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アゼルとゼラ(或いはリタ)  作者: 塵野オコ
第四章 「その日」
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第81話 戦闘開始

 ちちっ!


 咄嗟に身体を横にずらすと、脇腹を何かが掠めていった。


「ああ、惜しい」


 びゅんっ!


 身体をのけ反らせると、それまで頭があった場所を漆黒の鞭のようなものが通り過ぎていく。


「あら、また避けられちゃった」


「構わないさ」


 クラリモンドの放つ尻尾による攻撃。

 続けざまに襲い来るそれを辛くも避けるアゼルに向けて、ロミュオーが腕を翳す。

 そして呪文を紡いだ。


光弾よ穿て(エネルギーボルト)!」


 ロミュオーが生み出した無属性の魔力弾が無数に飛来する。


「くっ!」


 がががががががっ!


 慌てて大きくその場から跳躍して回避するも、全ては躱しきれずに何発か食らってしまう。

 右腕と右脚にいくつもの小さな穴が空き、血が飛び散った。


「はは、この程度の魔術で傷を負うのかい?無様な」


 手傷を負わせたことで多少は溜飲を下げたのか、ロミュオーが勝ち誇る。


「威力を抑える代わりに手数を増やしてあげたんだよ。君達をなるべく長くいたぶれるようにね!」


『いい趣味してるわね、ほんと』


 ゼルペンティーナが毒づく。

 だがアゼルにはそれに耳を傾ける余裕もない。


「そら、踊れ踊れ!光弾よ穿て(エネルギーボルト)!」


 無数に生み出した光芒が今度は広範囲に拡散させて放たれる。


「クそっ」


 避けようにも避けられず、アゼルは体を丸めて頭部や胴体をガードする。

 そこに、


「うふふ、ちょうどいい的ね!」


間髪入れずに飛来したクラリモンドの尻尾が容赦なく腹を打ち付けた。


「グぅッ!」


 強烈な一撃に、一瞬息ができない。

 それでも咳き込みそうになるのをむりやり堪えて横に転がり、首を狙っていた一撃を辛くも避けた。

 クラリモンドが残念そうな顔をする。


「惜しいわね。今のはいけると思ったのに」


「正面から狙うからさ。あの子供、なかなか勘が鋭いようだ」


 そう言うとロミュオーは悦に浸った顔で満身創痍のアゼルを眺めた。


「まあ、それだけの話だけどね。見なよ、彼らのあの体たらくを」


「ふふ、ホントね。あれだけ大口叩いておいて」




『……あーあ、言われちゃってるわね』


「?」


 距離を取り、呼吸を整えていたアゼルは妙な声にキョロキョロと辺りを見回した。

 ゼルペンティーナの声だったように聞こえたが、なんだか妙な響きだった。

 そういえば先ほどから姿が見えない。


『どこ見てるのよ。私よ、私』


「ゼラ。ドコかラ話シテル?」


『あんたの心に直接話してるの。あんたに同化してる今なら頭で念じるだけで会話できるのよ』


『そうなのか』


 なんとも奇妙な感覚だった。頭を直接覘かれているようで不快を感じたが、今は便利なので仕方がない。

 それにこの姿になってから喋るのに難儀していたが、念じるだけでいいなら意思疎通しやすい。


『お前、一体どこにいるんだ?戦いが始まってから姿が見えなかったけど』


『戦闘中はやることがないから引っ込んでるのよ。姿だけ見せてても仕方ないじゃない』


『……なんかズルくないか、それ』


 腑に落ちない気分でアゼルはぼやいた。

 さんざん敵を煽っておいて、いざ戦闘になったら引っ込んでこちらに相手をさせるとは。

 これではどちらが主人かわかりゃしない。


『あいつみたいに魔術で攻撃できないのか?』


『今の私じゃ無理よ。さっき言った通り、大半の力を失ってるからね』


『他に何かできないのか』


『一切何もできないわ。だから引っ込んでるのよ。そんな状態で出ても的になるだけでしょ?』


 無責任な言い草に呆れるのを通り越し、軽く目眩を覚えそうになる。


『だったらせめて的になってくれ。そしたら少しは楽になる』


『ひどいこと言うのねあんた。動物虐待で訴えるわよ』


『なにが動物だ』


 そもそもこいつが煽りまくったせいでこんな猛攻を食らう羽目になったというのに、と思うと割り切れない。

 だがそんなことを言っている場合じゃないのも確かだった。


(なんとかしなくちゃ)


 頼りの悪魔が頼りにならない。これでは実質2対1だ。

 わずかな攻防だけでこちらはもうあちこちに手傷を負っている。対して向こうは未だに擦り傷ひとつ負っていない。

 そもそも近づくことすらできていないのだから当然だ。


(まずはなんとかして近づかないと)


 こちらには魔術もなければ飛び道具もない。攻撃するには、まず近づかなくては話にならない。

 だが、それが難しい。ロミュオーの放つ魔術は当然としても、クラリモンドの尻尾も攻撃範囲が広すぎる。

 どういう仕組みになっているのかわからないが伸縮性が高く、見た目よりずっと遠くまで届くのだ。

 おまけにそれが4本もある。

 1本目をどうにか避けることができても2本目を避けきることができない。それで身体のどこかにダメージを負ってしまう。

 まして4本全てとなれば、完全に回避することは不可能に近かった。


 とはいえ、付け入る隙がないではない。


『来るわよ』


 ゼルペンティーナの声で戦闘に意識を戻す。

 見れば警告通り、右上方から突き刺すような一撃が迫ってくる。

 だが。


『ま、避けなくていいけどね』


 その言葉通り、攻撃は微妙に狙いが外れていた。

 動くまでもなく、尻尾は脇腹を掠めるように地面に突き立った。


「ちっ」


 クラリモンドの舌打ちが響く。

 隙の一つがこれだった。クラリモンドが操る尻尾は狙いがそこまで精密ではない。

 4本の尾を避け続けるのが困難なわりに、アゼルが致命傷を負わずに済んでいるのはそれが理由だった。

 

『まだ扱い慣れてない感じね』


「あア」


 考えてみれば当然の話で、いくら身体の一部とはいえ彼女にとってもあんなモノを扱うのは初めてなのだ。

 見習いへの懲罰として鞭を揮っていたというが、さすがに鞭とは勝手が違うということだろう。

 おまけにそれが4本もあれば、いきなり全てを自在に扱える筈もない。


 と、休む間もなく左から次の攻撃が来る。

 今度は直撃するはずのそれを、横に跳んで躱す。


 すると、急に視界が開けた。


(攻撃が途絶えた!)


 4本の尻尾の内、2本は避けたばかり。

 残りの2本も今いる位置からは遠い。

 好機だった。今なら、前に出てクラリモンドに接近できる。


(いける……っ)


 アゼルの心が逸る。 

 さっきから何度かこんなタイミングがあった。絶えず襲い来る連続攻撃に耐えている内、時にこうしてチャンスがやってくるのだ。


 それが2つ目の付け入る隙だった。

 クラリモンドは攻撃の組み立てや戦闘の駆け引きというものにあまり意識が向いていないのだ。

 4本の尻尾をうまく使えば逃げ場がなくなるよう追い込むなり、こちらを徹底的に守勢に回らせることもできそうなものなのに、闇雲に攻めることで逆に自分の隙を作ってしまっている。

 これもまた当然の話で、今日までずっと修道女として生きてきた彼女には荒事の経験などある筈もない。

 そのためせっかくの強力な武器を使いこなすことができず、時にこうして隙が生じる。

 

(今なら!)


 せっかくのチャンスを逃すわけにはいかない。アゼルは脚に力を溜めて、一気に前に跳躍しようとした。

 ――だが。


光弾よ穿て(エネルギーボルト)


 そこにロミュオーの詠唱が響く。

 

「っ!」


 飛来する無数の魔力弾に、前に出ようとしていたアゼルも慌てて横に回避せざるを得ない。

 攻撃の回避には成功したが、こちらの攻撃も潰されてしまった。

 そうこうする内に、クラリモンドの側も体勢を整えてしまう。


「くソっ!」


 回らぬ舌でアゼルは思わず毒づいた。

 さっきからずっとこうだった。クラリモンドの攻撃を掻い潜って反撃に転じようとすると、必ずロミュオーの魔術が飛んでくる。

 それはおそらく偶然ではない。

 ロミュオーは自分の相棒が戦闘に不馴れであることを充分に承知している。そしてそのために生まれる僅かな隙をフォローするように立ち回っているのだ。


 なんとも厄介な相手だった。


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