初めてのクエスト
翌朝。
エファス村の空は、雲一つない青空に包まれていた。
Eidenは家の前に立ち、村の大通りを眺めている。
頭の中には、昨日Dariusから持ちかけられた話がまだ残っていた。
「東の森の調査……」
ゲーム本来のシナリオでは、Dariusは村に警告を伝えたあと、次の街へ向かうだけのNPCだった。
だが今は――
彼はエファス村に長く留まっている。
「俺のせいなのか……」
「それとも、この世界そのものがもう変わり始めてる?」
Eidenは小さく息を吐いた。
すべての変化を避け続けることなどできない。
EXPのバグを利用し、一気にLevel 50まで上がった時点で、物語の流れはすでに本来のルートからずれ始めている。
今の自分にできることは――
変化に適応することだけだ。
「Eiden」
Eveの声が思考を遮った。
彼女は編み籠を抱えている。
「これ、村長さんの家まで届けてくれる?」
Eidenは籠を受け取った。
「何が入ってるの?」
「パンよ」
「昨日から村の準備で忙しそうだったから、少し作っておいたの」
「分かった」
「届けたら、ちゃんとすぐ帰ってくるのよ」
Eidenは頷いた。
「うん」
――――――――
村長の家は、広場からそう遠くない場所にあった。
到着すると、何人かの村人たちが話し合っている。
木製の机の上には、エファス村周辺の地図が広げられていた。
村長は真剣な表情で報告を聞いている。
「Eiden?」
「ああ、来たのか」
Eidenは持ってきた籠を差し出した。
「母さんから」
「ありがとう」
村長は穏やかに笑った。
「Eveにも礼を言っておいてくれ」
「分かった」
その場を離れようとした――
その時だった。
Dariusが部屋へ入ってきた。
「村長」
「北側の確認が終わった」
「どうだった?」
Dariusは小さな袋を机の上に置いた。
中には――
黒い粘液。
Eidenにはすぐ分かった。
「それ……」
昨日、Slime Kingの身体から流れ出していたものと同じだ。
「黒い……?」
村長が呟く。
Dariusは頷いた。
「東の森付近で見つけた」
「普通のSlimeが、こんな粘液を残すことはない」
「まるで……」
「……突然変異でも起こしているみたいだ」
突然変異。
その言葉を聞いた瞬間、Eidenの頭にあのモンスターの表示が蘇る。
情報欄が「???」になっていた存在。
――Slime King(変異種)。
「やっぱり……」
「あれは普通のモンスターじゃなかったんだ」
DariusがEidenへ振り向いた。
「その通りだ」
「坊主」
「ちょうどいいところに来たな」
「ん?」
「昨日の話、覚えているか?」
Eidenはゆっくり頷いた。
「うん」
「受けるよ」
世界が変化している原因を知るなら、早い方がいい。
Dariusは薄く笑った。
「よし」
「昼になったら出発する」
「だが、その前に……」
Dariusは鞄から何かを取り出した。
灰色の金属で作られた、カードのような物だった。
「これは?」
「Guild Questだ」
DariusがそれをEidenへ渡す。
カードが手に触れた瞬間――
TING!
通知音が響いた。
半透明のUIが、自動的に目の前へ展開される。
――――――――
【新規Quest】
東の森を調査せよ
難易度:D
【目的】
・Dariusと共に、モンスター変異の原因を調査する。
【報酬】
・500 Gold
・300 EXP
・Reputation +10
Questを受諾しますか?
《Yes / No》
――――――――
「……」
Eidenの目が大きく見開かれる。
「Quest……」
これまで、彼のQuest欄はずっと空だった。
Holy Worldへ来てから――
これが初めてのQuestだ。
Eidenは《Yes》を選択した。
TING!
《Questを受諾しました。》
突然黙り込んだEidenを見て、Dariusが首を傾げる。
「大丈夫か?」
Eidenは我に返った。
「あ……」
「うん」
「ちょっと緊張しただけ」
Dariusは小さく笑った。
「当然だ」
「冒険者と一緒に森へ入るのは初めてなんだろ?」
もしDariusが知ったら、どう思うだろう。
Eidenはすでに――
普通の冒険者では到底相手にならないモンスターと遭遇している。
――――――――
昼前。
EidenとDariusはエファス村の門前に立っていた。
Dariusは剣の状態を確認している。
対してEidenが持っているのは、いつもの斧だけだ。
「もっとまともな武器は持ってないのか?」
Dariusが尋ねる。
Eidenは首を横に振った。
「まだ金がないから」
「ふむ……」
Dariusはそれ以上何も言わなかった。
だが内心では疑問を抱いていた。
あれほどのManaを持ちながら――
なぜこの少年は、まだ木こり用の斧を使っている?
「行くぞ」
二人は東の森へ足を踏み入れた。
道中、Dariusは何度かモンスターの種類について説明した。
Eidenは聞いているふりをする。
だが、そのほとんどはすでに知っている情報だった。
しばらくして――
二人は、Eidenが初めてLevel 3のSlimeと遭遇した場所へ到着した。
だが。
小さな川は、今や黒い粘液で覆われていた。
周囲の木々も徐々に枯れ始めている。
Dariusは膝をつき、粘液を少し指ですくった。
「またこの色か……」
匂いを確認する。
「モンスターの粘液……」
「それだけじゃない」
「……Demon Mana?」
「Demon Mana?」
Eidenは気づかれないようSearch Barを開いた。
《Demon Mana》
Enter。
Wikiページが表示される。
――――――――
【Demon Mana】
魔王領に生息するモンスターだけが持つ特殊なエネルギー。
魔王領以外で確認されることは極めて稀。
もし他の地域で発見された場合――
強力な存在によって拡散されている可能性が高い。
――――――――
Eidenの心臓が小さく跳ねる。
「強力な存在……」
まさか。
あのSlime Kingは原因ではない?
むしろ――
被害者だった?
その時。
Dariusが立ち上がった。
視線が前方の茂みへ向けられる。
「Eiden」
「下がれ」
声色が一気に変わった。
「どうしたの?」
「何かが……」
「……来る」
ガサッ。
ガサッ。
枝が折れる音。
そして――
一匹のSlimeが、ゆっくりと茂みの奥から姿を現した。
だが。
普通のSlimeではない。
身体は漆黒。
両目は赤く光っている。
そして頭上には――
《Corrupted Slime Lv.15》
Dariusが反射的に剣を抜いた。
「……こんなSlimeは初めて見る」
その瞬間。
Corrupted Slimeが大きく口を開いた。
そして――
森中に響き渡るほど甲高い咆哮を上げる。
まるで。
何かを――
呼んでいるかのように。




