ゲート
朝日がエファス村を照らしていた。
だが、その光を見て安心できる村人は一人もいなかった。
東の森の一部が消失したことで、村全体が恐怖に包まれていたのだ。
いつもなら夜明けとともに狩りへ向かう狩人たちも、その日は誰一人として村の外へ出ようとしなかった。
一方、ギルドの冒険者たちは昨夜起きた異変について議論を続けていた。
エイデンはダリウスとともに村の門の前に立ち、東の森を見つめる。
そこは、もう以前とはまるで違っていた。
アルヴェルド旧塔へ続く森は、どこまでも続く白い大地へと変わっている。
木もない。
草もない。
岩すら存在しない。
まるで、その場所だけ世界が最初から創られていなかったかのようだった。
「あり得ない……」
一人の冒険者が呟く。
「あそこには何度も野営したことがある。」
「なのに今は……」
「全部、消えてる。」
レナは白い地面へ近づき、しゃがみ込んだ。
地面を一握りすくい上げる。
しかし、その表情はすぐに変わる。
「……これは土じゃない。」
「え?」
レナは手のひらを開いた。
そこにあったのは土ではなく、風に乗ってゆっくりと消えていく白い光の粒子だった。
「まるで……マナみたい。」
彼女は小さく呟く。
ダリウスもその様子を見つめる。
「こんな現象は初めて見る。」
エイデンは何も言わなかった。
原因は知っている。
だが、説明などできるはずがない。
もし「あの場所はAdministratorによって削除された」と話したところで――
誰一人として信じはしないだろう。
◇ ◇ ◇
その日の昼。
レナはギルドの冒険者たちを村の集会所へ集めた。
「しばらく東の森への調査は中止します。」
「これからの最優先事項は変わりました。」
「エファス村の住民の安全を確保することです。」
冒険者たちの中には、不満そうな表情を浮かべる者もいた。
「じゃあ、行方不明になった三人はどうなるんだ?」
レナは静かに目を伏せる。
「……もし、あの消えた場所にいたのなら。」
「おそらく……」
「……もう助けることはできません。」
部屋の中が静まり返った。
エイデンは拳を強く握る。
脳裏に浮かぶのは、レンの姿だった。
今、彼はどうなっているのだろうか。
本当に消滅してしまったのか。
それとも――
どこかで、まだ生きているのか。
◇ ◇ ◇
その夜。
エイデンはレンから託された新しいメニューを開いた。
《Legacy》
最後の記録のほかに、新しいフォルダが追加されている。
《Ren Database》
興味を引かれたエイデンは、それを開いた。
中には、レンが長年にわたって残した膨大な記録が保存されていた。
エイデンは最初の記録を選ぶ。
――――――――――
記録 #001
《一年目。》
《魔王の討伐に成功した。》
《それでも世界は終わった。》
――――――――――
次の記録。
――――――――――
記録 #014
《三年目。》
《エンディング前に裏切り者を始末した。》
《それでも世界は終わった。》
――――――――――
さらに次。
――――――――――
記録 #029
《五年目。》
《魔族のマナクリスタルをすべて破壊した。》
《その瞬間、世界はリセットされた。》
――――――――――
エイデンは次々と記録を読み進めていく。
レンが試した、数え切れないほどの方法。
そのすべてが失敗に終わっていた。
まるで何かが、物語を必ず同じ結末へ戻そうとしているかのように。
「じゃあ……」
「まだ誰も試していないことは何なんだ?」
ページをめくり続ける。
そして、一つだけ赤い印が付けられたページを見つけた。
――――――――――
《最後の仮説》
《Holy Worldは現実の世界ではない。》
《この世界はシミュレーションである。》
――――――――――
「……。」
エイデンは息を呑んだ。
シミュレーション……?
レンの文章は続く。
《Administratorはこの世界を創った存在ではない。》
《物語をシナリオ通りに維持する管理者にすぎない。》
《エンディングを変えようとする者は――》
《ERRORと判定される。》
その瞬間、エイデンの脳裏に、あの白い存在が浮かんだ。
つまり――
ERRORはモンスターではない。
世界を守るための防衛システムだったのだ。
「なら……」
「どうすれば止められる?」
さらに読み進める。
しかし、一番下に書かれていたのは、たった一文だけだった。
《まだ答えは見つかっていない。》
「……まだ分からないのか。」
エイデンは小さく呟いた。
◇ ◇ ◇
Legacyを閉じようとした、その時だった。
Scanメニューが突然点滅する。
《警告》
《未知のエネルギーを検知しました。》
場所:
《エファス村》
「……?」
エイデンはすぐにScanを起動した。
青い光のリングが村全体へと広がっていく。
数秒後――
結果が表示された。
――――――――――
《Scan結果》
生命体:184
モンスター:0
魔族のマナ:検知されませんでした
未知のオブジェクト:1
――――――――――
「未知のオブジェクト?」
マップを拡大する。
赤い点が一つ表示された。
その場所は――
村の集会所の真下だった。
「地下室……?」
エイデンの知る限り、あの建物に地下室など存在しない。
ゲームの中でも、一度も語られたことはなかった場所だ。
エイデンはすぐにマントを羽織る。
「確かめないと。」
眠っているイヴを起こさないよう、静かに家を出た。
村はすでに寝静まっている。
時折、見回りの足音だけが夜の静寂に響いていた。
慎重に集会所へ近づく。
建物の前へ到着した、その瞬間――
マップ上の赤い点が激しく点滅し始めた。
まるで地下に眠る何かが、
エイデンの接近に反応しているかのように。
そして――
突然。
集会所の木の床が、淡い青い光を放ち始めた。
部屋の中央に、古代の魔法陣がゆっくりと浮かび上がる。
その中心には、長い年月に埋もれていた文字が姿を現した。
《Administratorの間へと続く門》
エイデンの全身が凍りつく。
もし、この文字が真実なら――
この世界最大の敵へと繋がる入口は、
最初からずっと、
エファス村の地下に存在していたのだった。




