第79話 作戦会議
アンジェリカは不思議そうに呟いた。
「……蛇?」
「あ!あんた、ゼラとかいったわね!」
その姿を見るやいなやヴェロニカはゼルペンティーナに飛びつき、鎌首を掴んで締め上げた。
「ちょっとあんた、何なのよこの姿は!もうちょっとこう、何とかならなかったわけ!?」
「何よあんた。さっきはアゼルがどんな姿になっても~とか言ってたじゃない。あれは嘘だったの?」
「嘘じゃないわよ!嘘じゃないけど、でもカッコいいに越したことないでしょうが!……ていうかそれ以前に、しゃべるのにも苦労してるじゃないの!」
そう言いながらロミュオーとクラリモンドの方を指し示す。
「もうちょっとあっちみたいにスマートな感じにできなかったわけ!?」
「うるさい子ねぇ。私だって、できることならそうしたかったわよ」
非難されたゼルペンティーナが煩わしそうに言い返す。
「じゃあ何でそうしなかったのよ」
「時間がなかったんだから仕方ないじゃない。文句なら急かしたアゼルに言いなさいな」
「責任転嫁するんじゃないわよ!」
「わぁ……。ヴェラが蛇と喧嘩してる」
蛇と言い争う親友の勇姿にアンジェリカは目を丸くした。
「ただの蛇じゃない。あいつがアゼルと契約した悪魔なのだろう」
「そんなのどっちにしたってビックリですよ」
「まあな」
マルクも同じものを眺めながら嘆息する。
「アゼルの話に拠れば、あの野良悪魔には未来を視る能力があるらしい。その力で今回の事態を予見して、リタを護りたいなら契約しろとアゼルに迫っていたんだそうだ」
「なるほどぉ、そういうことだったんですね」
その説明で疑問に思っていた幾つかのことが頭の中で繋がり、アンジェリカはようやく完全に納得することができた。
「ていうかあれって元に戻れるんですか?ずっとあのまま?」
「姿のことを言っているなら、あれは一時的なものだ。憑依を解けば元の姿に戻るはずだ」
「よかったぁ」
それを聞いて一安心する。アゼルがずっとあのままだったら、いくらなんでもヴェロニカが気の毒すぎる。
もちろん本人も。あとリタも。
そんなことを思いつつ、アンジェリカはまた訊ねる。
「だったらもう大丈夫ってことですかね?」
変貌したアゼルの姿はお世辞にも格好いいとは言えないが、その分とても頼りになりそうに見える。
少なくとも、見た目だけならあちらより数段強そうだ。
悪魔の力に対抗するには悪魔の力。単純だが、確かにそれが一番だという気がする。
この二人がアゼルに頼ろうとしていたのも、これを見せられたら納得できた。
しかし、当のマルクの顔色は冴えない。
「……だったらいいがな」
楽観的なアンジェリカの言葉に、マルクが短く答える。
彼はロミュオーとクラリモンドを警戒していた。
突然現れたアゼルに戸惑っているのか、あちらに今のところ動きはない。
或いは、こちらの出方を窺っているのだろうか……。
一方。ロミュオーもまたアゼルを注視していた。
「……防がれた。鈍重そうな見た目によらず素早いようだ。なんだか得体が知れないな」
「ただのまぐれよ。私達の敵じゃないわ」
「それはまあ、疑いようもない事実だけどね」
確信に満ちた口調でそう言うも、ロミュオーは怪物と化したアゼルに鋭い視線を向けた。
「だがむやみに敵対することもない。試しにあいつを懐柔してみようじゃないか。なにしろ向こうだって悪魔なんだ。立場が同じなら目的は一致するはずだろう?」
「同じだなんて冗談じゃないわ。あんな醜いのと一緒にしないで頂戴」
「もちろんだよ、僕の可愛い人。……ま、見ててごらんよ」
そう恋人の機嫌を取ると、ロミュオーはアゼル達に向かって呼びかけた。
「そこの下級悪魔くん!話をしようじゃないか」
「それって私のことかしら?」
ヴェロニカと言い合いをしていたゼルペンティーナが鎌首を向ける。
「他にいないだろう。お前は一体何者だ?誰にお仕えしている?」
「仕える?私に主なんていないわ。強いて言うなら、今はこの子が主ね」
ゼルペンティーナがアゼルを示す。
「ふん、はぐれ者か。そんなところだろうと思ったがね」
相手に主がいないと聞くと、ロミュオーは露骨に見下した顔をした。
「では目的は何だ?どうして僕らの邪魔をするんだ」
「それが私の契約者の望みだからよ。私のご主人様はリタが死ぬのを望んでいないの」
「……その小僧の望みだと?呆れたな。そんな下らないことでこの僕の邪魔をしたのかい」
アゼルの身体がピクリと反応する。
それには気付いた様子もなくロミュオーが続ける。
「お前は自分が何をしているかわかっているのか?僕はさる高貴なお方のために動いているんだ。邪魔をしないでもらいたいものだがね」
「へえ、高貴なるお方?それって誰のことかしら」
「厚かましいな。お前なんかがその名を耳にしたら魂が消し飛ぶぞ。あまりの畏れ多さにな」
ロミュオーは不快を示すように舌打ちした。
「お前も悪魔の端くれなら身の程というものを理解しろ。大体、聖女は我々にとっての宿敵なんだ。生かしておいていい存在でないことぐらいはわかりそうなものだがね。お前のしていることは全ての悪魔に対する叛逆だ。わかっているのか?」
「ま、そう取られちゃっても無理はないわね」
「自分の置かれた状況を理解したか?ならばお前の契約者を説得して退がらせろ。そしたらさっきの無礼は大目に見てやる」
「わかったわ」
「ちょっと!」
「子供達を説得する時間をくれるかしら?」
「いいだろう」
ロミュオーが頷いたのを見てゼルペンティーナは全員を呼び寄せた。
「ほらあんた達、耳を貸しなさい」
「あんた、まさか本当にリタを引き渡すつもりじゃないでしょうね?」
ヴェロニカが不審げにゼルペンティーナを睨む。
「そんなことしないわよ。私は別にそれでもいいけど、アゼルが納得しないでしょうし」
「あタりマえだ」
「それでどうするの?アゼルとゼラさんはあいつに勝てる?」
そう問われたゼルペンティーナが首を振る。
「まともにやったら、今の私たちじゃ無理ね。あいつは中級悪魔だけど、今の私は下級相当。まず勝ち目はないわ」
「随分と弱気じゃない。あんなに偉そうにしてたくせに」
「客観的と言ってちょうだい。冷静に分析しなくちゃ勝てるものも勝てないわ」
「……ま、そりゃそうね」
「ぼクがじカンをカセグ」
たどたどしく口を挟んだのはアゼルだった。
「みなさンハリタを連レテ、ニゲテくダ……サイ」
「却下よ。それなら私も残るわ」
「でスが……」
「却下と言ったら却下よ。あんただけ犠牲にして生き延びるなんてまっぴらだわ」
反論は受け付けない、とばかりにヴェロニカがそっぽを向く。
「俺が時間を稼ごう」
代わりに口を開いたのはマルクだった。
「俺が注意を惹き、クラリモンドの手数を減らす。アゼルはリタを連れ、この二人と一緒に逃げてくれ」
「マるくさま!そレは……」
「いや、これが最善だ。俺はリタを抱えながらでは剣を振ることも攻撃を避けることもできない。だが今のお前ならそれが可能だ」
「デも」
「クラリモンドの尾は4本ある。それにあのロミュオーとかいう悪魔は広範囲の魔術を扱う。いくら今のお前でもその全てを防ぐことはできないだろう」
「……」
有無を言わさぬ口調にアゼルは言葉を失う。
マルクの言う通りだった。クラリモンドの尾は伸縮自在で射程距離が広い。4本の尻尾の内1、2本は止めることができても、残りの尻尾でリタを狙われたら防ぐことは難しい。
それにロミュオーの大規模魔術を防げるのはリタだけだ。リタが昏倒している今、あの魔術に対抗できる手段はなかった。
であればマルクがクラリモンドを惹きつけている間にアゼルが他の三人を連れて脱出する、というのが現状もっとも成功する可能性が高そうに思えた。
「でも、そううまくいくかなぁ」
異議を挟んだのは意外にもアンジェリカだった。
「いくらマルク様でも、あいつ相手にそうそう時間を稼げるとは思えないです。あいつは簡単に騎士団を壊滅させちゃうような奴なんですよ?」
「……わかっている」
マルクが拳をギュッと握り締める。
「だが俺を信じてくれ。この命に換えてもお前達が逃げる時間ぐらいは作ってみせる」
「マルク様。そんなの……」
「はいはい、そこまで」
口を挟んだのはゼルペンティーナだった。
「しょうもない言い争いしないの。そもそも逃げる必要なんてないのよ」
「何?」
「あいつは私とアゼルできっちり倒すわ。だからあんた達はここにいなさい」
あっさりと言い放たれた言葉に、一同は思わず呆気にとられた。
「マルク。アゼルが奴と戦ってる間、あんたはリタを護ることに専念しなさい。あいつはアゼルの隙を突いてリタを狙ってくるからそれを防ぐのよ」
「あ、ああ」
毒気を抜かれた顔でマルクが頷く。
「頼むわね。リタを気にしなくていいならこっちは存分に戦える」
「……そしたら勝てるっていうの?」
「ええ」
即答されるとは思っていなかったのか、ヴェロニカは驚いた顔を見せた。
「えらく簡単に言うのね。相手は格上って話じゃなかった?」
「そんなの戦い方次第よ。ま、見てなさいって」
「でもさぁ、魔術はどうするの?遠くからまとめてドッカンされちゃったら防げなくない?」
「大丈夫よ。少なくともあんたたちはドッカンされないから」
「どういうこと?」
「だってそんなことしたらヴェロニカまで死んじゃうもの」
「え」
虚を突かれたヴェロニカが声を上げる。
「……私が、何ですって?」
「どうやらクラリモンドはあんたのことは殺したくないみたい。じゃなきゃ、とっくに全員まとめて爆殺されてるわよ」
「……そういうことか」
マルクが納得したように頷いた。
思い当たるところはあった。あれほど威力の大きな魔術だというのに、ロミュオーはリタに向けては一度もその魔術を放っていないのだ。
リタが魔力を使い果たし、倒れてしまった後でも。
それはヴェロニカがリタの傍にいたからだったということか。
「そんな訳だからヴェロニカはリタの傍を離れちゃ駄目よ。アンジェリカ、あなたもね」
「りょーかいっ」
アンジェリカがヴェロニカに抱きつく。
一方、抱きつかれた方はそれどころではないようだった。
「でも……どうして私を」
不可解そうな顔で、ポツリと呟く。
「そんなの知らないわよ。気になるなら本人に聞きなさいな」
「……」
「さーて、そろそろ作戦タイムは終了かしらね」
「……もういいだろう」
ゼルペンティーナがそう口にするのを見計らったようなタイミングで、気障ったらしい声が響いた。




