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アイドルとは!  作者: Aramaki_mai
第一章 誕生
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12/61

第12話 芸人は?

挿絵(By みてみん)

レイの手の中で、外したピンクの飾りが揺れた。ついさっきまでミオとユナがいた場所には、冷えたペットボトルの丸い跡がまだ二つ残っている。ひよりはレイを見た。


「……レイさんも?」


「その言い方やめて。私だけついでみたいじゃん」


「だって、今二人が」


「分かってるわよ。だから言いづらかったの!」


いつもの声だった。大きくて、少し怒っているように聞こえる。それなのにレイは、手の中のピンクを弄ったまま、なかなかこちらを見なかった。


「いつ?」


リオが聞いた。


「来月」


「早くない?」


ナツの声が低くなる。


「もう決めてるの?」


「決めてる」


今度はレイが顔を上げた。


「大阪行くから」


「前に言ってたやつですか?」


「そう」


ひよりが聞くと、アンがこちらを見た。


「まひる、理由は知らないんだっけ」


「理由?」


「レイの彼氏」


「私、レイさんの彼氏まで知ってる前提なんですか?」


「そう言われたら知らないか」


「入ったばっかりですよ、私」


レイが口を挟んだ。


「その彼氏が、大阪で芸人やるの」


「芸人?」


「そう。前からやりたいって言ってて。今度こそ本気でやるから大阪行くって」


「それでレイさんも?」


「うん」


レイはあっさり頷いた。ひよりは少し待った。ミオとユナには、次にやりたいことがあった。リサには、これから一緒に暮らす人と、生まれてくる子供がいる。


「レイさんも、大阪で何かするんですか?」


「まだ決めてない」


「決めてない?」


「向こう行ってから考える」


何となく、口から先に出た。


「みんな、そんな簡単にいなくなるんですか」


楽屋が静かになった。言ってから、遅れて意味が追いついた。


「あ」


レイの眉が寄った。


「簡単じゃないけど」


「いや、今のは」


「私だって昨日今日で決めたんじゃないから」


「すみません」


「だから、すぐ謝んないの」


「でも今のは私が悪いです」


「それはそう」


アンが言った。


「アン!」


「だってそうじゃん」


レイに睨まれても、アンは顔を逸らさなかった。


ひよりは膝の上で指を組んだ。


「……ごめんなさい」


「二回目」


「じゃあ、もう言いません」


「極端なのよ」


レイはそこでようやく笑った。手にしていたピンクの飾りを鞄へ放り込む。


「大阪行くだけだから。死ぬわけじゃないって」


「それ、リサさんのときも似たようなこと言ってませんでした?」


「言ったっけ?」


「言ってない」


ミオが答える。


「まだいたの?」


レイが振り返った。


「荷物取りに戻ってきただけ!」


「帰ったと思ったのに!」


「今から帰るよ!」


廊下からユナの笑い声も聞こえた。ミオは残っていた荷物を拾い、ユナの声がする廊下へ出ていった。さっきまでの空気が少しだけ崩れた。ひよりも笑った。


床にはミオとユナの荷物があった場所が空いていて、今ここにいるのは五人だけだった。レイの最後の日が来れば、さらに広くなる。それだけは分かってしまった。


*


それからの数週間で、練習帰りに駅へ向かう時間でも、空に明るさが残るようになった。六月初めの週末、レイの最後のライブを迎えた。ピンクの光が、いつもより多かった。


「レイー!」


「行かないでー!」


「行くわよ!」


最後のMCでレイが即答すると、客席から笑いが起きた。


「もう引っ越しの荷物送ってんだから!」


「戻ってこーい!」


「早い早い! まだ行ってもないから!」


また笑い声が広がる。レイも笑っていた。けれど、次に飛んできた声には返事が少し遅れた。


「五年間ありがとー!」


レイは口を開きかけ、一度閉じた。


「……こっちこそ」


今度だけは声が少し小さかった。すぐにマイクを持ち直す。


「でも泣くなって! 私まで泣くでしょ!」


「もう泣いてるー!」


「泣いてない!」


客席から一斉に笑いが起きた。ひよりも隣で笑った。レイの目元が少し赤いことには、何も言わなかった。


最後の曲が終わる。五人で頭を下げた。顔を上げると、ピンクが何度も大きく振られていた。ひよりの青も、その隣で揺れている。レイは最後まで両手を振り続けた。


*


「アン、今度から連絡なしで消えたりしないでよ」


「分かってるって」


「ほんとに?」


「その話もう終わったでしょ」


「ナツ」


「はいはい」


「何よ、その返事」


「まだ何も言われてないんだけど」


「ちゃんと三人まとめてよ」


「なんで私なの?」


「一番まともだから」


「リオは?」


レイがリオを見る。リオは嫌そうな顔をした。


「何」


「まひるばっか見てないで、ちゃんと全員見なさいよ」


「最後の日にまで、それ言う?」


リオはひよりの方を見かけて、途中でレイへ視線を戻した。アンがその顔を覗き込む。


「今も見ようとした」


「アン、ちょっと黙って」


「私の踊り、変でした?」


ひよりに聞かれ、リオは慌てて首を振った。


「違う。ちゃんとできてた。……だから、今はレイの話!」


話を振ったレイまで笑い始めたので、リオはとうとう口を結んだ。


「はいはい、リオはいいから」


レイが手を振った。


「最後、まひる」


「私もあるんですか?」


「あんたが一番あるわよ」


「何?」


「すぐ謝るのやめなさい」


「それ、レイさんにも言われるんだ」


「私にもって何よ」


「色んな人に言われるから」


「じゃあ直しなさいよ」


「すみません」


「ほら!」


レイが指をさした。


「今の何?」


「分かんないです」


「もういい!」


レイは大きな鞄を肩へ掛けた。ほんの少し前まで、この鞄が大きすぎるせいで楽屋が狭いと全員で揉めていた。今日は誰も邪魔だと言わなかった。


「じゃあ」


レイが扉の前で振り返る。


「行ってくる」


「いってらっしゃい」


ナツが言った。リオも、アンも続く。ひよりは少し遅れて手を上げた。


「いってらっしゃい、レイさん」


「うん」


「大阪でも頑張ってください」


「私、まだ何するか決めてないけどね」


「あ、そうだった」


「忘れるな!」


最後まで大きな声だった。扉が閉まる。五人いた楽屋に、四人だけが残った。


*


レイの卒業から三週間近く経った水曜日。週末には、四人だけになって初めてのライブが控えていた。練習はもう、四人で始めるのが当たり前になりかけていた。


佐伯が音を止める。


「はい、そこ。もう一回」


「また?」


アンが声を上げた。


「今のバラバラだったでしょうが」


「最後だけでしょ」


「その最後がバラバラだったの!」


ひよりは汗を拭きながら、自分の位置へ戻った。四人用に組み直した振付にも、少しずつ身体が慣れてきている。リオが前へ出て、その右にナツ。アンが後ろへ回るのと同時に、ひよりは反対側へ抜ける。


「頭からいくわよ」


佐伯がスマートフォンへ手を伸ばした。そのとき、扉が開いた。


「ただいま」


全員がそちらを見た。大きなキャリーバッグを引いたレイが立っていた。


「……は?」


最初に声を出したアンの横で、ナツは動かなかった。リオが何度か瞬きをする。ひよりもレイを見て、その手元のキャリーバッグを見て、また顔へ目を戻した。


「レイさん?」


「何よ」


「大阪は?」


「行ったわよ」


「今、大阪から来たんですか?」


「そう」


リオが一歩前へ出た。


「彼氏は?」


「別れた」


また誰も喋らなくなった。ひよりは少し待った。


「早くないですか?」


「ほんっと、あんた遠慮ないわね!」


「いや、だって三週間ですよ」


「数えないで!」


「卒業してから毎週練習あるから分かりますよ」


「そういうところだけ妙に正確なの何なの!」


「まひる」


ナツが肩を震わせている。


「今、笑っちゃ駄目なやつだから」


「ナツも笑ってるじゃないですか」


「私はまだ耐えてる」


「全然耐えてない」


アンが言った。


レイがキャリーバッグから手を離した。


「ちょっと! 人が失恋して帰ってきたのよ!」


「だから理由聞いてるんじゃん」


アンが床へ座る。


「何があったの?」


レイは口を開き、閉じた。眉間に皺が寄っていく。


「大阪までは行ったのよ」


「それは分かった」


「部屋も決めて。荷物も運んで。あいつも『ここから本気でやる』って言ってたの」


「うん」


「次の日、ゲームしてた」


「……うん」


「その次の日、パチンコ行った」


アンの口元が少し動く。


「で、週末は競馬」


「芸人は?」


ひよりが聞いた。


「それを私が聞いたのよ!」


レイの声が部屋に響いた。ひよりは肩を跳ねさせた。


「ネタはって聞いたら『考えてる』。どこか出るのって聞いたら『今探してる』。その次の日もゲーム! 朝起きたら私より遅くまで寝てる!」


「レイさんは?」


「私の話はいいの!」


「はい」


「はいって言うな!」


「じゃあ何て返せばいいんですか!」


「知らないわよ!」


ナツがとうとう吹き出した。


「ごめん、無理」


「笑うな!」


「だってレイ、三週間前まであんな格好よく卒業してたのに」


「それとこれとは別!」


リオだけはまだ真面目な顔をしていた。


「でも、芸人やろうとはしてたんでしょ?」


「してないから怒ってんの!」


レイの声が一段上がった。


「売れないならいいのよ!」


全員が少し静かになった。


「ネタ作って、舞台出て、思いっきり滑って、それなら私だって何も言わない。やるって言ったのに、何もしないの。毎日『そのうち』『来週から』『今考えてる』って」


レイは吐き捨てるように言った。


「二週間くらいして、本気で聞いたのよ」


少し間が空く。


「……で、芸人は? って」


「何て?」


アンが聞いた。


「『急かすなよ』」


レイの顔が歪んだ。アンが「あー」と声を漏らし、ナツも額を押さえる。ひよりが隣を見ると、真面目に聞いていたリオまで顔をしかめていた。


「それで?」


「喧嘩した」


「うん」


「その次の日もパチンコ行った」


「強いなあ」


アンが感心したように言う。


「感心するとこじゃない!」


「それで別れたんですか」


「そうよ!」


レイは腕を組んだ。


「もう知らない。好きにすればいいのよ。芸人でも競馬の予想屋でも何でも!」


「予想屋は増えた」


「まひる!」


「すみません」


「また謝った!」


「あ」


ひよりは口を閉じた。


*


ひとしきり話し終えたレイは、ようやくキャリーバッグを壁際へ寄せた。


「というわけで」


ぱん、と両手を合わせる。


「戻るから」


ナツが眉を寄せた。


「どこに?」


「リトルフレア」


「待って」


リオがすぐに言った。


「何で?」


「何でって、卒業したでしょ」


「したけど」


「卒業ライブもやったよね」


「やった」


「ファンにも送り出してもらったよね」


「もらった」


「じゃあ駄目じゃん」


「何でよ!」


「何でこっちが怒られるの!」


リオの声まで大きくなる。


「別に一回辞めたからって戻っちゃ駄目なんて――」


「次に彼氏がどこかへ行くって言ったら、また辞めるの?」


アンが言った。レイが止まった。


「そんなわけないでしょ」


「こっちは分かんないじゃん」


「アン」


ナツが制した。けれどアンは続けた。


「だって今回、実際それで辞めたんでしょ」


「……そうだけど」


「もう四人で位置も作り直してるし。次のライブだって四人で出るんだよ」


「私一人くらい増えても」


「一人くらいじゃないでしょ」


アンの声も少し強くなった。


「レイが戻るってなったら、また全部変わるじゃん」


「アン、もういいって」


ナツが間に入った。


レイは黙った。さっきまであれだけ大きかった声が消えている。ひよりは三人を見た。リオも困った顔をしていた。


「……でも」


ひよりが口を開く。全員がこちらを向いた。


「レイさん、戻りたいんですよね」


「そりゃ、戻りたいわよ」


「じゃあ戻ればいいんじゃないですか?」


アンが目を閉じた。


「簡単に言うなあ」


「またそれ?」


「だって簡単じゃん、まひるの言い方」


「でも私、レイさんいた方がいいし」


今度はレイがこちらを見る。


「ほら!」


「何がほらなの」


ナツが突っ込む。


「まひるだけよ、私の味方!」


「味方っていうか」


「まひる」


リオが少し困った声を出した。


「戻りたいってだけで、全部元通りにはできないよ」


「それは分かるけど」


ひよりはレイを見ながら、卒業ライブの客席を思い出した。ピンクを振って泣いていた人たちは、レイを送り出したのだ。けれど目の前のレイは戻りたいと言っている。どちらを重く考えればいいのか、まだ分からなかった。


「……戻りたいのに戻れないっていうのも、よく分かんない」


「まあ、その話はあと」


佐伯の声がした。全員が振り返った。


「社長?」


レイが眉を上げる。


佐伯はさっきから壁際に立ち、ほとんど口を挟んでいなかった。


「レイ。明日空いてる?」


「空いてるけど」


「じゃあ来て」


レイの顔が明るくなった。


「え、いいの?」


「いいわよ」


「じゃあ次のライブ――」


「アタシの手伝い」


「は?」


「ちょうど人手足りないの」


「待って」


「明日、十三時ね」


「ちょっと待ってって!」


佐伯はもうスマートフォンを見ていた。レイがその前へ回り込む。


「私、戻るって話してたんだけど!」


「聞いてたわよ」


「じゃあ何で手伝いなの!」


「暇なんでしょ?」


「失恋して帰ってきた人にそれ言う!?」


「忙しいの?」


「……暇だけど!」


「じゃあ決まり」


「何でよ!」


アンが笑い出すと、ナツも我慢できずに顔を背けた。リオまで口元を押さえている。その向こうでまだ佐伯に食い下がるレイを、ひよりは見た。


「よかったですね。ライブには来れるじゃないですか」


「ステージじゃないのよ!」


「でも近くには」


「近さの問題じゃない!」


佐伯が練習用の音楽をもう一度流した。


「はい、四人は戻って。レイは明日」


「まだ話終わってない!」


「十三時」


「だから!」


前奏が大きくなる。ひよりは笑いながら自分の場所へ戻った。


「まひる、始まるよ」


リオに呼ばれ、正面を向く。


「あ、はい!」


最初の拍子に合わせて、四人が一斉に踏み出した。その後ろから、レイの声が追いかけてきた。


「だから私はステージに戻りたいのー!」


アンが吹き出した。ひよりも笑ったまま、次の位置へ飛び込んだ。


挿絵(By みてみん)

お読みいただき、ありがとうございます。


地下アイドルは、アイドル活動だけで生活している人ばかりではありません。

学生として学校に通ったり、会社員やアルバイトとして働いたりしながら、空いた時間でレッスン、SNS更新、配信、ライブ準備などを行う人も多くいます。


平日は学校・仕事と両立しながら練習や準備を進め、週末はライブハウスやイベント会場でライブに出演。ライブ後には物販、チェキ、特典会などでファンと交流することもあります。

忙しい毎日の中で少しずつ経験を積み、ファンを増やしながら活動を続けていく――それが地下アイドルの大きな特徴です。


※活動内容やスケジュールは、グループ・事務所・本人によって異なります。これはあくまで一般的な一例です。

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