第4話 墓穴掘り①
受け取ったパンの半分を朝食として食べた後、アゼルは果樹園に向かった。
果樹園の片隅には簡素な小屋が建っていて、修道院に雇われているヌートという庭師が妻と住まうことを許されていた。
ヌートは50を少し過ぎた年齢で、庭園の木々や畑の手入れをはじめ、建物の修繕や薪割りといった力仕事を幅広く任されている男だった。ここは女子修道院であるため男手はこのヌートの他はアゼルと、あとは年老いた管理人しかない。よって男手のいる仕事は彼の差配に委ねられていた。
アゼルの身分はヌートの手伝いということになっているため、平日の朝はこうして彼の小屋まで出向いて仕事の指示を受けるのである。
いつも通りの時間にアゼルがやって来ると、ヌートは小屋の前で誰かと立ち話をしていた。彼の細君かと思ったが、違う。管理人の老人だった。
「おはようございます」
「おう、アゼルか」
アゼルが声を掛けると二人がこちらを向いた。挨拶を返したのはヌートだけで、管理人は気難しそうな視線をジロリと向けただけだった。
そして話は済んだとばかりに、老人はそのまま立ち去った。
なんとなくその背中を見送っていると、ヌートが言った。
「おい、今日は墓堀りをしてもらうぞ」
「墓堀り、ですか」
アゼルは内心ギクリとしたが、顔には出さなかった。
「どなたか亡くなられた方がいるんですか?」
「んだ」
訛りの強い声でヌートが同意する。彼はこの辺りの生まれではなく、ラムポレッキオとかいう田舎の出身である。
「いま管理人の爺さんから聞いたんだがよ。昨日の夜、街に悪魔が出たらしい」
「悪魔!」
アゼルはギョッとした。
「通りで大暴れしたんだと。まったくよ、おっそろしい話だ」
ラムポレッキオ訛りの口調でヌートが言い、厄除けの仕草をする。
アゼルもまた、背筋がゾッとするのを感じた。
「幸いドローデンの騎士団が出張ってすぐ退治してくだすったそうだが、ケガ人も出たし死人も出た。それで明日までに急いで墓穴を掘らにゃなんねぇ。お前、やってくれるべな?」
「わかりました」
アゼルはすぐに頷いた。やってくれるな、というのはつまり「やれ」という意味だ。
修道院から正式に雇われているヌートは、立場の曖昧なアゼルにとって決して逆らってはならない相手だった。
ヌートは上機嫌で頷いた。
「よしよし。俺も手伝ってやりてぇが、生憎と他にやらなきゃならない仕事があるでな、そっちを先にやっつけにゃなんねぇ。掘る場所はもう印をつけてあるそうだし……お前、一人でできるべな?」
「はい」
「そうこなくっちゃ!だがよ、この間みたいに夜までかけちゃなんねぇぞ。腹を空かせた野犬の群れに怯えながら、土を掘りたくなけりゃあな」
そう言うとアゼルの背中をバシン!と叩く。
「ま、亜人なんぞイヌも食わねぇか。共食いになっちまうもんな、ははは!」
「ははは……」
打たれた背中の痛みを堪えつつアゼルも笑う。そんな拙い愛想笑いでも、この無神経な中年男は一向に気にしない。
というより、気付かない。
「んじゃ、しっかりやれよ!こっちの仕事が終わったら手伝いに行ってやるからな」
ヌートが意気揚々と歩きだす。あっちは畑の方向だ。
今日は畑では、大した仕事はなかったはずだが。
「……はい」
その声はきっと、ヌートの耳には届かなかったろう。
それでもアゼルは、そう言った。
「ここか」
道具を持って墓地に出向くと、空いている一角に目印の杭が刺さっていた。
そこは修道院の敷地でもかなり外れた一角だった。
貴族や裕福な商人の墓が並ぶ上層階級の霊園は聖堂からすぐ近くにあるが、この辺りからはかなり遠い。ドローデンの街に住む、ごく普通の市民が眠る場所だ。
となると昨日亡くなったというのも、普通の善良な市民だったのだろう。
そんなことを考えながらアゼルは鍬を振り上げ、土を掘り始めた。
ざくっ。
ざくっ。
するとすぐに大粒の汗が額に浮かんできた。いくらも経たぬ内に息が切れ始める。
「はぁ、はぁ……」
アゼルにとって墓穴堀りの仕事は、いつも重労働だった。
墓穴堀りは本来、一人でやるような仕事ではない。
教会や地域によっても違うが、普通は2、3人ほどの人夫が雇われる。大抵は臨時の雇われだが、街によってはそれを生業としている者もいる。
ドローデンの、というよりサリーガルテン修道院の場合は管理人の老人が土葬の差配をしている。といっても彼がすることは場所決めだけで、現場の作業はヌートに一任されていた。
一任というのはつまり、人夫の手配も任せるということだ。
ここに不正の余地がある。要はヌートはアゼル一人に墓穴を掘らせることで、他の人夫を雇うための金を着服しているのだ。
アゼルもそれには気付いていたが、立場が弱いので何も言えない。
(せめてヌートさん自身が手伝ってくれればいいんだけど)
思わず溜息が出る。仕事があるとか言っていたが、どうせどこかで昼寝でもしているのだろう。




