第7話 悪魔と魔物の違い
しばらく二人は黙々と穴を掘った。
アゼルは世間話というものが上手ではなかったし、ましてマルクは普段から寡黙な男だ。ますます何を話していいかわからない。
マルクの方からも口を開かない。
結果、自然と手を動かすだけになる。そうしていれば話をしなくても間を繋げるからだ。
それに、別に気詰まりとは感じなかった。
手伝ってくれる人間がいるという心強さか、それとも別の理由からか。ヘトヘトだったはずの腕にも力が戻ってくるようだった。
そうして一時間ほど掘っている内に、太陽が高く昇ってきた。
作業はもう、全体の3分の1ほど進んでいる。一人の時に比べれば驚異的な速さだった。
そうなってくると、心の余裕も生まれる。
そこでアゼルは、さっき気になったことを尋ねてみることにした。
「あの、マルク様。聞いてもいいでしょうか?」
「なんだ」
「マルク様のお知り合いのことです。ここに入る方は、その……悪魔の犠牲になったと耳にしたのですが」
「……そうだ」
「すみません」
「謝る必要はない。事実だし、さっきも言ったが顔なじみ程度の仲だ」
マルクの表情は読みづらい。まして、互いに手を動かしながらでは、尚更だ。
「流れ者の冒険者だったそうだ」
「え?」
「そいつが一人でブラリと店に現れた。そして派手に飲み食いした挙句、金を払わずに店を出ようとした。店主が呼び止めたところ、突然おそろしい化け物に変貌したそうだ」
「……」
「そいつは店主を殺した後、訳のわからない雄叫びを上げながら街中に出て、通りでも暴れた。通報を聞いて駆けつけたドローデンの騎士団と近くの教会の神官が協力し、なんとか退治した」
マルクは報告書を読むように淡々と口にした。だが、その口調がどこか口惜しげに聞こえるのは先入観のせいだろうか?
マルクの所属は教会騎士団であり、街の騎士団とは管轄も命令系統も違う。
それにこの修道院は市街地からは離れているので、急報を聞いて駆けつけたところで間に合わなかったに違いない。
ザシッ!
スコップを土に突き刺す音が、一際大きく響く。
それでも騎士として、知り合いが悪魔にやられたということに思うところがあるのだろうか……。
その感情を測りかねながらもアゼルは、おずおずと口を開いた。
「マルク様は……その悪魔と戦いたかったのですか?」
「どうしてそう思う?」
「なんとなく、そう見えたので」
マルクはふう、と小さく息を吐いた。
「戦いたかった、などということはないさ。俺はまだ未熟だし、さして実戦経験もない。俺がその場にいれば彼が助かったとか、仇を討てたなどと考えるほど自惚れてはいないつもりだ」
淡々と紡がれるその呟きに、アゼルはなんと答えていいかわからなかった。なにしろ人の死が関わっていることなのだ。
その言葉がマルクの本心だとは思えなかった、ということもある。
俺がその場にいれば、彼を救えた。或いは仇を討てた。マルクは本心ではそう考えているように見えた。
凄いな、と思った。
アゼルにしてみれば、悪魔などという恐ろしいものはできれば一生見たくない。むしろそれが普通だろう。
彼はそうではないのだろうか?
しかし直接聞くのは憚られるので、とりあえず当たり障りのないことを尋ねた。
「悪魔というのはやはり恐ろしいものなのでしょうか」
「そうだな。もちろんそれは間違いないが……」
マルクはそこで言葉を切ると、少し考えてから再び口を開いた。
「お前は魔物と悪魔の違いを知っているか?」
「え?えっと……」
質問を返されてアゼルは戸惑った。学校に通ったことはないが、教師に指名される生徒というのはこういう気分なのだろうか。
「魔物というのはゴブリンやオーク、コボルトなんかのことですよね。悪魔は……その中でも、特に強くて危険な魔物のことだという印象がありますが……」
人里近くにも出没することのあるポピュラーな魔物の名前を並べる。街から出たことのないアゼルはもちろんどれも目にしたことはないが、父が子供の頃に話してくれたのを覚えていた。
ただ、悪魔について詳しく聞いたことはなかった。漠然としたイメージを口にしただけだ。
マルクは首を振った。
「そこがまず違うな。悪魔は魔物の一種じゃない」
「えっ。そうなのですか?」
「魔物というのは元々この世界に生まれた生物が魔力の影響を受けて変容したものだと言われている。多くは先天的なもので、それは種として既に定着している。だが稀に魔物ではなかった生物が、後天的に魔力の影響を受けて魔物になることもある。アンデッドなんかが後者の例だな」
スラスラと淀みなくマルクが説明する。やっぱり学校の先生のようだ。
「それに対して悪魔は、そもそもこの世界の住人じゃない。こことは違う世界から来た連中なんだ」
「こことは違う世界?」
「……魔界だ」
ゾクッとした。
マルクがその言葉を口にした瞬間、日が翳った。急に気温が下がったような気さえする。
もちろんただの偶然に違いない。
しかし心なしか、マルクも声を潜めたようだった。
「魔界は俺たちが済むこの世界とは別の次元に存在している」
「別の次元?」
「霊的な次元が違うのだそうだ。俺達がいるこの物質世界は霊的次元が低い。それに対し、神々や悪魔の世界である天界や魔界は純粋に非物質的な、霊的世界なのだとか。……まあ、学者ではない俺には詳しい説明はできないが」
そう言って肩を竦める。
言葉通り詳しくはないのだろう。騎士である彼にはさして必要のない知識だ。
アゼルも理解を諦めた。マルクが理解できないのなら、どうせ自分にもわからない。




