最初の一歩
朝の光が、窓の隙間から静かに差し込んでいた。
Eidenはゆっくりと目を開ける。
ほんの一瞬――
自分がもう、元の世界にあった小さなアパートにいないことを忘れていた。
だが。
簡素な木造の天井が視界に入った瞬間。
すべてを思い出す。
「……そうだった」
「まだ、ここにいるんだ」
Holy Worldの中に。
Eidenはベッドから起き上がると、部屋の窓を開けた。
冷たく澄んだ朝の空気が、すぐに頬を撫でる。
二階の窓からは、活動を始めたエファス村全体が見渡せた。
家々の煙突から煙が上がる。
農民たちは畑へ向かい始めている。
道では、何人かの子どもたちが笑いながら走り回っていた。
平和な光景。
だが――
本来のストーリーを知っているEidenには分かっている。
この平穏は。
長くは続かない。
「……俺が変える」
Eidenは拳を握った。
自分にHoly WorldのEndingを変えられるのか。
それはまだ分からない。
しかし――
一つだけ確かなことがある。
ただの傍観者にはなりたくない。
コン、コン。
「Eiden?」
扉の向こうからEveの声が聞こえた。
「起きてる?」
「うん、母さん」
「朝ごはん、できてるわよ」
「すぐ下りるよ」
「分かったわ」
Eveの足音が遠ざかったことを確認すると。
EidenはUIを開いた。
「Open UI」
青く透明な画面が目の前に浮かび上がる。
Statusを開く。
――――――――――
Name:Eiden
Level:50
Job:None
HP:2,550
MP:1,275
Strength:250
Vitality:250
Agility:250
Intelligence:250
Luck:1
Stat Point:245
――――――――――
「Stat Point……」
今になって初めて、その数字をちゃんと意識した。
昨日Levelが一気に上がった時は。
驚きすぎて、Status Pointを振り分けることすら忘れていた。
「適当に振るのはまずいよな」
EidenはSearch Barを開く。
そして入力した。
【Holy World 剣士 おすすめBuild】
しばらくすると。
大量の記事やDiscussionが表示された。
Strengthを優先すべきだという意見。
Agilityへ多く振るべきだという意見。
いくつものBuildが紹介されている。
その中で。
一つのBluedit投稿がEidenの目に留まった。
【Stat Pointはすぐに使うな】
【最初のJobを取得した後、一部のStatusにはJobによって異なるBonusが付く。Job取得までPointを温存した方が効率がいい】
「なるほど……」
確かに理にかなっている。
なら。
今は使わずに残しておいた方がいい。
EidenはUIを閉じると、階下へ向かった。
――――――――――
「Eiden」
Eveが、温かいパンを乗せた皿をテーブルへ置いた。
「今日はどこへ行くの?」
Eidenは少し考える。
もっと情報を集めたい。
だが――
毎日森へ入るわけにもいかない。
「今日は村の中を回るだけにするよ」
「Bramさんの柵の修理でも手伝おうかな」
Eveは笑顔を浮かべた。
「それはいい考えね」
「みんなで助け合えば、きっと喜んでもらえるわ」
Eidenも小さく笑った。
「じゃあ、朝ごはんを食べたら行ってくる」
――――――――――
数十分後。
Eidenはエファス村の大通りを歩いていた。
今日は。
いつもより村全体が慌ただしい。
おそらく。
昨夜Dariusが持ち込んだ知らせのせいだ。
何人もの村人が、村の外側にある木製の柵を補強している。
別の住民たちは。
簡素な槍や弓を用意していた。
「もう準備してるのか……」
それだけ。
皆がモンスターの脅威を本気で受け止めているということだ。
そのまま歩いていると。
突然。
誰かに呼び止められた。
「Eiden!」
振り返る。
宿屋の前に立っていたのは――
Dariusだった。
彼はEidenに向かって手を上げる。
「少し来てくれ」
Eidenは一瞬迷った。
だが。
結局、Dariusのもとへ向かう。
「何ですか?」
Dariusは腕を組んだ。
「お前はエファス村で生まれたんだろ?」
「はい」
「なら、森の周辺には詳しいはずだ」
「少しだけなら」
Dariusはゆっくり頷く。
「頼みたいことがある」
「俺に?」
「ああ」
「今、俺はモンスターの数が増えている原因を調査している」
「もし案内役を引き受けてくれるなら――」
「Guildから少し報酬を出せる」
Eidenの心臓が強く脈打った。
これは――
本来のストーリーには存在しない。
ゲームでは。
Dariusは村へ警告を伝えた後、そのまま去るはずだった。
なのに。
今は――
Eidenへ協力を求めている。
「……俺を疑ってるからか?」
それとも――
本当に。
ストーリーそのものが変わっている?
Eidenが長く黙っていると。
Dariusが再び口を開いた。
「今すぐ答えなくてもいい」
「考えておけ」
「もし引き受けるなら、明日の朝に出発する」
それだけ言うと。
Dariusはその場を離れていった。
Eidenは。
遠ざかっていく彼の背中を見つめる。
日に日に。
ストーリーは。
Eidenが知っているものから離れていく。
周囲に気づかれないようSearch Barを開いた。
【DariusがEidenを森の調査に誘う】
Enter。
結果は。
何もない。
一件も。
「…………」
「つまり……」
「これは本当に、新しい出来事なんだ」
Forumにもない。
Wikiにもない。
Spoilerにもない。
Holy Worldへ来てから初めて。
Search Barが――
Eidenに答えを与えられなかった。
ゆっくりとUIを閉じる。
なら。
これからは。
Internetの知識だけに頼ることはできない。
自分で考え。
自分で選ばなければならない。
遠くで。
村の鐘が静かに鳴り始めた。
そして――
その頃。
東の森のさらに奥深く。
暗闇の中で。
一対の赤い瞳が。
再び開いた。
巨大なモンスターが。
ゆっくりと頭を持ち上げる。
そして。
エファス村の方向へと視線を向けた。
その身体の周囲では。
黒い粘液が。
静かに広がり始めている。
そして――
初めて。
そのモンスターの頭上に。
完全な名前が表示された。
【Slime King(変異種)】




