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アゼルとゼラ(或いはリタ)  作者: 塵野オコ
第四章 「その日」
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第63話 見神の儀


※今回の話のほとんどは聖堂の造りや、誰がどこにいるかの説明です。

 ただの雰囲気作りのようなものなので読み飛ばしても大丈夫です。

※バローニャ様式は適当です。


 王弟欠席の報せが早駆けで届いたのは、陽が既に昇った時分のことだった。


 この急報は教会騎士団と、その報告を聞いた教会関係者を甚く狼狽させた。信憑性が薄いと軽視されていた、とある亜人の少年の言葉がにわかに真実味を帯びてきたからである。


 皇太后が儀式の前日になって急に体調を崩すことなど、それこそ神からの神託か悪魔の忌わしい業でもなければ前もって予見することなどできはしない。であれば、悪魔襲撃の件も他愛もない子供の戯言となおざりにしておくわけにはいかない。


 それでも予定通りに儀式が執り行われる運びとなったのは、悪魔の思惑に踊らされぬためというのが一つ。

 中央教会から遠路遥々やってきた使節団を始め、多忙極まる高位聖職者たちが既に現地入りしていたことが一つ。

 そしてなにより大きな最後の理由は、教会の威信のためだった。


 聖女候補が参加する今回の儀式は近隣諸国のみならず、世界各国の貴賎尊卑から大いに注目されている。

 それを根拠の疑わしい流言を恐れておめおめと延期したとあっては、教会の威信が失墜する……。

 そのように考えた教会関係者の判断があった。


 かくして、かかる事態が何者の思惑に添って進んでいるのか誰にとっても判然とせぬまま、運命の日の鐘は今まさに打ち鳴らされようとしているのだった。

 ちっぽけな一匹の蛇の、予言した通りに……。

 



 開始時刻である正午を前に、サリーガルテン修道院の付属聖堂には今日の儀式を取り仕切るセラピオン司教と参入者の少女たちを除き、教会関係者や観覧者たちがほぼ揃っていた。


 外部から来た初めての訪問者たちは一様に聖堂の壮麗さに感嘆の吐息を洩らした。

 それも無理からぬ話で、商業都市ドローデンの威信をかけて富を惜しみなく注ぎ込んだこの聖堂は、王都の名だたる教会建築にも決して引けをとるものではないからだった。


 といっても(いたずら)に装飾に凝っているというわけではない。見た目だけならむしろ教会の黎明期に立てられた古代様式を思わせるような、簡素な趣きがある。

 それはこの修道院が建てられた500年前の当時に流行していた、内装に色石や金や華麗な装飾を過剰なまでに施し、うねるような曲線を多用したバローニャ様式とは対極の造りだった。


 その理由はドローデンの有力者達に乞われてこの地にやってきたかつての聖女候補にして、この修道院の名前の由来ともなった聖セーラが静かに観想できる空間を望んだからであり、その意を受けた発願者(ほつがんしゃ)達が彼女の意に沿うような建築物を設計者に依頼したからである。


 よって設計者はあえて時代の好みと逆行した、どこか古式を思わせるシンプルな内装を選択した。そして華美な装飾を断念した代わりとでも言うように建材には贅を凝らし、商都ドローデンの潤沢な資金をそこに費やすことにした。

 即ちこの近辺ではとれない輝くような純白の大理石を遠方の産地より取り寄せ、ふんだんに惜しみなく使用したのである。

 一見すると田舎の古い教会堂をそのまま規模を拡張しただけのようにも映るこの修道院付聖堂は、実はそのように贅を凝らしたものなのだった。


 それがはたして清貧を重んじた聖セーラその人の意図を汲んだものであったのか――当人の心中は今となっては推し量るしかないものの、この建築物そのものは「静かに観想できる空間を」と望んだ彼女の意図には十分に適うものであった。


 それほどこの三廊式聖堂は荘厳であり、かつ瞑想的な佇まいを持っていた。

 透明度の高い純白の大理石は聖堂内を常に清浄な雰囲気で保ち、窓から差し込む外光を石材が複雑に乱反射させることで、堂内は常に自然な明るさで満ちている。

 しかも光は時間帯によってその色合いを微妙に変え、内部空間の印象を刻々と遷移させていく。

 それは天の恩寵としての光を意識した造りであり、無用な装飾を一切排した静謐でシンプルな内装は参詣者を内省的な気分へと誘い、『天の女王』たる女神イシュターへの信仰心を改めて呼び起こすのである。

 教会建築は見慣れているはずの教会関係者たちもこの見事な建築物には思わず畏敬の念に打たれ、500年前の聖女候補であった聖セーラの遺徳に改めて思いを馳せるのだった。


 

 そんな彼らの頭上にある桟敷席(バルコニー)も、既にその大方は埋まっていた。

 この聖堂には、側廊の直上に人が出入りできる二階廊(トリビューン)が設けられており、今日のような儀式や典礼を身分の高い人々が観覧できるように貴賓席が設けられているのだ。


 現在そこには参入者の少女達の両親、そしてこの地を納める領主やその家族達が既に各々あてがわれた席に着いている。

 当然そこにも席次は存在し、アンジェリカの両親が上座に着席する一方、リタの両親の姿は比較的下座に近い位置にあった。

 ただ内陣に正対する位置に設けられた、王族にしか座ることが許されない特別席には結局、最後まで腰を下ろす者が現れることはなかった。



 そして……。



 カ――――――――ン…………。カ――――――――ン…………。


 正午を告げる鐘の音が鳴り響くと同時に入り口の扉がゆっくりと開き、セラピオン司教がその姿を現わした。


 セラピオンは女神イシュターのこの地における代理人の証である司教冠と法衣を身につけ、銀の司教杖を手にした威厳に満ちた姿で入場すると、先触れを勤める見習い修道女が鳴らす振鈴(シストルム)の玄妙な音色と、同じく先触れの少女が手にした提げ香炉がふり撒く薫香に先導されながら、身廊を厳粛な足取りで進んでいった。


 その後ろには修道院長であるクラリモンドと副修道院長の二人が続き、さらにその後ろを今日の儀式の参入者である少女たちが2列になり、しずしずと従いてゆく。


 祭服を纏ったリタとアンジェリカの姿も、その中にあった。



 やがて先触れの二人の少女は内陣の手前で左右に分かれると、脇に控えて行列に道を開けた。

 セラピオン司教は歩みを止めずに身廊の一番奥へと進み、女神イシュターの彫像と祭壇が祀られている内陣の手前まで来ると、そこでようやく足を止めた。

 その後ろを歩いていた正副の修道院長たちはそのまま歩みを止めずに左右に別れ、それぞれの後ろを歩く少女達もそれに続く。

 こうしてセラピオン司教を中心に、二十人の参入者の少女達、そして彼女達の監督役である正副の修道院長二人が、内陣の手前で横一列に並んだ。


 

 今日の儀式の主役である彼女たちから少し離れた会衆席の前列には各地から参集した高位聖職者たちと、中央から派遣された聖樂隊。またその付き人たち。

 

 その数およそ百名。

 

 彼らの後ろの席にはこの修道院に所属する正式な修道女たちと、彼女らの指導を受ける見習い修道女たち。

 

 こちらもその数、およそ百名。

 

 総勢およそ二百名ほどの教会関係者が身廊の会衆席に着いていた。



 またそれとは別に、身廊と列柱で隔てられた側廊には30名程の教会騎士が周囲を警戒していた。

 特に警戒の度が強いのは側廊の最奥――内陣にもっとも近い位置――に配置されている騎士達で、彼らは祭壇の上に安置されている宝玉を守護する役目を任されていた。

 またその近くには騎士団長の姿もあり、異変が生じればすぐにでも彼らに指示を飛ばせるように目を光らせている。

 その傍らにはマルクの姿もあり、リタの後ろ姿に視線を注いでいた。


 一方、内陣の様子を見つめる騎士団長の表情には苦いものが混じっている。 

 この警備態勢は悪魔襲撃の情報を受け、騎士団と教会上層部で緊急に行われた協議で決定されたものである。

 その協議で彼は万全を期して、防衛の要である宝玉の周囲に騎士を配置することを提案した。しかし「それでは儀式の進行に支障が出る」という教会側の反対に遭い、折衝の結果こうした形になったのだった。

 この妥協が善くない結果を招かなければよいのだが、と騎士団長は危惧していた。



 

 さて、女神像への恭しい拝礼の後に会衆席に向き直ったセラピオン司教は祭壇の前に立つと、愛の女神イシュターの代理人たるに相応しい威厳に満ちた大音声で厳かに儀式の開始を宣言した。


 まずセラピオンが語ったのは見神の儀の本義だった。


 三神教においては神々の威徳を示す秘蹟が七つあり、その内の『宣霊(せんれい)』、『見神(けんしん)』、『聖諦(せいたい)』の三つが入信の秘蹟と位置づけられている。信徒はこの三つの秘蹟を通じて自身が信仰する神と段階的に契約し、繋がりを深めていく。


 これから行われる見神の儀は、宣霊において神と交わされた契約を強めるものである。

 入信時に行われる宣霊がある意味では仮契約という側面があるのに対し、見習い期間を経て行われる見神の儀はいわば神との本契約とも言えた。


 そうした側面があるせいか、天使の出現は古来よりこの儀式の場において起こることが多い。

 そのため、いつしかこの儀式は『天使降臨の儀』とも呼ばれるようになり、儀式の構成もそれを意識したものへと改良されていったのだった。


 具体的には、聖別された空間における多数の僧たちの祈祷、鳴り物を伴う聖歌の調べ、提げ香炉によってふり撒かれる薫香などなどによって参列者の魂を通常よりも深い瞑想状態へと誘う。

 そうして清浄な境地にある参列者の額に聖別された香油を聖印の形に塗りこむことで、素養のある者は神憑りの状態となり、その魂は天上界へと繋がるのである。


 先代聖女ロザーリアもまた、この見神の儀において熾天使が一柱(ひとはしら)、『銀翼のアスタルテー』を降臨せしめ、それによって自らが聖女であることを証したのである……。


 司教セラピオンは厳粛にして慈父のような声音でそのように見神の儀の本義を語ると、次に朗々と神々の徳を讃えた。

 やがてそれも済むと、今度は聖歌が始まった。

 パイプオルガンの荘重な音色が響き、聖堂内に荘厳な空気が満ちてゆく。

 中央教会から派遣された聖樂隊が高らかに聖歌を唄い始め、また用意した鳴り物を鳴らし、居並ぶ聖職者たちは所属や階級を問わず、全てがそれに唱和した。


 ヴェロニカの姿もその中にあった。

※7/13追記 本文中に会衆席についての記述がありますが、これはやっぱりなしにします。聖職者の人たちはお行儀よく立って並んでいるということでお願いします。

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