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イヴ

エイデンは、その場で凍りついていた。


視線は、Guugleの画面に突然現れた投稿から離れない。


《これを読んでいるなら、お前もHoly Worldの中にいるってことだ》


「…………」


部屋が、先ほどまでよりもずっと静かに感じられた。


心臓の鼓動が速くなっていく。


「ありえない……」


わずかに震える手で、その投稿のタイトルに触れる。


だが――


表示されたのは、真っ白なページだった。


中央には、小さな文字があるだけ。


《404 - Thread Not Found》


「……は?」


エイデンは眉をひそめた。


戻るボタンを押す。


しかし――


先ほどの投稿は、すでに消えていた。


まるで最初から存在していなかったかのように。


エイデンは慌ててBlueditのページを上から下までスクロールする。


ない。


検索機能も使ってみる。


それでも、見つからない。


「さっきの……」


「見間違いじゃないよな?」


先ほどの文章をそのまま検索欄に入力してみる。


結果はゼロ。


「ない……」


ゆっくりと背筋に寒気が走った。


「まさか……」


「幻覚……?」


だが、すぐにその考えを否定する。


見間違えるはずがない。


あの文章は、あまりにもはっきりと表示されていた。


「……この《Search Bar》を作ったのは、一体誰なんだ?」


さらに考えようとした――


そのとき。


コン。


コン。


コン。


突然、扉を叩く音が静寂を破った。


「エイデン?」


扉の向こうから、女性の声が聞こえる。


「エイデン、もう起きてる?」


エイデンの身体が一瞬で強張った。


「誰かいる……」


慌ててUIをすべて閉じる。


青い画面は一瞬で消え去った。


コン。


コン。


「エイデン?」


「大丈夫?」


女性の声には、少し心配そうな響きが混じっている。


エイデンは大きく息を吸った。


「落ち着け……」


もしここが本当にHoly Worldの物語の始まりなら――


扉の向こうにいる人物は、少なくとも敵ではないはずだ。


エイデンは扉へ近づき、ゆっくりと開いた。


そこに立っていたのは、三十代半ばほどの女性だった。


長い茶色の髪を簡素にまとめ、クリーム色の村人らしい服の上に白いエプロンを身につけている。


穏やかな顔立ち。


その瞳には、心配の色が浮かんでいた。


「エイデン?」


女性はほっとしたように微笑んだ。


「よかった。まだ寝ているのかと思ったわ」


「……母さん?」


思わず、その言葉が口からこぼれた。


女性は小さく笑った。


「どうしたの? 起きたばかりなのにぼーっとして」


「そんなことしてたら、朝ごはんが冷めちゃうわよ」


エイデンはただ、小さく頷いた。


「あ……」


「うん……」


女性は背を向け、部屋を離れていく。


「ほら、早く下りてきなさい」


「話しておきたいこともあるから」


「うん……」


足音が遠ざかったところで、エイデンはすぐに扉を閉めた。


そして――


「Open UI」


半透明の画面が再び現れる。


すぐに《Search Bar》を開き、一つの名前を入力した。


Eve


《Enter》。


いくつかの検索結果が表示された。


一番上にあったのは、Holy WorldのWikiページ。


エイデンはそれを開いた。


――――――――――


Eve


種族:人間


年齢:34歳


職業:アスター村の住民


ステータス:主人公の母親


イヴの夫であるアーデンは、メインストーリーが始まる数年前、九体のワールドボスの一体を討伐する遠征に参加し、命を落とした。


そのボスの名は――


Slime God


――――――――――


「…………」


エイデンは最後の一文を何度も読み返した。


「Slime God……」


その名前には聞き覚えがある。


以前ネットで目にしたネタバレの中に出てきた名前だ。


Slime God。


魔王へ挑む前に倒さなければならない、九体のボスの一体。


ほぼ無限ともいえる再生能力を持つことで知られ――


その出現によって、一つの王国が滅びたことさえある。


「……つまり」


「この身体の父親は、Slime Godと戦って死んだのか……」


少しずつ状況が理解できてきた。


先ほどの女性は――


本当に主人公の母親なのだ。


ということは。


「これからは……」


「彼女が、俺の母さんってことか」


自分で口にしてみても、奇妙な感覚だった。


今まで一度も会ったことのない女性。


それなのに――


今の二人は家族だ。


「…………」


エイデンはUIを閉じた。


そして部屋を出る。


木造の階段を下りると、焼きたてのパンと温かいスープの香りが鼻をくすぐった。


ずっと空っぽだった腹が、小さく鳴る。


食卓では、イヴがスープの入った器をテーブルに置いていた。


「ほら」


「座って」


エイデンは言われるまま、ゆっくりと椅子に腰掛けた。


「エイデン」


イヴがしばらく彼の顔を見つめる。


「今日、なんだか変よ?」


「昨日はよく眠れなかったの?」


その質問に、エイデンはぎこちなく笑った。


「ちょっと……」


「変な夢を見たんだ」


「夢?」


イヴが首を傾げる。


「どんな夢?」


「…………」


一瞬。


エイデンは真実を話しかけた。


自分は、本当は彼女の息子ではないこと。


別の世界から来た人間であること。


しかし、すぐに思いとどまる。


そんな話を信じてもらえるはずがない。


「あー……」


「忘れた」


イヴは小さく微笑んだ。


「そう。じゃあ、仕事が終わったら少し休みなさい」


「仕事?」


「ええ」


イヴは窓の方を指差した。


「薪がもうほとんど残ってないの」


「東の森で、何本か薪を取ってきてくれる?」


「いつもみたいに」


エイデンの目がわずかに見開かれた。


「東の森……」


それって――


EXPバグがある場所じゃないか?


驚きを悟られないようにしながら、エイデンは頷いた。


「分かった」


「行ってくるよ」


イヴは温かく微笑んだ。


「さすが、母さんの子ね」


「でも、あまり森の奥には入っちゃダメよ」


「最近、モンスターを見かけることが増えたらしいから」


「あなたに何かあったら、母さん嫌だからね」


その何気ない言葉に――


エイデンは黙り込んだ。


イヴを見る。


その瞳には、本物の心配が浮かんでいた。


作られたものではない。


決められた台詞を繰り返しているNPCのようでもない。


そこにいるのは――


本気で息子を心配する、一人の母親だった。


「…………」


ほんの一瞬。


エイデンは、目の前の女性がゲームのキャラクターだということを忘れていた。


いや――


もしかすると。


彼女はもう、ただのキャラクターではないのかもしれない。


この世界で生きている――


一人の人間なのかもしれない。


エイデンは、手に持っていたスプーンを少し強く握った。


「心配しないで」


「すぐ帰ってくるから」


イヴは優しく微笑んだ。


「待ってるわ」


朝食を終えると、エイデンは準備のため自分の部屋へ戻った。


部屋の隅に立てかけてあった小さな斧を手に取る。


そして《Inventory》へ収納した。


予想通り。


斧は手の中から一瞬で消え、Inventory内にアイコンとして表示された。


「ちゃんと使える……」


続いて薄手のコートを羽織る。


家を出る前に、もう一度《Map》を開いた。


エファス村。


東の森。


そして――


EXPバグの場所を示す、小さなポイント。


エイデンは大きく息を吸った。


「Blueditの情報通りなら……」


「今日……」


「俺は、自分の運命を変える」


決意を固め、エイデンは家の外へ踏み出した。


だが――


彼は気づいていなかった。


扉を開けた、その瞬間から。


遠く離れた木々の陰から――


一対の赤い瞳が、彼を見つめていたことに。

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