第74話 高貴なる義務
そこにキュリルスが割って入った。
「そんなことはどうでもいいわい。悪魔に憑かれたというのは誰なのだ!」
イライラと声を張り上げる。いいかげん痺れを切らしたようだ。
その時扉を叩く音が響き、もう一人の騎士が扉を開けに立った。
「こやつを密告した奴じゃと?まさか貴様、本気でそんなことを言っておるのではあるまいな。あの方が悪魔憑きになるなど……そんな訳があるまい!」
その言葉でアゼルは、彼が既に答えを知っているのだと悟った。
キュリルスに代わって訊ねる。
「ゼルペンティーナ、教えてくれ。結界を壊したのは誰なんだ?」
「クラリモンドよ」
「……は?」
絶句するアゼルに、ゼルペンティーナは繰り返した。
「修道院長のクラリモンドがリタに嫉妬して、悪魔に憑かれたのよ」
「院長様が。そんな……」
呆然と呟く。あのクラリモンドが悪魔に憑かれた?
そんな人には見えなかった。厳しい一面はあっても彼女は正しい人だと思っていた。
悪の道に堕ちるような人間とは、対極にある人物だと。
それなのに、どうして?
「そんなことはありえん」
キュリルスは苦虫を噛み潰したような顔でそう言うと、何度も首を振った。
「彼女はここの修道院長じゃぞ。その謹厳な人柄はこの近辺では知れ渡っておる。わしは彼女がまだ若かった頃から見知っておるが、浮いた話の一つも聞いたことはない」
「そんなこと私に言われても困るわよ。私は事実を伝えただけだし」
「それが疑わしいと言っておるのだ!やはり悪魔の言うことなど……」
「キュリルスさん、大変です!」
その時、外からの報告を聞いていたもう一人の騎士が血相を変えて叫んだ。
「修道院長クラリモンドが悪魔に憑かれ、聖女となられたリタ様を襲撃していると!」
「な……っ!?」
キュリルスが愕然と目を見開く。
「騎士団はリタ様を護るべくクラリモンドと交戦。しかし既に半数が壊滅。応援を乞うとのこと!」
「なんと……いうことじゃ……っ」
絶句するキュリルスを横目に見つつ、アゼルはゼルペンティーナに尋ねた。
「リタは無事なんだな」
「ええ。さっき言ったでしょ」
「マルク様達は?」
「マルクもヴェロニカもアンジェリカも今のところ無事よ。だけどこのままじゃ死ぬかもね」
「く……っ」
「それをさせたくなければ……わかっているでしょう?」
歯噛みするアゼルに、ゼルペンティーナが静かに迫る。
「わかってる。お前と契約を……」
「その必要はない」
アゼルが頷きかけた時、そう待ったを掛けたのはキュリルスだった。
既に気持ちを切り替えたのか、落ち着いた手付きで武装を整えている。
「リタ様もマルク達もわしらが救出する。お前がそんなことをする必要はない」
「ですが……」
「行かない方がいいわよ、キュリルス」
「馬鹿め、そんな訳にいくか」
「キュリルス様、ゼルペンティーナの言うことは……」
「わかっておる。未来視じゃったか?悪魔のくせに預言者の真似事とはな」
老騎士は冑を被りながら堂々と胸を張った。
「騎士の勤めを何と心得る。悪魔など恐れるものか」
「孫の顔が見れなくなるわよ」
「……」
わずかな沈黙。
それでもキュリルスは毅然と首を振った。
「それでも行かねばならん」
「しかし……」
「止めるでない。それが高貴な生まれの務めというものじゃ」
キュリルスは口元を上げると、アゼルに向けてニヤリと笑ってみせた。
「むやみに威張り散らすのが貴族の務めだと思ったら大間違いじゃ。こういう時に命を張れんで、どうして平民相手にふんぞり返っていられる?道を踏み外しそうな悪ガキを殴り飛ばして説教できる?」
「……」
「よいかアゼルよ、悪魔と契約してはならん。お前にそんなことをする義務はないのじゃ。人々の平穏な暮らしを護るのは騎士である我らが務め。聖女様を護れるとあらば、今さらこの老骨が命を惜しむものかよ」
そう言うとキュリルスはゼルペンティーナを見下ろし、しばし見つめた。
「おい悪魔。お前、本当にリタ様のお命を狙う輩とは無関係なのじゃな?」
「しつこいわね。あんな小娘に興味はないわよ」
「悪魔など信用できるか。……じゃが、まあいい。ならばお前のことは見逃してやる」
「偉そうに。それよりアゼルの鍵を寄越しなさいよ。このままじゃ逃げられないでしょ」
「鍵を渡したら聖堂に来るつもりじゃろうが。その手に乗るか」
そう言うとキュリルスはチラリと奥に視線を走らせた。
それからアゼルに向かって言った。
「お前のことは誰ぞに頼んでおく。ここでおとなしくしておれ」
「キュリルス様。しかし……」
「キュリルスさん、早く!」
「わかっておる」
扉に向かいかけたキュリルスは最後にアゼルを振り返った。
「アゼルよ、殴ってすまんかったな」
「……っ!」
「よいか、絶対に来るでないぞ!来たらまた殴ってやるからな。……さらばだ!」
「キュリルス様!」
騎士達が外に飛び出していくのを、アゼルは見送ることしかできなかった。
「……ゼルペンティーナ。キュリルス様が死ぬというのは本当なのか」
「本当よ。放っておいたら首を刎ねられて死ぬわ」
そんな残酷なことをこともなげに言う相手に、思わず険しい視線を向ける。




