↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アイドルとは!  作者: Aramaki_mai
第一章 誕生
PR
11/61

第11話 それぞれの次

挿絵(By みてみん)

舞台袖から客席を覗くと、いつもよりオレンジが多かった。前の方だけではない。後ろの壁際にも、オレンジのペンライトが何本も揺れている。その間には赤、黄色、紫、ピンク、白、緑があり、青もあった。


「すごいですね」


ひよりが言うと、隣で同じようにカーテンの隙間を覗いていたアンが振り向いた。


「そりゃ今日、リサ最後だし」


「分かってるけど。実際見ると、こんなにいるんだなって」


青の一本は、いつもの眼鏡の男だった。


「まひる、アン。そろそろ」


後ろからリオに呼ばれ、二人はカーテンから離れた。舞台袖に八人が集まる。リサは最後の日だというのに、いつもと変わらなかった。自分のオレンジの飾りを確認したあと、隣にいたユナの襟を直している。


「リサ、自分の最後なのに人の衣装見てる場合?」


レイが言った。


「曲の途中で外れたら気になるでしょ」


「今日くらい自分のことだけ考えればいいのに」


「レイがそれ言う?」


「どういう意味よ」


「はいはい、最後の日まで始めないで」


ミオが割って入る。


「私からじゃないって」


「レイからだったよ」


ナツまで言った。


「なんで全員そっちなのよ!」


ひよりは吹き出した。リサも笑っている。本当に、いつもと同じだった。


「リトルフレアさん、お願いします!」


スタッフの声がかかる。


レイがいきなり手を前へ出した。


「ほら。最後くらいやるよ」


「何を?」


アンが聞く。


「円陣に決まってるでしょ」


「いつもやってないじゃん」


「今日だけ!」


「急だなあ」


「いいから手!」


文句を言いながらも、八人が輪になった。ひよりも手を重ねる。右にはリオ、左にはリサがいた。


「じゃあリサ、最後なんだから何か言って」


レイに振られ、リサは少し考えた。


「何も考えてないよ」


「何でもいいから」


「じゃあ――」


リサは重なった手を見てから、みんなの顔を順番に見た。


「今日も、いつも通りやろう」


「短っ」


「長い方がいい?」


「いや。それでいいけど」


後ろで佐伯が笑っている。リサも笑った。


「今日が終わるまでは八人だから。行こ」


八人の手が一度に上がった。


*


曲が始まると、最後の日だと考えている余裕はなくなった。ひよりが身体を開くと、そのすぐ横をリサが抜けていく。次にはナツが入り、反対側からユナが来る。八人用に組み直した振付は、誰か一人が動けば、そのぶん別の誰かも場所を譲るようにできていた。リサが前へ出た。


「リサー!」


客席から名前が飛び、オレンジが一斉に跳ね上がる。リサは右から左まで客席を見ながら手を伸ばした。その動きを追うように、いくつもの光が揺れた。ひよりも後ろで腕を上げる。最初は、ちゃんと覚えておこうと思っていた。リサがどこを通るのか。どんな顔で客を見るのか。横へ来たとき、どれくらい近くにいるのか。


けれど二曲目に入ったころには、覚えておこうとしていたことを忘れていた。青い光を見つけて腕を大きく振ると、眼鏡の男も、その少し離れた青も振り返してくれる。嬉しくて次の位置へ走ると、アンが来た。二人並んで同じ拍で腕を伸ばせば、今度は青と紫が一緒に上がった。


次には赤が動く。リオがひよりの前を抜け、その後ろへ入ったところでナツの歌声が伸びてきた。黄色を持った客だけではなく、その周りまで身体を揺らしている。八人いれば、客席から返ってくる声も八つの方向へ動いていく。その中に、自分へ向いた青もある。


楽しかった。今日はリサの最後なのに、やっぱりライブは楽しかった。


最後のサビへ入る。八人がステージいっぱいに広がり、ひよりも腕を上げた。すぐ左で、リサのオレンジの袖が同じ高さまで上がる。


最後の音。八人の身体が止まった瞬間、歓声が押し寄せてきた。ひよりは息を切らしながら顔を上げる。オレンジの光が、さっきよりも高いところで何度も揺れていた。


*


「今日は来てくれて、ありがとうございました」


最後のMCで、リサがマイクを持った。客席からすぐに声が飛ぶ。


「リサー!」


「やめないでー!」


リサが少し困った顔をした。


「それ言われると困るなあ。もう決めちゃったから」


客席から笑いが起きる。前の方には、泣きながらオレンジを振っている人もいた。リサはその辺りへ目を向けた。


「そんな泣かなくても」


「泣くよー!」


「なんでよ」


また笑いが広がった。


「私、結婚するんですよ」


拍手が起きた。


「赤ちゃんも生まれます」


今度はさらに大きな拍手になった。リサはそれをしばらく聞いてから、マイクを持ち直した。


「だから、ちゃんと幸せになります」


「幸せになれよー!」


後ろから、ひときわ大きな声が飛んだ。リサがすぐそちらを見る。


「なるよ!」


今度はリサも大きな声で返した。歓声と笑い声が重なった。隣でレイが鼻をすすった。ミオが横を見る。


「泣いてる?」


「泣いてない!」


「声おかしいけど」


「汗!」


「目から?」


「うるさい!」


マイクが拾ってしまい、客席がまた笑った。リサまで笑っている。ひよりも笑った。胸の奥に引っかかっているものは消えなかった。それでも今日は、そのまま笑えた。


「今まで、本当にありがとう」


リサが頭を下げる。ほかの七人も並んで頭を下げた。顔を上げると、オレンジの光が何度も大きく振られていた。


*


次の水曜日、音楽に合わせて右へ二歩入り、リオの後ろを抜けた。次の位置で身体を半分開くと、ひよりはいつものように一歩下がってしまった。


そこをリサが通る。身体が先に覚えていた。


けれど、誰も来なかった。


「まひる」


リオの声が飛ぶ。


「そこ、詰めて」


「あ」


ひよりは慌てて空いた場所へ入り、そのまま曲を追った。七人で最後まで通して音が止まると、鏡の中をもう一度見た。やはり七人しかいない。さっき無意識に空けた場所へ、目が戻った。


「……いないんだった」


「何が?」


水を飲んでいたレイが聞く。


「リサさん。ここ、通るから」


「ああ」


レイも床を見る。


「先週まで通ってたもんね」


「はい」


「じゃあ、もう詰めないと」


「分かってます。足が勝手に下がったんです」


ひよりはリサを通そうとした場所へ戻り、さっき空けた分だけ前へ出た。レイも隣へ立って床を見たが、何か言う前にアンが口を挟んだ。


「そこ、次あたし通るから」


「あ、そっか」


レイが半歩ずれる。ひよりと目が合うと、すぐに眉を上げた。


「今のは確認よ」


「私も、そういうことにしてほしかったです」


アンが笑い、レイが「まひるまで!」と声を上げた。


佐伯が手を叩いた。


「はいはい。もう一回やるわよ」


全員が位置へ戻った。ひよりも自分の場所へ立つ。先週より、鏡の前が少し広かった。


「……広いですね」


思わず言うと、レイが顔をしかめた。


「私、八人のとき狭いって言ったけど、こんな広くなれとは言ってないのよ」


ミオが吹き出した。


「誰もレイの希望で減ってないから」


「分かってるわよ!」


ひよりも笑って、もう一度始まった音楽へ足を出した。同じ場所まで来ても、今度は下がらなかった。リサのために空けていた半歩へ自分で入ると、それだけで七人の形になった。


*


練習が終わり、ひよりが床に座って靴紐を解いていると、ミオが声を上げた。


「じゃあ、今度は私たちから話があるんだけど」


ひよりの手が止まった。ナツも嫌そうな顔をする。


「その言い方、今すごく嫌なんだけど」


「私も」


レイがすぐに続いた。


「もうその始まり方禁止にしない?」


「始まり方の問題じゃないでしょ」


ミオは苦笑して、隣のユナを見る。ユナが頷いた。


「私とユナも、リトルフレアを卒業することにした」


「は?」


レイの声が部屋に響いた。


「ちょっと待って」


「だから言いづらかったんだって」


「リサが卒業したばっかりなんだけど!」


「分かってる」


「何なの? 今、卒業流行ってるの?」


「流行ってないよ」


ユナが笑った。ナツは笑わなかった。


「いつから考えてたの?」


「前から」


ミオが答えた。


「リサが辞めるから決めたわけじゃないよ。二人でずっと話してた」


リオが壁際にいる佐伯を見る。


「社長、知ってた?」


「相談は受けてたわよ」


「なんで言わないのよ!」


レイが佐伯へ詰め寄った。


「本人たちが話す前にアタシから言えるわけないでしょうが!」


「それはそうだけど!」


「じゃあ怒らないでよ!」


レイは何か返そうとして、結局口を閉じた。


ひよりはミオとユナを見る。


「次、何するんですか」


「二人でVTuber」


ユナがすぐ答えた。


「ミオは喋るの好きだし、私は歌もゲームもやりたいし。二人なら色々できそうだから」


「ユナは色々やりたいだけだけどね」


「それの何が悪いの」


「悪いとは言ってない」


いつもと変わらない調子だった。ひよりは少し迷ってから聞いた。


「アイドル、嫌になったんですか」


二人がこちらを見る。


「全然」


ミオはすぐ答えた。


「楽しかったよ」


「じゃあ、なんで」


「次にやりたいことができたから」


ユナの答えにも迷いはなかった。ひよりは口を開きかけた。また、人が減る。七人になったばかりなのに。言いたいことはいくつも浮かんだが、少し考えてから口にした。


「……そっか」


ミオが首を傾ける。


「何、その顔」


「何がですか」


「全然納得してない顔」


「納得はしてます」


「ほんと?」


「応援します」


ユナが笑った。


「顔、全然応援してないよ」


「顔は仕方ないでしょ」


「じゃあ、その顔は何なの」


ひよりは膝を抱え直した。


「寂しいんです」


二人の笑顔が少しだけ止まった。


「でも、やりたいことあるなら応援します。寂しいけど」


「二回言った」


「大事だから」


ミオが笑った。


「じゃあ、ちゃんと応援してもらおうかな」


「しますよ」


「配信来てね」


「時間が合えば」


「急に弱い」


「仕事あるんですよ、私」


「夜だよ?」


「次の日も仕事です」


「真面目だなあ」


ユナが笑った。卒業すると決めても、その笑い方は昨日までと変わらなかった。


*


それから何度か七人でライブをして、白と緑の最後の日が来た。客席にはその二色がいつも以上に多く、ミオが話せば白が揺れ、ユナが歌えば緑が跳ねた。最後の曲まで普段通りの二人と一緒に、七人で頭を下げた。


顔を上げると、泣いている客が見えた。ミオがマイクを持ち直した。


「五年間、本当にありがとうございました。リトルフレアで――」


「また会えるからね!」


横からユナが声を上げた。ミオの顔が止まる。


「ちょっと待って」


「何?」


「今、私すごく綺麗に締めようとしてたんだけど」


「あ、ごめん」


「絶対思ってないでしょ」


「でも、また会えるじゃん。配信するし」


「それ私がこのあと言おうとしてたの!」


「先に言っちゃった」


「最後までこれか!」


客席から笑いが起きる。


「ミオー!」


「ユナー!」


白と緑が激しく揺れた。ユナは両手を振る。


「ありがとう!」


「だから私が締めるって!」


「じゃあどうぞ」


「もう無理でしょ、この空気!」


笑い声がさらに大きくなった。ミオもしばらく耐えていたが、とうとう吹き出した。


「……まあ、いいや」


ユナの肩へ腕を回す。


「また会いましょう」


「うん。またね!」


白と緑が一緒に上がった。ひよりも笑いながら拍手した。


*


終演後、ミオとユナが楽屋を出ると、さっきまで二人の荷物があったところに床が見えた。急に余った場所を眺め、ひよりは着替えたシャツの袖を引いた。鏡には、レイ、リオ、ナツ、アンと自分の五人しかいなかった。


「次のライブ」


アンが顔を上げた。


「何?」


「五人ですよね」


「そうだね」


ナツが答える。


また立ち位置が変わる。次の練習では、最初から五人の場所を作るのだろう。


「まひる」


レイの声がした。


「はい?」


レイはまだ衣装を脱いでいなかった。椅子に座り、胸元から外したピンクの飾りを指先で弄っている。


「どうしたんですか」


「いや……」


いつものレイにしては、妙に歯切れが悪かった。ナツも気づいてそちらを見る。


「何?」


「私も、話あるんだけど」


ナツの顔が露骨に嫌そうになる。


「もうやめてよ、その言い方」


「仕方ないでしょ!」


「何、今度は」


「だから……」


レイは一度口を閉じた。リオもアンも、片づける手を止めている。レイは手の中のピンクを見てから、顔を上げた。


「私も卒業する」


挿絵(By みてみん)

お読みいただき、ありがとうございます。


★地下アイドルの結婚事情について★

地下アイドルは、結婚したからといって必ず卒業するわけではありません。

活動を続ける人もいれば、人生の区切りとして卒業する人、妊娠や生活の変化をきっかけに休止・卒業を選ぶ人もいます。

大切なのは一つの正解ではなく、本人の気持ちや体調、グループの方針によって形が分かれることです。

※本内容は、作者個人が調べた情報をもとにまとめたものです。時期やグループによって事情・傾向が変化している場合があります。


★リトルフレアの卒業メンバについて★

☆白瀬ミオ(白担当)

 頭の回転が速く、ライブではMCを得意としていた。卒業後はユナと二人でVTuberという新しい道へ進む。リトルフレア アダルト組のメンバの一人


☆夏目ユナ(緑担当)

 明るく凝り性で、歌だけでなくゲームや企画にも興味を持つタイプ。ミオとともに「次にやりたいこと」を見つけ、アイドルを卒業した。アダルト組の一人


☆月城レイ(ピンク担当)

 姉御肌で、メンバーを引っ張っていたアダルト組の一人。


☆桜庭リサ(オレンジ担当)

 リトルフレア結成時から活動してきた最年長メンバー。おっとりした雰囲気ですが、実はかなり肝が据わっており、騒がしいメンバーたちを自然に支える存在です。結婚と妊娠を機に、アイドルとしての卒業を決めました。アダルト組の一人。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。