第95話 本領
(なんだ今のは?)
必殺のはずの攻撃を回避され、ロミュオーは戸惑っていた。
前方からの攻撃で注意を惹き、それに対処している敵を背後から刺す。
対処できる者などそうはいない。
ましてあの小僧は戦いの素人だ。剣の達人なら攻撃の気配を読むこともできるだろうが、あいつにはそんな芸当は不可能な筈だった。
(なのに躱された。どういうことだ?)
そもそも奴には背後からの攻撃が見えていなかったはずではないか。
思えば、その前の攻撃が防がれたのも妙だった。
足の下からの攻撃は絶対に避けることなどできないはずだ。なにしろ目視することなど不可能なのだから。
(見えない筈の攻撃になぜ対応できる?)
確実に命中するはずの攻撃を立て続けに回避されロミュオーは苛立っていた。
(違う。何かの間違いだ。いや……偶然だ)
そう自分に言い聞かせ、また2本同時に仕掛ける。
今度は左後方と右後方。奴にとって死角である背中側から、挟み込むように2本。
しかし結果は同じだった。
視界に入っていないはずの攻撃までも、完璧に回避されてしまったのだ。
まるで、見えているかの如く。
あまつさえ反撃を食らい、またも2本同時に尾を切断された。
その結果を認められず、やっきになって繰り返しても結果は同じだった。こちらの攻撃は必ず躱され、手痛い反撃を食らってしまう。
癇に障る甲高い金属音と共に、自慢の尻尾が次々と切断されていく。
『ろ、ロミュオー。このままではさっきと同じことに……』
「五月蝿い! そんなことはわかっている」
役立たずの馬鹿女の声が尖った神経をさらに苛立たせる。
尾が切断されればされるほどこちらの攻撃範囲は狭くなる。
それは敵にまた接近を許すことを意味していた。
(そうなっては危険だ)
認めたくはないが、今やあの小僧は難敵と言わざるを得なかった。
どうしてこちらの攻撃を躱せるのか、まるで理解できない。
手の内が読めない不気味な存在だった。
尾を切断されても魔術で再び生やすことができる。
だが……。
(再生は大量の魔力を消費する。そう何度も使えない)
忌々しいが、それが事実だった。
自分は徐々に追い詰められつつある。あんな聖騎士でも聖女でもない、取るに足らない《《ただの子供》》に。
ロミュオーの顔が憤怒でどす黒く変わる。
「そんなことがあってたまるか……!」
『ロミュオー!』
『なんだ! うるさいと言っているだろうが!』
『聞いて! あの子……アゼルは未来視を使っているのではないかしら』
『未来視だと?』
『あの蛇の悪魔がそう言っていたわ。自分には未来視の力があると』
『そんな訳があるか! 未来視は稀有な能力だ。あんな下級悪魔が持っているはずがない』
『でも彼らは現に私たちの計画を把握していたわ』
『ハッタリに決まっている。よしんばそうだったとして、あんな餓鬼が使いこなせるわけがない!』
『でもロミュオー!』
「ええい、黙っていろ!」
最後は肉声でそう怒鳴ると、ロミュオーは憎悪に燃えた眼でアゼルを睨んだ。
(未来視だと? 馬鹿馬鹿しい! そんなことがあってたまるか!)
ロミュオーは憎たらしい蛇の顔を思い出して胸中で吐き捨てると、広範囲に攻撃魔術をばら撒いた。
「今度こそ化けの皮をはいでやる。光弾よ穿て!」
尾の一本を切断していたアゼルがそれに気付き、跳躍して逃れる。
(掛かったな!)
それを見たロミュオーがほくそ笑む。
そして――
「空中では避けられまい!」
全ての尾を空中のアゼルに向かって射出した。
「4本同時だと!?」
それに気付いたマルクが後方で叫ぶ。
「危ない!」
自分の身を案じる二人の声を聞きながら、アゼルは。
『視えるわね、アゼル』
「ああ、大丈夫だ」
迫りくる4本の尻尾の軌道全てを未来視で捉えていた。
自分の魔鎧では敵の攻撃を防ぐことができないことは思い知っている。あの内の一本でも避け損なえば致命傷は免れない。
だから絶対に回避しなければならない。
(今ならできる筈だ)
頭の中の冷静な部分がそう告げる。
自由に身動きできない空中で、まずアゼルは足を大きく振った。
その勢いを利用して腰を軸に回転し、足を上げ、頭の位置を下げる。
それにより頭部を狙っていた尾と、右の大腿部を狙っていた尾の軌道から外れることができる。
(残りは2本)
3本目と4本目は、それぞれ腹部と胸部を狙っていた。
腰を捩り、身体を横向きに倒す。
次いで腹を引っ込め、身体を折り曲げた。
3本目はこれでやり過ごせるはずだ。
しかし胸部を狙っている4本目の軌道からは未だ逃れられていない。
心臓や肺などの臓器を貫かれることは避けられるが、このままでは背中を大きく抉られ、脊椎を損傷してしまう。
そこでアゼルは、羽と尻尾を使った。
羽と尻尾をそれぞれ逆方向に引っ張って、通常ではありえないほど上半身を引き絞る。
引っ込めた腹は動かさないまま、上半身だけを限界以上に捻じ曲げ、4本目の尾をやりすごすスペースをむりやり作る。
亜人の身体の柔軟性を今こそ活かす時だとアゼルは思った。
これまで無意識に行っていた手足の動きに全神経を集中する。
肉体の隅々に、それこそ指先の一本一本にまで意識を張り巡らせ、今まで自分にはなかった羽と尻尾までをも駆使して。
敵の攻撃に僅かに生じる隙間の中に、むりやり身体を捩じ込むように。
自分自身の肉体を操縦し、未来視が告げる死の運命から強引に身体を捥ぎ取り、引き剥がす。
(来る)
未来視で得た映像に現実が追いつく。
一本でも自分を絶命させ得る4本の鋭利な棘が、アゼルの身体を貫こうと迫る。
――そして。
ロミュオーの放った尻尾の内の3本を、アゼルは完璧に回避した。
4本目は背中をわずかにひっかいて、通り過ぎていった。
「なぁぁっ!?」
絶対の自信があった攻撃を曲芸のような身のこなしで躱されたロミュオーが度を失って叫ぶ。
一方のアゼルは軟体動物のような動きで4本の尻尾の間をするりと抜けると、そのまま床に着地した。
すぐさまくるりと向きを変え、地面を蹴って跳躍する。
そして4本の尾をまとめて斬り飛ばした。
「あ……あぁ……」
バラバラと落ちていく自分の尾を愕然と眺め、ロミュオーが言葉を失う。
「……ほらな。言った通りだろう」
何事もなかったように軽やかに地面に降り立つアゼルを見ながら、マルクは感慨深げに呟いた。
「お前はそういうの、向いているのさ」




