫌じゃないです」


そこだけは、すぐに答えられた。


「全然。嫌じゃないですけど……なんか、まだ変な感じ」


「もう青担当なのに?」


「色の話じゃなくて」


ひよりは少し迷ってから、男を見た。


「私を見に来てるってことでしょ?」


「そうです」


あっさり返ってきた。ひよりの方が困る。


「なんで?」


男が笑った。


「最初の日、めちゃくちゃ楽しそうだったから」


「そこ?」


「踊りもすごかったですけど。途中から顔が全然違ったし」


ひよりは一瞬、何も言えなくなった。踊りが上手いと言われる方が、まだ分かりやすかった。


「……そんな見えてるんですね」


「こっちも見てますから」


言われて、ひよりも笑った。


「それは私も見てます」


「知ってます」


チェキを一枚撮る。男が写真を受け取ると、青いペンライトを軽く持ち上げた。


「次もこれ持ってきます」


「はい」


今度は迷わなかった。


「ちゃんと見つけます」


眼鏡の男が嬉しそうに笑い、列から離れた。入れ替わるように、大きな影が前へ来る。


「次、俺!」


「近いです。声」


タンクトップの男だった。


「ごめん!」


「謝る声も大きい」


ひよりが言うと、隣のアンが吹き出した。


男の手には、すでに赤、黄色、紫の三人と撮ったチェキがある。ひよりはそこへ自分との一枚が加わるのを見た。


「全員と撮ってるんですね」


「うん!」


「じゃあ、誰推しなんですか?」


「箱!」


「箱?」


ひよりが聞き返すと、アンが横から顔を出した。


「箱推し。グループごと好きってこと」


「ああ。四人全員?」


「そう!」


タンクトップの男が胸を張る。


「全員好き!」


「それはライブ見てたら分かります」


「ほんと?」


「全員の名前呼んでるから」


「聞こえてた?」


「あれが聞こえなかったら、たぶん誰の声も聞こえないです」


隣でナツまで笑った。


「今日一番声出してたよね」


「頑張った!」


「なんでお客さん側が達成感出してるの」


リオが呆れたように言う。


「ライブだから!」


「それはそうだけど」


ひよりは笑いながら男にチェキを渡した。


少し離れた壁際では、鉢巻の男がタンクトップの男と話していた。今日も来ているのに、四人のどの列にも並ばない。手のペンライトはもう電源が切れていた。


見ていることに気づいたのか、軽く頭を下げられ、ひよりも下げ返した。それだけだった。


*


列が一度途切れた。ひよりは水を飲みながら、隣を見る。ナツが常連らしい男と話していた。


「先週、仕事忙しいって言ってなかった?」


「やっと終わった」


「よかったじゃん。ちゃんと寝た?」


「昨日は」


「昨日だけ?」


「今日はライブだから」


「じゃあ今夜も寝るの遅いじゃん」


「ナツちゃんに会えたからいい」


「そうやってすぐ誤魔化す」


ナツが笑うと、相手も笑う。先週話したことを、普通に覚えている。


その隣では、アンが女の子とチェキを撮ろうとしていた。


「待って。もうちょいこっち」


「こう?」


「そこ。顔だけ少しこっち向けて」


アンが自分の立つ位置もずらす。撮影が終わると、二人で出来上がった写真を覗いた。


「ほら。こっちの方がいいでしょ」


「ほんとだ」


「せっかく残るんだから、いい方がいいじゃん」


アンは当然のことのように言い、次の一枚では先に相手の立ち位置を決めていた。


リオのところでは、また別の話をしている。


「今日、二番の入り変わってました?」


聞かれた途端、リオの顔が少し明るくなった。


「分かりました?」


「前、アンちゃんが先に出てませんでした?」


「そう。四人になってから、そこの順番を変えたんです。前のままだと――」


床へ指を向けながら説明し始める。歌やダンスの話になると、急に細かい。


ひよりが見ていると、説明の途中だったリオと目が合った。なぜか向こうが先に目を逸らした。


少し離れたところでアンがそれに気づき、リオとひよりを交互に見て口の端を上げる。リオがアンを睨んだ。アンは何も言わず、次の客へ向き直った。


何なんだろう。ひよりが考えていると、


「あの」


正面から声をかけられた。


「あ、すみません」


黒い帽子を被った若い男が一人、正面に立っていた。その顔を見て、ひよりは少し考えた。


「今日、後ろの左側にいました?」


「え?」


「柱の近く」


男の目が丸くなった。


「いました」


「やっぱり」


「分かるんですか?」


「結構見えてます」


「後ろですよ?」


「最初、ずっと手拍子してましたよね」


「……はい」


「最後の曲だけ青にしてくれた」


男が手元のペンライトを見る。


「そこまで見えてるんだ」


「色変わると分かりやすいです」


「適当に変えられないな」


「なんでですか」


「見られてるなら」


ひよりは一瞬考えたあと、笑った。


「じゃあ次は、最初から青にしてください」


「え?」


「あ」


口から出たあとで、少しだけ強く言いすぎた気がした。けれど男は声を上げて笑った。


「分かりました」


「本当に?」


「次来たら」


「じゃあ見つけます」


チェキを撮る。男が帰ったあと、ひよりはその背中を少しだけ見送った。


ステージの上なら、客席のどこにいるか分かる。顔を合わせてしまえば、そこから話せることもある。ナツのように先週の仕事の話はできない。アンのように写真を見た瞬間、立ち位置を決めることもできない。それでも、自分が見ていたものなら覚えている。


「まひる」


リオの声に顔を上げる。


「次」


「あ、はい!」


また客が来ていた。ひよりはすぐにそちらへ向き直った。


*


物販が終わりに近づくにつれて、列も短くなった。ひよりはチェキを入れたケースを整え、何となく入口の方を見る。見覚えのあるタオルがあった。


「あ」


ライブの後ろにいた女性だ。別の出演者の名前が入ったタオルを、まだ首に掛けている。もう帰ったと思っていた。


女性は物販スペースの外で一度立ち止まり、リオ、ナツ、アン、そしてまひるの間へ順番に視線を動かした。誰のところへ行くのか決めていないらしい。


やがて女性がこちらへ歩き出すと、ひよりは無意識に背筋を伸ばした。あと数歩のところまで来たが、その手前で向きが変わる。女性はナツの列へ並んだ。


「……あ」


小さく声が漏れた。


「何?」


アンが振り向く。


「何でもない」


ひよりは自分のケースへ目を落とした。こっちへ来るなんて、誰も言っていない。それなのに一瞬、自分の列へ並んでくれると思った。少し恥ずかしい。


すぐ次の客が来たので顔を上げ、話して、一枚撮った。その人を見送る頃には、隣で女性の順番が来ていた。


「今日、初めて見たんですけど」


女性がナツに言った。


「ありがとうございます」


「あの、歌、すごくよかったです」


ナツが目を丸くした。次の瞬間、顔いっぱいに笑う。


「ほんと? 嬉しい!」


「一枚、お願いしてもいいですか?」


「もちろん」


二人が並ぶ。撮影が終わると、ナツはチェキを受け取りながら女性に聞いた。


「どの曲が好きだった?」


「二曲目の、途中で一人で歌ってたところがある曲」


「ああ、あれ!」


「そこで、ちゃんと見ようって思って」


「え、嬉しい」


そこから何か話が続いた。女性も途中から笑っている。ひよりには全部は聞こえなかった。ただ、一枚だけだったチェキにナツが何かを書き、女性がそれを大事そうに両手で受け取るところは見えた。


「ありがとうございました」


「こっちこそ、ありがとう」


女性が頭を下げる。ナツも手を振った。そのまま女性は出口へ向かい、今度こそ姿が見えなくなった。


*


最後の客を見送り、四人で片づけ始める。ひよりはチェキのケースを閉じながら、隣のナツを見た。


「ナツさん」


「ん?」


「さっきの人、知ってる人?」


「さっき?」


「別のグループのタオル持ってた人」


「ああ。ううん。今日初めて」


「やっぱり?」


「うん」


ナツは残ったペンをケースへ戻した。


「歌聴いて来てくれたんだ」


「そうみたい」


ひよりは入口へ目を向ける。もう女性の姿はない。


「次も来るかな」


ナツの手が止まった。


「どうだろ」


「分かんない?」


「そりゃ分かんないよ。一枚撮ってくれたからって、次も来てくれるとは限らないし」


「そっか」


ナツも一度、誰もいなくなった入口を見た。


「でも、来てくれたら嬉しいね」


「うん」


ひよりは、もう一度だけ入口を見た。


挿絵(By みてみん)

お読みいただき、ありがとうございます。


アイドルを応援するときによく使われる「推し」という言葉。


「推し」は、特に好きで応援したいアイドルやメンバーのことです。ライブに会いに行ったり、ペンライトを振ったり、チェキを撮ったりと、応援の形はいろいろあります。


一方の「箱推し」は、特定の一人だけではなく、グループ全体を好きで応援すること。もちろん、推しは一人でなくても大丈夫です。


このイラストでは、「推し」と「箱推し」の違いや、アイドルを応援する楽しみ方を分かりやすくまとめました。


※メンバーカラーの有無や応援の形は、グループによって異なります。応援したいアイドルやグループに合わせて、自分なりの楽しみ方を見つけてみてください。




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