第61話 儀式前小景⑥ なんか私の友人達が四角関係になっちゃってる件
※アンジェリカの妄想が暴走したため、いつもよりちょっと長くなっています。
リタが行ってしまったことでアンジェリカはまた一人になってしまったが、全然そんなの気にならなかった。
むしろ今の話について一人でじっくり考えたい。
なにしろ考えるべきことが山積みだった。
(ちょっと頭の中で整理してみよう)
まずは先ほどのリタの発言を思い出してみる。
アゼルのことを思うと勇気を貰える?
彼の隣にいても恥ずかしくない自分でありたい?
(そんなのもう好きって言ってるようなもんじゃん!)
むしろそれ以外の何だというのか。
(え~、どうしよう。リタってアゼルのこと好きだったんだ?ちょっと意外……)
アンジェリカとしては、なんだかんだでリタはマルクのことが好きなんだろうと考えていた。
別に根拠がないことではない。だってリタは今までマルクに対する文句を口にしたことがなかったからだ。
それになんたってマルクはカッコいい。
家柄もいいし、頼りになりそうだし。……ぶっきら棒で女心に疎そうなのが玉に瑕だが。
普通に考えて、女の子なら誰だってあんな婚約者がいたら嬉しいだろう。
だからてっきりリタもマルクを好きなんだろうと思っていたのだが……。
(あの様子じゃ、どう考えても違うよね)
どうやら完全に読み間違えていたようだ。自分にしては珍しいミスだが、認めるしかない。
(でも……待てよ。そうとも限らないんじゃない?)
決め付けるのは早計だ、と思い直す。
うんうん唸りながら同じところをぐるぐる歩き回るアンジェリカは周囲から奇異の視線を向けられていたが、まるで気づいていなかった。
普段はあまり物事を深く考えないようにしている彼女が、珍しく思考に没頭していた。
(リタの気持ちって本当に恋愛感情なのかなぁ?さっき聞いた時はそう思っちゃったけど)
冷静になると、そうとも限らないように思えてきた。
よくよく考えてみれば、今のエピソードから窺われる感情は「尊敬」と呼ぶべきものではないか?
リタはマルクのことを「頼りになる人」だと評していた。
一方のアゼルは「勇気をもらえる人」。
女の子が恋愛感情を抱く相手としては、前者の方が一般的なのではないだろうか。
(少なくとも私だったらそうだな~。男の人には護ってもらいたいもん)
恋愛というものに夢を持たない自分だが、少しぐらいは憧れたりもする。
どんな時でも護ってくれて、欲しいものは何でも買ってくれて、面倒なことは全部やってくれて、蝶よ花よと褒め称えて、ひたすら大事にしてもらいたい。
家のことを何もしなくても文句を言ったりせず、お姫様のようにちやほやと甘やかしてほしい……。
ちょっと自分の願望が入ってしまったが、しかし概ね皆そんな感じではなかろうか?
(でも、リタだからなぁ)
リタがそんな願望を抱いているとは正直考えにくい。
聖女候補だとかを抜きにしても、価値観とか人生観とか、そういう感じのものが根本的に自分とは違うという気がする。
なんというか、自立してるって感じだ。
(誰かに護ってもらいたいってタイプじゃないよねぇ、どう考えても)
きっとその辺の価値観の違いがリタの気持ちを読み違えた原因なのだろう。
だとすると、リタが好きなのはやはりアゼルだと考えるのが妥当だ。
ただ、しかし。
そうだとしても問題が一つある。それは……。
(あの子、たぶん……自覚ないよね?きっと……ううん、絶対)
そう、リタが自分自身の想いに気が付いてないということだ。
普通だったら、まあ考え辛い話ではある。
誰であろうとさっきの話を聞かされたら「それって彼のこと好きなんでしょ?」と言いたくなってしまうだろう。
それなのに、本人にはまったくその自覚がないのだ。
俄かには信じ難い話だが、でもそうとしか思えない。
だってもし本人にその自覚があったなら、きっとリタはさっきのような話をしなかったに違いないのだ。
だってあの子は真面目だから。
(マルク様と婚約してるのに、「実は私、他に好きな人がいるの~」なんて匂わせるようなこと、する子じゃないよね)
他の子なら別におかしくないが、リタに限っては絶対にそういうことはしないだろう。あの子はきっと、そういうのは不誠実で善くないことだと感じるタイプだろうから。
つまり、リタはアゼルへの恋愛感情について自覚していない。だからさっきの話を無邪気に口にすることができた。
うん、きっとそれで間違いない。
そう結論づけたアンジェリカは今の推測について念のために最初から検討し直し、それから改めてそれが正しいだろうとの確信をもった。
――そして頭を抱えた。
(え~?それってどうなの?)
よりにもよってこの修道院を去る直前とも言えるこんなタイミングで、あの子ったらとんでもない爆弾をよこしてきたものだ。
いや聞き出そうとしたのは自分だけど!
(待って待って!ちょっと落ち着いて、それからよく考えてみよう)
立ち止まって深呼吸を数度して、脳に新鮮な空気を送り込む。
(リタは実はアゼルが好き。だとしたらどうなる?)
リタとマルク。そして、アゼルとヴェロニカ。
この四人。
向こうがどう思っているかは知らないが、自分としてはいずれも友達だと思っている。この修道院において、損得や打算を抜きにして接することができる数少ない友人達だ。
(まあマルク様とはあまり絡んだことないけど)
それでも彼が実はいい人だというのは言動の端々から読み取れるので、勝手に友人認定させてもらう。
さてこの四人、なんだかちょっとややこしいことになっているようだ。
アンジェリカの想定としては、リタとマルク、アゼルとヴェロニカがくっつくものと思っていた。
リタとマルクはお似合いの恋人同士だと思っていたし、ヴェロニカがアゼルを好きなのもわかり過ぎるほどわかりきっていたからだ。
ただその場合、アゼルがリタを好きなのもわかりきっていたので、彼にとっては少し気の毒なことになる。
だが、その時はきっとヴェロニカが何とかするだろうとアンジェリカは思っていた。
ヴェロニカはあれで意外と面倒味がいいし、それに自分の見立てでは、きっと惚れた相手には尽くすタイプだ。
傷心のアゼルをヴェロニカが優しく慰めて、癒してあげる。そうすればいずれアゼルもリタのことを思い切るだろう。
昨日は玉砕してしまったヴェロニカだが、そんなに簡単に諦めるタイプじゃないし、最終的には二人はそうやってくっつくはずだ。
それで万事が丸く収まり、皆がハッピーになる。
問題があるとすれば、ヴェロニカとアゼルには身分差があることだが……。
(ヴェラはアゼルと駆け落ちしちゃうよね、きっと)
己の出自を誇りに思っている彼女のことだからきっと葛藤はするだろうが、最終的にはそうなるだろうという確信があった。
以前からアゼルのことを気にしていたヴェロニカだが、一昨日の朝に修道院長から庇ってもらったことで本格的に火が付いたようだし。
……いや、火がつくなどという表現では生ヌルい。
あれは完全に覚悟が決まった顔だった。愛に殉ずる覚悟というやつだ。
おそらくヴェロニカとしては、まだそこまでは考えていないだろう。家を維持するためにどこかの貴族と結婚し、アゼルのことは恋人として傍に置いておくつもりのはずだ。
結婚は結婚、恋愛は恋愛。分けて考えるのは貴族社会ではわりと普通だ。
(でもヴェラは情熱的だからなー)
アゼルと付き合い始めたら結局ガマンできなくなっちゃうことは容易に想像がついた。
他の男と結婚するぐらいならと、何もかも捨てて二人で駆け落ちしてしまうだろう。
それならそれでいいとアンジェリカは思っている。そうなった場合、陰からこっそり支援してあげるつもりでさえいた。
父親か未来の旦那様にお願いして、領内に匿ってあげるとか。
(そんなお願いすら聞いてくれない旦那様なら願い下げだし)
さっき名前が出たヴィクトール様はその辺どうなんだろう?しっかり見極めておかないといけない。
ただ、それもさっきまでの腹積もりだ。今は少し事情が変わっている。
(リタとアゼルがお互い好き合ってるなら、こっちの二人を応援すべきなのかなぁ)
それぞれの想いを尊重するならそうすべきなのだろう。
なんだかんだで両思いの二人が結ばれるのが一番正しいという気がする。
だが、あの二人の後押しをするということはリタとマルクの婚約解消を手助けするということだ。
それはヘルブラント辺境伯を敵に回すことを意味している。
(それはさすがに大変だよねぇ)
どう考えても自分の手には負えない。オーステル家の家訓的にも困ったことになる。
大体、それだとヴェロニカが失恋してしまうではないか。それは駄目だ。
リタとアゼルの気持ちは尊重してあげたいが、やはり自分としては一番の親友であるヴェロニカの幸せを最優先に考えたい気持ちがある。
彼女の気持ちを思うとリタとアゼルを応援することはできない。
(まあ、マルク様の気持ちはよくわからないから除外するとして)
身も蓋もない言い方だがそれが正直な気持ちだ。
というか、マルクはリタのことをどう思っているのだろう?正直、恋愛感情を抱いているようには見えないが……。
(待てよ?)
その時、新たな可能性を思いついた。
マルクが好きなのが実はヴェロニカだったとしたらどうだろう?
それならかなり上手くいく。リタとアゼルがくっつき、ヴェロニカとマルクがくっつけばいいのだ。
そしたら4人中3人がハッピーになれるではないか。
アゼルに振られてしまうヴェロニカは少し可哀想だが、マルクは彼女の伴侶としては人格も家柄も申し分ない相手だ。パウルマン家としても万々歳だろうから、結婚と恋愛を分けて考える必要もない。
マルクが傷心のヴェロニカを優しく癒して……。
(ダメでしょ)
自分の妄想にツッコミを入れる。
そう、これでは完全に妄想だ。マルクがヴェロニカに気があるのが事実ならともかく、今までそんな素振りなんて全然なかったではないか。
……大体、四人の内でヴェロニカだけが意中の相手と結ばれないのは頂けない。やはりヴェロニカの幸せを最優先しなくては。
うーんと頭を捻ったアンジェリカはその時、新たな可能性を閃いた。
(あ、だったらこういうのはどうかな?)
やはりマルクはヴェロニカが好きだと仮定する。
だけど結局マルクは親の取り決め通りにリタと結婚するのだ。
そして、あぶれた形になるアゼルとヴェロニカが駆け落ちする。
この場合、リタとマルクはそれぞれ本命の相手と結ばれない。アゼルもリタと結ばれない。
本命である相手と結ばれるのはヴェロニカだけだ。
つまりこの四人の中では彼女の一人勝ちということになる。
だがその場合でも、ヴェロニカの完全勝利ということにはならない。だってアゼルはきっとリタのことを引きずるだろうからだ。
だからこの場合、四人全員がそれぞれ少しずつ不幸ということになる。
言ってみれば痛み分け。
うん、これで公平だ。
(いやぜんぜん駄目じゃん!)
痛み分けってなんだ?全員ちょっとずつ不幸になってどうするのだ!
ていうかマルクがヴェロニカに気があるとはやはり思えない。
その時点でこの仮定は成り立たない。
(なんとか皆がハッピーになれる方法がないもんかなぁ)




