Demon Manaの痕跡
東の森に、再び静寂が戻っていた。
先ほどまで辺りを覆っていた黒い霧は、まるで最初から存在していなかったかのように、少しずつ消えていく。
EidenとDariusは――
まだ同じ場所に立っていた。
どちらも。
一言も発さない。
今起きた出来事は――
あまりにも信じ難かった。
Boss Monsterが。
人間を守った。
それだけではない。
これから訪れる危険について――
警告までしてきた。
Dariusが大きく息を吐き、ようやく沈黙を破る。
「……俺は十二年間、冒険者をやってきた」
「だが――」
「人間を守るために、他のMonsterを殺すMonsterなんて……初めて見た」
Eidenは答えなかった。
頭の中には――
まだSlime Kingの言葉が残っている。
《……救ってくれ……》
《……この森を……》
その言葉が――
何度も頭の中で繰り返されていた。
「もし、あいつの言っていたことが本当なら……」
「誰かが意図的に――」
「この森のMonsterを変異させてるってことだ」
Dariusが地面へしゃがみ込む。
Corrupted Slimeの身体から残った――
黒い粘液を少し拾い上げた。
だが今回は。
その粘液が――
徐々に灰へ変わっていく。
そして。
風に吹かれ――
消えた。
「妙だな……」
「Demon Manaが消えていく」
Eidenは気づかれないようにSearch Barを開いた。
《なぜMonsterが死ぬとDemon Manaが消える?》
いくつかの検索結果が――
すぐに表示される。
その中の一つ。
Bluedit Forum。
《考察:Demon ManaはMonsterの身体に元々存在するEnergyではない。宿主の身体へ“寄生”しているだけだ。宿主が死亡すると、Demon Manaは発生源へ戻る。》
Eidenはその文章を――
何度も読み返した。
「発生源へ……戻る」
もしこの考察が正しいなら。
東の森のどこかに――
Demon Manaを拡散している中心地が存在する。
「そこを見つけられれば……」
「MonsterのCorruptionも止められるかもしれない」
Dariusが立ち上がった。
「先へ進むぞ」
「え?」
「この黒い粘液の痕跡を追う」
Eidenは頷いた。
「俺も同じことを考えてた」
二人は――
さらに森の奥へ進み始めた。
奥へ行けば行くほど。
森の様子は――
大きく変化していく。
緑色だった草は枯れ始め。
木の幹は黒く変色する。
季節でもないのに――
葉が次々と落ちている。
空気さえも。
先ほどより――
重い。
「Demon Manaが……濃くなってる」
Dariusが呟く。
Eidenもゆっくり頷いた。
胸に――
僅かな息苦しさすら感じる。
数分後。
二人は――
何かを見つけた。
大きな木の下。
一頭の鹿が倒れている。
身体には――
黒い斑点が広がっていた。
目からは――
すでに光が失われている。
「……死んでる」
Dariusが静かに言った。
だが。
二人が近づくより先に――
鹿の身体が突然動いた。
「グルル……」
ゆっくりと。
立ち上がる。
そして。
両目が――
赤く変わった。
頭上には。
表示。
《Corrupted Deer Lv.22》
「新しいMonsterか?」
Dariusがすぐに剣を抜く。
だが。
鹿は――
攻撃してこなかった。
ただその場で。
じっと立っている。
まるで――
何かの声を聞いているかのように。
そして。
東の方向へ――
顔を向けた。
次の瞬間。
全速力で走り出す。
「逃げたのか?」
Eidenが眉をひそめる。
「いや……」
Dariusが答える。
「あれは逃げてるんじゃない」
「何かのところへ――」
「向かってる」
二人は顔を見合わせた。
それ以上話す必要はない。
すぐに――
鹿を追いかける。
――――――――
約十五分後。
鹿が――
崖の前で止まった。
その崖の裏側には。
巨大な洞窟。
入口のほとんどが――
木の根によって覆われている。
洞窟の中からは――
濃い黒い霧が流れ出していた。
周辺の地面さえ。
黒く変色している。
先ほどの鹿は――
ゆっくりと洞窟の中へ入った。
そして。
暗闇に飲み込まれ――
姿を消す。
Dariusが唾を飲み込む。
「……嫌な場所だな」
EidenはMapを開いた。
しかし。
「……?」
奇妙だった。
この洞窟は――
Mapにまったく表示されていない。
まるで。
最初から――
存在しない場所であるかのように。
「何だこれ……?」
Mapを拡大する。
それでも。
何もない。
「この森は――」
「もう全部Map化されてるはずなのに」
これほど巨大な洞窟が。
どうして――
記録されていない?
その時。
TING!
新しい通知が現れた。
――――――――
【新規Quest】
記録されていない洞窟
難易度:B
【目的】
・Demon Manaの発生源を調査する。
【警告】
・現在の能力を上回る危険が存在します。
推奨Level:80+
――――――――
「……」
Eidenは黙り込んだ。
「Level……80?」
今の自分は――
まだLevel 50。
Dariusにはもちろん。
この通知は見えていない。
「どうした?」
Dariusが尋ねる。
EidenはUIを閉じた。
「いや……」
「ちょっと嫌な予感がしただけ」
Dariusはゆっくり頷く。
「その予感は正しい」
「俺も同じだ」
Dariusは洞窟の入口を――
しばらく見つめた。
そして。
首を横に振る。
「戻るぞ」
「え?」
「もし本当に――」
「何かがこの中にいるなら」
Dariusは洞窟を見る。
「今の俺じゃ……勝てない」
「好奇心だけで――」
「俺たち二人の命を賭けるつもりはない」
Eidenは――
安心したように息を吐いた。
その判断は。
自分が考えていたものと――
まったく同じだった。
二人は――
洞窟へ背を向けた。
そして。
そこから離れ始める。
だが――
Eidenが完全に立ち去る直前。
何気なく。
一度だけ――
振り返った。
洞窟の暗闇。
その奥。
二つの赤い目が――
真っ直ぐ。
Eidenを見ていた。
Monsterの目ではない。
それは――
人間の目。
そして。
小さな声が――
洞窟の中から響いた。
今回は。
頭の中ではない。
確かに――
洞窟の中から聞こえている。
「……ついに……」
「……最初のPlayerが到着した……」
Eidenの身体が――
完全に固まった。
Player?
心臓が激しく鳴る。
今。
あの人物は――
この世界には存在するはずのない言葉を。
確かに。
口にした。




