↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/103

第5話 墓穴掘り②

 ヌートは善良で真面目な男として周囲に信用されているが、アゼルが来てからは楽をすることを覚えたらしく、最近は仕事をアゼル一人に押し付けてサボっていることが増えた。


 どうも庭師としてここの修道女たちに長年こき使われてきた彼は、自分より下の立場の人間をこき使えることに満足感を得ているフシがある。


 管理人もどうやらその辺りは察しているようだが、何も言う気はないらしい。何か問題が生じるまでは静観するつもりなのかもしれない。


 そんな訳で、悪魔に殺された哀れな死者のための安息の地ができるかどうかは、アゼルの細腕一本に掛かっているのだった。


 だが、これがなかなか捗らない。


「はぁ、はぁ……っ」


 ザクッ、ザクッ。


 人気のない墓地に、土を掘る音だけが響く。

 息を切らしながらも休まず掘っていると、一時間もしないうちに腕が痺れてきた。


 そして二時間も経たないうちに目の前がかすんできて、鍬を振り上げるのもしんどくなってきた。


 それでもまだ十分の一ほどしか掘れていない。大きな石にぶつかる度に、それを取り除くのに時間が掛かってしまうせいだ。


 加えて、悪いことにこの辺りは十年前まで森だった。

 墓地を拡張するために切り開いたのだが、その頃の名残で太い木の根がまだいくらか残っている。


 それに出くわす度にノコギリで切るのだが、これがかなりの手間だった。

 時間が掛かるし、何より体力も奪われる。


「はぁ、はぁ……っ」


 乱れた息を整えながら、額に浮かんだ汗を拭う。


 墓穴掘りの時はいつもこうだった。アゼルは毎度毎度ヘトヘトになり、疲労困憊になりながらも一人で土を掘り続けなければならない。


 陽が落ちる頃になっても終わらず、確認に来たヌートにどやされ、平手で打たれる。


「明日の朝までにやっつけとけよ!」


 捨てゼリフを残して帰るヌートの言いつけに従い、森の向こうから聞こえる野犬の遠吠えに怯えながら鍬を振るい続け、朝が白み始める頃になってやっとのことで終わる……。


 それがアゼルにとってはもっとも辛い、墓穴掘りという仕事なのだった。

 

「ふぅ……」


 噴き出す汗を拭い、息を整えながら、ヌートという男のことを考えた。


 ヌートはしかし、悪い人間というわけではない。少し小狡いところはあるものの、これまでの人生をコツコツと、他人に従順に、謹厳実直に勤めてきた男だ。


 五十を越えてようやく人を使う機会を得て、少しばかり今までの人生で受けた仕打ちに対する仕返しをしたところで、さして非難されるには当たらないだろう。


 それに彼は、亜人であるアゼルをそ(・)れ(・)ほ(・)ど(・)虐めない。

 亜人の子供相手に理不尽な暴力を振るわない。機嫌のよい時は暴言を吐かない。


 ヌートの亜人に対する扱いは、総じて人族(じんぞく)としてはマシな部類なのだった。


 だから。


(……だから、ここを追い出されるわけにはいかないんだ)


 アゼルは周囲をぐるりと見回した。

 寂しい場所だった。故人が眠る場所なのだから当然かもしれない。


 しかし、よく手入れされた霊園なら厳粛さは感じても荒涼とはしていないものだ。

 誰かに大切にされているから、そう感じるのだろう。


 対して、アゼルが今いる場所はいかにも物寂しかった。


 かつては森だったところを切り開いたこの野っ原はまだ区画があまり埋まっていない。そのためか、人々の営みから取り残されている感があった。


 伐り忘れたのか、それとも敢えて残されたのか、所々に立ち木や潅木(かんぼく)が生えている。


 どれも見るからに貧弱なのだが、その中では近くに生えているニワトコの樹だけは古めかしくて立派だった。


(ニワトコには魔よけの力があるというから残されたのかな)

 

 枝ぶりの立派な樹を見上げ、アゼルはふとそんなことを思った。


 その木陰に入れば涼しそうだが、生憎とそういう訳にはいかない。

 アゼルは思わず恨めしげにニワトコの樹を睨んだ。


 その時、一陣の風が吹いた。


「うわっ!」


 草もまばらに生えるだけで、大半は乾いた地面が露出している。風のせいで砂埃が舞い上がり、睨んだ罰とばかりにアゼルの目を痛めつけた。


 ゴシゴシと目を擦り、やるせない溜息を一つ吐くと、アゼルは再び仕事に取り掛かった。


 少し休んだだけでも、しばらくの間は動けるようになる。働いては休み、少し休んではまた働いて、アゼルは無心で土を掘り続けた。


 そんなアゼルの背中を太陽が容赦なく照りつける。


 既に暦は秋だというのに、昼の陽光は重労働をする身には過酷なほど暑く感じた。

 だが、のんびり掘っている訳にはいかない。今日こそはせめて、日付が変わるまでには終わらせたい。


 夜になれば野犬が出るというヌートの脅しは、まったく笑い話ではないのだ。


 だから早く、掘らなければならない。

 早く、土を。掘らなければ。


 既に腕の感覚はなくなっている。遮るもののない陽射しで、意識も朦朧としてきた。


 だけど、掘らなきゃ。

 ここで生きていくためにも。掘らなきゃ……。


 ザクッ。


「え?」


 唐突に背後から響いてきた音に驚き、アゼルは顔を上げた。土を掘る音が聞こえたような気がしたのだ。


 自分以外の誰かが、土を掘っているような音が。


(空耳かな?)


 最初はそう思った。意識が朦朧として幻聴が聞こえただけだろうと。

 だが。


 ザクッ、ザクッ……。


 やっぱり、聞こえる。土を掘る音だけではなく、たしかに背後に人の気配がある。

 下を向いて一心不乱に掘っていたので、気付かなかったのだ。


(まさかヌートさんが?)


 本当に手伝いに来てくれたのだろうか。今までになかったことだし、にわかには信じがたいが……。


 そう思いつつ振り返ったアゼルはそこに、ヌートなどよりさらに信じ難い人物の姿を見つけた。


 そして肝を潰すほど驚いた。


「ま、マルク様っ!?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。