第82話 反撃
『あいつ、意外と冷静ね』
『ああ』
頭に響いたゼルペンティーナの声に、苦々しい思いで頷く。
さっきは煽られてあれだけ怒り狂っていたロミュオーだが、今はおとなしくクラリモンドの陰に徹している。既に冷静さを取り戻したようだ。
もっとも根に持ってはいるようで、こちらが四苦八苦しているのを見てニタニタと口元に陰湿な笑みを浮かべていた。
それを見たのかゼルペンティーナがうんざりとした声を上げる。
『チマチマと嫌がらせしてきて根暗な奴ね。あんなだから小物って呼ばれるのよ』
『呼んだのはお前だろ』
『腹が立つからもう一回煽ってやろうかしら』
『絶対にやめてくれ』
即座に止めた。ただの冗談なのだろうが、こいつなら本気でやりかねない。
なにしろそんなことをされたら本当に、冗談では済まされない。
今はこちらを嬲るために威力を絞った魔術を使っているが、広範囲の爆発呪文などを使ってこられたら防ぐ術がない。
ただでさえ八方塞がりなのに、これ以上事態を悪化させるのは御免だった。
(とはいえ、どうすればいい?)
現状、敵に近づくことすらできていない。
数少ない明るい要素は身体の頑丈さと自己修復だ。悪魔憑きになった影響か、身体に受けた損傷の再生速度が極端に早まっているようだった。
実際、さきほど受けた傷は既に塞がりかけている。
この回復力を生かして持久戦に持ち込めば……。
そう考えた時、またゼルペンティーナの声が響いた。
『過信は禁物よ』
『何?』
『自己修復には魔力を消費するわ。魔力が尽きたらアウトよ』
思わず舌打ちしそうになる。
もっとも、この体ではうまく舌が動かない。
舌打ち一つ満足にできない身体に苛立ちながらも、強いて冷静になろうと努める。
回復にも魔力が必要ということは際限なく戦い続けられるわけではないということだ。致命傷さえ避けていればいずれはチャンスが来ると思っていたが、そんな悠長なことは言ってられないようだった。
(それなら、危険を覚悟でやるしかない)
アゼルは覚悟を決めた。
格上を相手にするなら危険を冒すしか逆転の目はないだろう。
尻尾の攻撃を大きく飛び退いて回避しながら、考える。
このまま避けてばかりではいつまで経ってもあの二人を倒すことはできない。なんとか敵の攻撃を攻略して反撃に転じなければ、いずれは追い詰められてしまう。
それにはやはり、あの長い尾が邪魔だ。
(だったらまずは尻尾からだ)
厄介な尻尾を先に潰して、無防備になったところで攻撃する。
それしかない。
そう思い、逃げ回りながら尻尾の動きを仔細に観察する。
しかし、不規則に動く4本もの尻尾を目で追うのは想像以上に困難だった。
「くっ!」
考えていると尾の一本がこめかみを掠めた。
それで大きくよろめいた時、背中を突き刺そうと狙っていた尾が空振りして通り過ぎていった。
『ラッキーだったわね』
「……ああ」
それは皮肉だったのだろうが、アゼルは素直に頷いていた。
今のは危なかった。……思わず肝が冷えた。
よろめいたことで却って命を拾った形だった。でなければ、今ので終わっていたかもしれない。
反省もそこそこに、打開策を考える。
やはり4本の尻尾の動きを全て頭に入れるのは難しい。さらに、縦横無尽に動き回る尻尾をこちらから追いかけて捕まえることなど事実上不可能だろう。
(でも、攻撃の瞬間なら?)
たった今、敵の攻撃を喰らいかけたことで思いついたことがあった。
(攻撃されるということは、向こうから近づいてくるということだ。その瞬間ならこっちの攻撃も届くんじゃないか?)
単純な発想だが、だからこそ間違いはない筈だ。
ただ、それをするには今までのように大きく回避していては不可能だ。
ではどうするか?
(敵の攻撃が当たらないギリギリで躱して、その瞬間に反撃する)
一歩間違えれば致命傷を負いかねない、危険な作戦。
それでもやらねばならない。
「いつまで逃げ回っているつもりかしら!」
嘲りの声と共にクラリモンドが尻尾を高々と天井に向かって伸ばす。そして……。
こちら目掛けて、一気に降り下ろしてくる!
(これだ!)
クラリモンドはこのまま尻尾で打ちつけるつもりだろう。
ならばこれを避けてしまえば、尻尾は地面に叩きつけられることになる。
この攻撃をギリギリで躱せば、そこを叩くことができる筈だ。
だが、それにはもっと引き付ける必要がある。
今すぐに回避したくなるのを堪え、アゼルはその場に踏み留まった。
(……まだだ。まだ、早い)
振り下ろされてくる尻尾を凝視しながら慎重にタイミングを計る。
あの攻撃にはかなりの勢いが加わっている。食らえばただではすまないだろう。
下手したら、一撃で死ぬ。
ゾッとするような恐怖と緊張のなか、極限まで集中力を高める。
(何度か食らって、攻撃の速度は大体わかった。身体が覚えてる)
鞭のような鋭い一撃が迫りくる。
だが、動けない。……まだ、動いてはいけない。
(必要なのは最小限の動きだ。だったらギリギリまで動く必要はない)
クラリモンドの尻尾が、ほぼ頭一つ分まで迫った時。
(今だ!)
半歩分、身体をずらす。
ぎゅんっ!とアゼルの鼻先を掠め、風を真っ二つに裂くような音を立てながら、クラリモンドの尾が物凄い速度で目の前を通過する。
そして――
どごぉっ!
派手な破砕音を立てながら石造りの床を打ち付ける!
(できた!)
アゼルは胸中で快哉を上げた。我ながら信じられないぐらい上手くいった。
分の悪い賭けだった。タイミングを僅かでも外せば自分は真っ二つになっていただろう。
それでも。
(上手くいった。――今なら!)
その危険な賭けに勝った今、ボヤボヤしてはいられない。
筋肉で膨れ上がった腕を振り上げ、気迫とともに振り下ろす。
口から漏れた声は、自然と咆哮になった。
「ガァァっ!」
獣のような雄叫びとともに、全力で拳を叩き込む!
ドガァッ!
自分の拳が上げた音とは俄かには信じられぬほどの強烈な打撃音が周囲に轟いた。
盛大な土埃がもうもうと舞い上がり、視界を塞ぐ。
(やったか!?)




