第80話 中の上
「さて。そろそろ返答を聞かせてもらおうか、下級悪魔くん」
「いいわよ。でもその前に、訂正してもらってもいいかしら?」
「何をだい」
「その下級悪魔って呼び方をよ。私、こう見えて下級悪魔じゃないのよね」
「……何?」
ロミュオーの形のよい眉がピクリと動いた。
「下級悪魔じゃないだと?じゃあ僕と同じ中級悪魔だと言うのかい」
「いいえ、違うわ」
「違う?では」
「私は上級悪魔よ」
「……何だと?」
ロミュオーはしばし、絶句した。
アゼルの後ろではアンジェリカ達も驚き、互いの顔を見合わせていた。
やがてロミュオーは我に返ったかと思うと、いきなり天を仰いで笑い出した。
「ははは!面白い冗談だ!」
しかし笑い声を上げつつも、その目はまったく笑っていなかった。
「だがあまりにも不敬な発言とも言える。僕だから笑って許してやるが、他の者にそんなことを言ったら八つ裂きにされてしまうよ」
「それが冗談じゃないのよねぇ」
「嘘を吐くな!」
突然ロミュオーは声を荒げた。
「この僕ですら上級の方々には服従せざるを得ないんだ。それほど強大な存在なんだ!それをお前のような、取るに足らぬ虫けらが!」
「ひどい言い草ねぇ。誰が虫けらよ」
「お前だ。人の姿にすらなれない、『魔鎧』を形成することもできない底辺悪魔。雑魚のくせに、身の程知らずにも上級を騙る不届き者。自分がどれほど矮小な存在なのかも弁えていない愚か者め」
「そんなこと言われたって、事実だしねぇ」
激昂しているロミュオーを煽るようにゼルペンティーナは空とぼけた調子で答えた。
「ではなぜそのような下等生物の姿を取っている?」
「ちょっと訳あって力の大半を失っちゃったのよ。でも出自はれっきとした上級悪魔よ」
「訳だと?では話してみるがいい。上級悪魔ともあろう方がそんな姿に身をやつしている理由を。……もっとも、本当にそんなものがあるならの話だがな」
「残念ながらお断りよ。あんたには話せないわ」
ロミュオーはそれを聞くと鼻で笑った。
「ふん、そら見ろ。やはり理由などないんだろうが」
「理由がないんじゃなくて話せないんだって言ったでしょうに。人の話はちゃんと聞きなさいよ」
「負け惜しみか?みっともない。ハッタリが通じなかったから誤魔化しているだけだろう」
「ハッタリでも負け惜しみでもないわよ。あんた程度の小物には話しても無駄ってだけ」
「……なんだと?」
それまで余裕ぶっていたロミュオーの顔が強張る。
「聞き捨てならないな。言っておくが僕は、数ある中級悪魔の中でも上位に位置する者だぞ。言うなれば上級悪魔にもっとも近い存在なんだ。その僕が小物だと?」
「……はぁ?なにそれ?」
ゼルペンティーナはそれを聞くと、馬鹿にしたようにせせら笑った。
「中級の上位ですって?中なのか上なのかはっきりしなさいよ。ていうかそれ、要するに上級悪魔にはなれなかったってことでしょ?」
「な……っ」
「いるのよねぇ、こういうみみっちい奴。なんだっけ、中級の上位?そ~んな細かいところに拘ってるところが何より小物の証だってことに気づいて欲しいわ。上級悪魔にコンプレックス持ってるの丸わかり。なんか見てて恥ずかしくなっちゃうわ」
「う……ぐ、ぅ……!」
言われたい放題のロミュオーだが、むろん指摘を素直に受け入れているわけではない。むしろ顔をまっ赤にして見るからに怒り心頭という様子だった。
反論しようにも頭に血が昇りすぎて言葉が出てこない……そんな風にも見える。
しかしゼルペンティーナは容赦がなかった。
相手が言い返せないのをいいことに、嘆かわしそうに聞こえる口調でひたすら煽り続けた。
「純粋な親切心から忠告してあげるけどさぁ、あんたそういうの自分で言わない方がいいわよ?何も言わなければ「あ、こいつ中級悪魔のくせに強いじゃないか」とか「ただの中級悪魔じゃないな」って周りから一目置いてもらえるから。なのに自分から「中の上」なんて言っちゃったら、どうしても上級と比べられちゃうでしょ?「ああ、中の上ね。うーん、やっぱり上級よりは明らかに格が落ちるよな」「少しはやるようだけど、上級と比べちゃうと、どうしてもねぇ……」なーんて思われちゃうからさ」
「き、貴っ様ぁ……!」
ロミュオーがようやく言葉を取り戻す。
が、紳士ぶっていた時の流暢に回っていた舌はどこへやら。獰猛に唸るばかりで反論できないようだ。
そして牙を剥き出しにしたその形相を前にしてもゼルペンティーナは余裕の態度を崩さない。
却って後ろに控えるヴェロニカ達の方がハラハラしながらことの成り行きを見守っていた。
「そんな訳だからね、小物のロミュオー君。私の正体についてはあんた風情にはやっぱり話せないわ」
そんな彼女たちの心配をよそにゼルペンティーナは挑発を続ける。
「あの女の下っ端風情にはね」
「っ!貴様……」
その一言でロミュオーの顔つきは明らかに変わった。
「なぜ知っている?貴様は一体……いや、そんなことはどうでもいい」
「ロミュオー?どうしたの」
クラリモンドの言葉も耳に入らないのか、ロミュオーは血走った目でゼルペンティーナを睨んだ。
「そこまで知りながら僕に逆らうか。それはあの方に逆らうも同然……断じて許せることではない。貴様のような、下等で矮小な木っ端悪魔が……」
呪詛を紡ぐような禍々しい声で悪魔は告げた。
「嬲り殺しにしてやる」
憎悪に満ちた目でゼルペンティーナを見やる。
「貴様とその契約者を血祭りにあげ、その苦悶と絶望の悲鳴を我が主に捧げてやろう!」
「やってみなさいな、三下」
ロミュオーの脅し文句にもゼルペンティーナは最後まで動じなかった。
そうして煽るだけ煽り倒した挙句、それまで沈黙を守っていたアゼルを鼻先で示した。
「私のご主人様があんたをぶちのめしてくれるから」
「……エ」
急に話を振られたアゼルが思わず声を洩らす。
「ほう……?」
ロミュオーは怒り狂いつつも口元だけで笑みを作り、そんなアゼルに視線を移した。
「面白い。貴様のような貧相な小僧では物足りんが、その血塗れの死体を飾りつけに使ってやろう。聖女リタの惨殺劇を飾る前座としてな!」
「……!」
それを聞いたアゼルの眼に闘志が宿る。
「さセ……ない」
異形と化した腕に力が入り、筋肉がボコッと盛り上がった。
「りタハ僕ガまもル」




