表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アゼルとゼラ(或いはリタ)  作者: 塵野オコ
第四章 「その日」
70/94

第69話 逃げる者、立ち向かう者

「悪魔だ!悪魔だぁぁ!」


 その悲鳴が合図となった。

 それまで魔に魅入られたようにその光景を注視していた人々が、一斉に恐怖に囚われたのだった。

 人々は恐慌状態に陥った。


「悪魔が司教様を殺した!」

「修道院長が悪魔に憑かれた!」

「騎士団は何をしているの!?早く退治しなさいよ!」

「おい、押すな!前がつかえてるんだよ!」

「聖女様は!?おい誰か、聖女様をお守りしろ!」



「……騒がしいわねぇ。これだから有象無象は」



 我先にと逃げ惑う人々を睥睨しながら、今や紛うことなく悪魔憑きと堕したクラリモンドは、呆れたようにそう侮蔑した。


「あなたもそう思わない、リタ?」


「い、院長様……どうして?」


 リタが震える声をどうにか搾りだす。


「さっき言ったでしょうに。私はあなたの存在が目障りなのよ」


「そん、な……。私は院長様を尊敬していたのに。貴女が正しく導いてくださったことを、心から感謝していたのに……」


 それはリタの本心だった。こうなった今思い返してみても、クラリモンドが自分に施した教育は正しいものだったとしか思えない。

 そんな彼女が、どうして今になってそんなことを言うのか。

 悪魔憑きになってしまったのか。

 どうして、恩師であるセラピオン司教を殺したのか。

 リタには何一つとしてわからなかった。


「あら、そうなの。あなた、私に感謝してくれているの?」


 クラリモンドは意外そうな顔をした。


「は、はい!」


「だったら死んでちょうだいな。あなたの首があれば、私とロミュオーは魔界での地位を保証されるのだから」


 リタの顔がみるみる青褪める。それを愉快げに眺めつつ、クラリモンドはリタを嘲弄した。


「私達の幸福のために死んでちょうだい、リタ」


「そん、な……」


 クラリモンドのあまりの変貌ぶりにリタは愕然とした。

 これは本当にあの修道院長なのだろうか?

 彼女の指導には厳しくも教え子の成長を願う慈愛の心があった。少なくともリタはそう感じていた。

 それは全て勘違いだったのか。まやかしに過ぎなかったのだろうか?


「リタ、話しても無駄だ。彼女は完全に悪の道に堕ちた」


「マルク……」


 俯いて肩を震わせるリタをマルクが叱咤する。


「その通りですリタ様。どうかお下がりください」


 騎士団長がリタを庇うように前へ出て、騎士達に指示を飛ばす。


「非戦闘員を非難させろ!悪魔は我々が食い止める!」


 次いで会衆席の前列に陣取っていた聖職者たちに向けて声を張り上げた。


「高位神官の方々には助力を請う!打ち合わせ通り、我々が足止めする間に祓魔の祈祷を!」


「じょ、冗談ではない!」


 しかし返ってきたのは罵倒の言葉だった。


「我々にそんなことをさせるだと。私を誰だと思っているのだ!」

「教会騎士なら我らを守れ!」

「ええい、こんな所にいられるか。早くどけ、どかんか!」


「お、お待ちを!」


 麗々しい法衣を着込んだ高位神官達が我先にと逃げ出していく。


「ええい、情けない。中央のボンクラめ、あんな腰抜け共を派遣しおって!」


 苦々しげに司教杖を石床に打ちつけ、そう嘆いたのは司教冠を被った老人だった。


「目の前で降誕なされた聖女様を見捨てて逃げるとは、なんたるざま!」


「おお、貴方はレオナルドゥス大司教様!」


「団長殿、あんな腰抜け共なんぞに構うことはない。あんな奴らがいくらいたところで物の役には立たんだろうて。祓魔の祈祷はわしが行う。我らが信仰の力を悪魔に見せてくれようぞ!」


「……お願い致します!」


 レオナルドゥス大司教が頷き、神への祈祷の言葉を唱え始める。

 騎士団長の指示により半数は司教を護り、残る半数はクラリモンドの包囲に動く。


「リタ様は早くお逃げください!」


「そんな、私だけ逃げるなんて……っ」


「それが我等の役目なのです。マルク、リタ様を早くお連れしろ」


「わかりました団長。どうかご武運を!」


 マルクがリタの手を引いて立たせる。


「行くぞ、リタ」


「でも……」


「でもじゃないでしょ?ほら、あっち見て!」


 アンジェリカが躊躇うリタの肩を叩く。指差したのは出入り口に向かう人々の群れ。

 先ほどまで内陣にいた他の参入者の少女達の姿は、既にその中にあった。


「他の皆はもうあんなとこにいるよ。私達も早く逃げなくちゃ!」


「逃げなくちゃ、じゃないでしょ?」


 急かすアンジェリカの額をコツンと小突き、そう言ったのはヴェロニカだった。

 顔色が少し青白く、髪は少し乱れ、肩で息をしている。

 ヴェロニカは咎めるようにアンジェリカを軽く睨んだ。


「何かあったらすぐ逃げろって言っておいたでしょうが。何をグズグズしてるのよ」


「ごめーん、つい。まさかこんなことになるなんて思わなかったし」


「いいから行くわよ。ほら、リタも」


「でも、私……」


「でもじゃない!あんたがいたら騎士様達が存分に戦えないでしょうが!」


 叱咤されたリタがハッと顔を上げ、騎士達に目を遣る。

 するとその視線に応えた幾人かの騎士が揃って首を縦に動かした。


「あんたは聖女なのよ。自覚持ちなさい!」


「……ええ!」


 迷いを振り払いリタが立ち上がる。先を行くヴェロニカの後を追って走りながら、振り返って叫ぶ。


「皆さん、どうかご無事で!」


「「「応!」」」


 聖女の激励に教会騎士達は奮い立った。


「聖女様のご加護があれば百人力だ!」

「悪魔など恐れるに足らず!」

「教会騎士団の力を見せてやる!」


 雄々しく騎士団が悪魔に立ち向かっていく。


「……大丈夫そうだね」


 走りながらチラリと振り返り、その様子を見たアンジェリカが言った。


「あれなら普通に騎士団が勝つんじゃない?逃げる必要ないかも」


「どうかな」


 殿(しんがり)を務めるマルクが硬い声で呟く。

 ヴェロニカも青い顔で頷いた。


「そうね。アンジェ、楽観は禁物よ」


「わかってるよぉ。それよりヴェラはどうして逃げなかったの?」


「え?」


 ヴェロニカがいたのは会衆席の後方。避難するにはもっとも有利な、入り口に近い辺りにいた筈。

 それなのに内陣にいたということは、わざわざ人の流れに逆らって駆けつけたということになる。


「私には逃げろって言ったじゃない。なのにどうして自分はすぐに逃げなかったの?」


「それは、だって……あんたがグズグズしてたから」


 それをアンジェリカに指摘されたヴェロニカが視線を彷徨わせ、言葉を濁す。

 その耳は少し赤くなっていた。


「え~、私のために残ってくれたんだぁ。ヴェラってばやさし~」


「うるさい!茶化すんじゃないのっ」


「お前たち、少しは緊張感を持て」


 渋面のマルクが注意し、リタがクスリと笑みを零す。


「ねぇ、ところでアレどうなってるの?背中から悪魔が生えてるよ」


 また後ろを振り返りながら気味悪そうにアンジェリカが言った。


「身体から生えてるわけじゃないわ。あれは半実体よ」


 同じく後方に視線を向けながらヴェロニカが答える。


「半実体?」


「半分実体、半分霊体ってこと。悪魔はこの物質世界の住人ではないから、本来は完全な霊体なのよ。だからこちらの世界で活動するために、契約した人間の魂に宿る『存在の力』を介して魔力を実体化しているの」


「ふむふむ」


「つまり形は自由に変えられるってこと。さっき黒い靄みたいになったでしょう?あれは実体化を一旦解いて、新たな形に再構築していたのよ。あの身体を覆っている黒いのも、実際はあの悪魔の一部なの」


「じゃあ、院長様に生えたあの角とか羽根とか尻尾とかも、ホントは悪魔の身体の一部なんだね」


「……そうよ」


 ヴェロニカが暗い顔で言い淀む。クラリモンドのことを気にしているのだろうとリタは察した。

 代わって口を開いたのはマルクだった。


「あの悪魔がああやって顔を出しているのは戦略上の都合だろう。悪魔憑きは身体能力が大幅に向上するとはいえ、クラリモンドには戦闘のノウハウがない。彼女に代わって騎士団を相手どるために表に出ているんだ」


「なるほどぉ、無意味にベタベタしてる訳じゃないんですね」


「……」


 アンジェリカの軽口にもヴェロニカは反応を示さない。

 彼女の心中をリタは慮った。ヴェロニカが修道院長を慕っていたことはリタもよく知っている。

 クラリモンドの変貌と殺人にショックを受けたが、きっと彼女が受けた衝撃は自分の比ではなかったろう。


「ところでリタ、アスタルテーはどうした?」


「え?」


 マルクに訊かれ、思わず声を上げる。


活動報告に各キャラの名前の由来を載せました。よければ見てやってください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
魔界での地位? 肉体を持ったまま向こうに行けるって事? 悪魔はこの世界に自ら来たくて来たのに向こうの地位なんて気にするのか? ゼラは今の肉体が限界だから新しい肉体が欲しいと言い、それは元の世界に戻りた…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ