第6話 マルク
「ああ」
マルクはそう軽く返事をしただけで、言葉を失っているアゼルからすぐに視線を逸らすと、深々と土にスコップを突き刺した。そして大量の土を掘り出した。
その口調も態度も、いつもの朝とさして変わらない。
だが、いつもとは状況が違う。
あまりにも違う。
(どうしてマルク様がここにいるんだ?)
彼はこんな所にいていい人物ではない筈だ。
驚きの余り固まっていると、マルクはふとこちらを向いた。
「アゼル」
「は、はい」
「鍬を使う時は周りに注意しろ。事故が起きたらどうする」
「え?あ、はい。すみません……」
端的だがもっともな指摘に、思わず頭を下げる。確かに不注意になっていた。
しかしマルクは首を振った。
「別に謝る必要はない。お前は集中していたようだし、俺も声を掛けなかったからな」
「は、はぁ……」
集中していたというか、朦朧としていたというか。まあ、どちらも大差はない。
マルクの方はそれで話は済んだと判断したのか、また手元に視線を落とした。
そして作業に戻り、黙々と土を掘り始める。
アゼルはしばらく呆気にとられてそれを見ていたが、すぐにそんな場合ではないと気付いた。
「あの、マルク様。なんだってこんなところに?」
本当に聞きたかったのは「何をしているのか」ということだが、とりあえずそう尋ねる。
するとマルクはまた手を止め、こちらを向いた。
「何を驚いている。さっき言っただろう」
「え?」
「後でな、と」
「……あ!」
アゼルはポカンと口を開けた。
『後でな』って、そういう意味だったのか!
マルクはしばしアゼルの絶句した顔を眺めていたが、また下を向くと作業を再開した。
俯いて表情が見えないマルクに向けて、アゼルは意を決して声を掛けた。
「もしかして……僕を手伝うために来てくださったのですか?」
「……」
「いけません。お気持ちはとてもうれしいのですが、これはマルク様のような方のなさる仕事ではありません」
墓穴堀りは低い身分の人間がする仕事だ。場所によってその扱いは異なるものの、賤しい職業としてはっきり蔑まれている地方だってある。
この辺りはそれほどでもないが、少なくとも貴族の地位に生まれた人間のすることではない。
絶対にない。
「……」
それでもマルクは手を止めず、黙々と土を掘り続けている。
耳を貸さない彼に向かい、アゼルは尚も言った。
「たしかに、手伝ってくださるのはとても助かります。ですがこんなことがバレたら……」
「お前は勘違いをしている」
「え?」
「俺はお前を手伝いに来たわけじゃない」
「では……何をしに?」
「見ればわかるだろう。墓穴を掘りに来たんだ」
「……えぇと……?」
困ってしまった。マルクが何を言っているかわからない。
これは哲学的な問答というやつなのだろうか?
困惑するアゼルには構わず、マルクは手を休めることなく続けた。
「ここに眠る予定なのは、俺の知り合いだからな」
「え……」
ザシッ。ザシッ。
マルクが土を掘る音がしばし響いた。
その音で我に返り、アゼルも慌てて作業に戻る。
そして、少し迷いながら口を開いた。
「マルク様のお知り合いの方が、その……このような場所に?」
思わず言葉を濁す。ここは貴族階級の者が埋葬されるような場所ではない。
それでも意図は伝わったのだろう。マルクは頷いた。
「知り合いといっても、大して深い付き合いじゃない。街の食堂の亭主だ。教会騎士団に入りたての頃、先輩たちによく連れていかれた。言ってみればただの顔なじみだ」
「そうなんですか」
マルクからこんなに多量の言葉を聞くのは初めてかもしれない。話に聞き入りながらも、アゼルはついそんなことを考えてしまった。
「まだ若いんだから沢山食え、見習いは食うのが仕事だと言われてな。頼んだ食事を勝手に大盛りにされて、ずいぶん閉口したものだ」
ザクッ。
「貴族の子息が相手でもおかまいなしで、ズケズケものを言うオヤジだった。おまけに慣れなれしくて、かなり暑苦しくもあった」
ザクッ。
「……それでも知った顔だからな。せめてもの手向けに、と思っただけだ。だから誰からも文句を言われる筋合いはない。もちろんお前からもだ」
ザクッ。
「邪魔かもしれんが我慢しろ。俺は俺で勝手に掘る」
そう言いながらマルクが溜まった土を穴の外に掻き出す。こちらに背を向け、決して顔を向けようとしない。
しかしアゼルは気づいてしまった。
マルクの頬は、少し赤くなっていないだろうか?
「わかりました。邪魔なんてとんでもないです。とても助かります」
なのでアゼルは、少し笑いを堪えながら言った。
「……ふん」
笑いを含んだ声に何を思ったのか、マルクが鼻を鳴らした。
それがなんだか、おかしかった。




