スライムの王
「グオオオオオオオッ!!」
凄まじい咆哮が、東の森全体を揺らした。
鳥たちが一斉に巣から飛び立つ。
小型のモンスターたちも、何かから逃げるように四方へ散っていった。
Eidenの足元では、今も地面が微かに震えている。
「……何だ?」
再びMapを開く。
巨大な赤い点は、まだ同じ場所にあった。
しかし――
ゆっくりと。
その点が動き始める。
「……こっちに?」
Eidenは息を呑んだ。
そのモンスターは、こちらへ向かっている。
「あり得ない」
東の森は、ただの序盤エリアのはずだ。
ここで最も強いモンスターといえば、Forest WolfかGoblin程度。
なら――
あれはいったい何だ?
EidenはすぐにSearch Barを開いた。
素早く文字を入力する。
【Area 01 東の森 巨大モンスター】
いくつか検索結果が表示される。
しかし、それらしい情報は見つからない。
もう一度。
【Area 01 Boss】
それでも何も出てこない。
「うーん……」
その時、ある考えが頭に浮かんだ。
主人公の父親について調べていた時、偶然目にした名前。
Eidenはそれを入力する。
【Slime God】
Enter。
瞬く間に、数十件の記事が表示された。
一番上にあるのはWikiのページだった。
――――――――――
Slime God
Rank:Divine Beast
異名:スライムの王
HP:???
能力:無限再生
Status:九体のWorld Bossの一体
出現場所:不明
推奨Level:350以上
――――――――――
「…………」
「……Level、三百五十?」
Eidenは思わずUIを落としそうになった。
「俺、まだLevel 50なんだけど!?」
EXPバグによって、普通の冒険者より遥かに強くなったとはいえ――
World Bossの一体を相手にするには、まだあまりにも弱い。
「落ち着け」
「まだSlime Godだと決まったわけじゃない」
再びMapの赤い点を見る。
確かに巨大だ。
だが、名前は表示されていない。
「別のモンスターかもしれない」
Eidenは自分に言い聞かせた。
しかし――
再び地面が揺れる。
ズン!
ズン!
ズン!
重い足音が聞こえ始めた。
遠くの木々が激しく揺れている。
森の奥で――
何か、とてつもなく巨大な存在が動いていた。
「…………」
Eidenの本能が叫ぶ。
――逃げろ。
考えるより早く、身体を反転させる。
だが、数歩進んだところで――
巨大な影が木々の向こうから現れた。
ドオオオン!!
何十本もの木々が一斉になぎ倒される。
姿を現したのは――
濃い青色の巨大なSlimeだった。
高さは十数メートル。
身体は水晶のように透き通っている。
そしてその内部には――
巨大な金色のコア。
Slimeが動くたびに。
大地そのものが震えた。
「…………」
Eidenは言葉を失った。
やがて、モンスターの頭上に文字が浮かび上がる。
しかし――
完全な名前ではない。
表示されていたのは。
【Slime ???】
「……?」
「なんで表示されない?」
通常なら、モンスターの名前ははっきり表示される。
だが今回は――
名前の一部が、まるで意図的に隠されている。
巨大Slimeが止まった。
Eidenから、それほど離れていない場所で。
そして――
赤い瞳が、ゆっくりとEidenへ向けられる。
「……俺を見てる」
心臓が止まりそうになった。
モンスターは動かない。
ただ――
Eidenを見つめている。
観察するように。
その時。
重く低い声が――
直接、Eidenの頭の中へ響いた。
『……人間……』
「……っ!?」
Eidenは反射的に後ずさった。
「何だ……?」
耳から聞こえた声ではない。
直接――
頭の中に流れ込んできた。
『……匂う……』
『……あの者の……』
『……勇者……』
Eidenの身体が固まる。
「……勇者?」
どういう意味だ?
自分はただの村人のはず。
巨大Slimeが、ゆっくりと近づいてくる。
ほんの小さく跳ねるだけで、大地に亀裂が走った。
Eidenは斧を強く握りしめる。
勝てる可能性などない。
それは分かっている。
「……戦うしかないなら」
「……逃げながらでも戦う」
しかし――
Eidenが動くより先に。
巨大Slimeは突然、その動きを止めた。
数秒。
静寂が続く。
やがて――
モンスターは身体の向きを変えた。
『……まだ……』
『……まだ、その時ではない……』
再び声が頭の中へ響いた。
そして――
Slimeは大きく跳び上がった。
ドン!!
たった一度の跳躍で。
その巨体は木々の向こうへと消えていった。
地面の震えも次第に収まっていく。
森に静けさが戻った。
「…………」
Eidenはその場から動けなかった。
呼吸が乱れている。
「な……なんで?」
「なんで、行ったんだ?」
もしあのモンスターがEidenを殺すつもりだったなら――
おそらく一撃で十分だった。
Eidenは再びSearch Barを開く。
入力する。
【Slime Godがプレイヤーを見逃す理由】
Enter。
すぐに検索結果が表示される。
だが――
出てくるのは戦闘攻略の情報ばかり。
先ほど起こった出来事を説明するものは、一つもない。
「……は?」
「じゃあ……」
「俺が今見たものは、いったい何だったんだ?」
本当にSlime Godだったのか?
それとも――
まったく別のモンスター?
答えは見つからない。
だが、それ以上にEidenを混乱させているものがあった。
あのモンスターが最後に言った言葉。
『……まだ、その時ではない……』
まるで――
Eiden自身さえ知らない何かを。
あのモンスターだけは知っているような。
Eidenは長く息を吐いた。
「……帰ろう」
もう日が暮れ始めている。
Eveも心配しているはずだ。
Inventoryに収納した薪を持ったまま、Eidenはエファス村へ向かって歩き始めた。
だが――
彼は気づいていなかった。
遥か上空。
太陽を覆う雲よりも、さらに高い場所。
黒いローブを纏った一人の男が――
Eidenを見下ろしていた。
その頭上に表示されている文字は、たった一つ。
【???】
男は小さく笑った。
「さて……」
「お前は本当に、この世界の運命を変えることができるのか……」
「……Eiden?」




