疑念
エファス村の空は、すでに赤みを帯びた橙色へと変わっていた。
Eidenはゆっくりと村の道を歩き、自宅へ向かっていた。
表情こそ落ち着いている。
だが、その頭の中にはいくつもの疑問が渦巻いていた。
巨大なSlime。
Monster Tide。
Darius。
そのすべてが――
たった一日の間に起こった。
「……ストーリーが変わり始めてる」
以前読んだネタバレによれば、Monster Tideが発生するのはゲーム開始から数週間後のはずだった。
しかし今は――
すでに冒険者Guildが警告のために人を派遣している。
「つまり……」
「俺の存在が、本当にストーリーへ影響を与えてるってことか」
EXPバグを利用したことが原因なのか。
それとも――
最初から、この世界自体がゲームとは違っていたのか。
どちらにせよ。
一つだけは確かだった。
Eidenが知っているストーリーから――
世界は少しずつ外れ始めている。
――――――――――
「Eiden、帰ってきたのね」
家の扉を開けた瞬間、Eveの声が聞こえた。
彼女はすぐにEidenのもとへ近づく。
そして、頭から足元までを確認するように見つめた。
「怪我してない?」
Eidenは小さく笑う。
「大丈夫だよ」
Eveは安心したように息を吐いた。
「よかった……」
「いつもより帰りが遅かったから、心配したのよ」
「切る薪が多かったんだ」
Eidenは半分だけ本当のことを言った。
確かに薪は切った。
ただし――
今日の大半は、謎の巨大Slimeとの遭遇に費やされていた。
「それなら、早く手を洗ってきなさい」
「もう夕食ができてるわ」
「うん」
――――――――――
その夜。
二人は静かに夕食を取っていた。
野菜のスープ。
焼きたてのパン。
そして少量の燻製肉。
ごく普通の食事だ。
それなのに――
元の世界でいつも食べていたインスタント食品より、ずっと美味しく感じられた。
「明日なんだけど……」
Eveが話を切り出した。
「特に用事がないなら、しばらく森には行かない方がいいわ」
「どうして?」
「今日の昼、村長がみんなを集めたの」
「Guildから来た冒険者が、悪い知らせを持ってきたそうよ」
Eidenはわざと驚いた表情を作った。
「そうなの?」
Eveは頷く。
「村の周りでモンスターが増えてるんだって」
「母さん、心配なのよ」
Eidenは静かに頷いた。
「分かった」
「でも、どうしても行かなきゃいけない時は――気をつけるのよ?」
「うん」
会話はそこで終わった。
しかし――
Eidenの中では、すでに別の計画が動き始めていた。
明日はもっと情報を集めなければならない。
Slime Godについて。
Dariusについて。
そして――
Search Barについて。
――――――――――
夕食を終えたあと。
Eidenは自分の部屋へ戻った。
扉を閉め、鍵をかける。
「Open UI」
透明な画面が目の前に現れた。
すぐにSearch Barを開く。
そして――
今日ずっと気になっていたことを入力した。
【なぜHoly Worldのストーリーは変わっている?】
Enter。
いくつかの記事が表示される。
だが、そのほとんどはプレイヤーたちの考察だった。
確かな答えはない。
「うーん……」
別の言葉を入力してみる。
【Holy Worldにはランダムイベントが存在する?】
しかし――
これも役に立つ情報は出てこなかった。
その時。
Eidenの頭に一つの考えが浮かぶ。
入力したのは――
【Darius】
先ほど見たWikiのページが再び表示された。
だが。
今回は――
以前にはなかった情報が、ページの一番下に追加されていた。
――――――――――
現在のStatus
エファス村に滞在中。
Eidenという人物を警戒している。
――――――――――
「…………」
Eidenは反射的に姿勢を正した。
「は?」
もう一度読み直す。
見間違いではない。
Dariusは――
確かにEidenを疑っている。
「なんでだ?」
会話した時間など、一分にも満たない。
そこでEidenは、Dariusの言葉を思い出した。
『お前くらいの年齢にしては、目が落ち着きすぎている』
「……まずいな」
Eidenは歯を食いしばった。
油断していた。
この世界にいる人々が――
ただのNPCではないということを忘れていた。
考えることができる。
観察することができる。
そして――
誰かを疑うこともできる。
「これからは……」
「もっと慎重にしないと」
もし自分の正体が知られれば――
危険人物として扱われる可能性だってある。
Eidenはそのページを閉じた。
だが――
Search Bar自体を閉じようとした、その時。
右上に小さなベルのアイコンが現れた。
「通知?」
Eidenがそのアイコンに触れる。
すると――
新しいメッセージが表示された。
――――――――――
Bluedit 更新通知
フォロー中のThreadが更新されました。
【Area 01のEXPバグは、各キャラクターにつき一度しか使用できない可能性が高い】
【二回目の検証では追加効果を確認できなかった】
――――――――――
「…………」
Eidenは静かに息を吐いた。
「よかった……」
少なくとも――
この情報を見るのが遅すぎることはなかった。
もし今日、もう一度同じSlimeを探しに行っていたら。
時間を無駄にしていただけだっただろう。
しかし――
その投稿の下に。
新しいコメントが一つ追加されていた。
投稿されたのは――
ほんの数秒前。
ユーザー名は。
三つのクエスチョンマークだけだった。
???
コメントの内容は短い。
【Level 50に到達したのなら、西の遺跡には絶対に入るな】
Eidenの表情から、ゆっくりと笑みが消える。
「西の遺跡……?」
すぐにコメントを押した。
しかし――
前と同じだった。
画面が真っ白になる。
そして。
表示された文字は。
【404 — Not Found】
「……またか?」
Eidenは何も言わず、画面を見つめた。
あのコメントを送ったのは誰だ?
それ以上に――
なぜ。
その人物は。
EidenがLevel 50だと知っている?
部屋の外では、夜風が静かに吹いていた。
そして――
Eidenは気づいていない。
家の屋根の上。
一つの黒い影が立ち――
彼の部屋の窓を見つめていた。
赤い瞳が細くなる。
「……ようやく見つけた」
ほとんど聞こえないほど小さな声。
そして――
影は静かに呟いた。
「さて……」
「未来が変わり始めた原因となる“変数”は――」
「……お前なのか?」




