第59話 儀式前小景④ 恋バナしちゃう?
今だってそうだ。マルクと話すヴェロニカは顔色が悪く、まるで幽霊のようだ。
そして一方のマルクもまた、なぜか彼女とさして変わらないような深刻な顔を浮かべている。
実を言うと二人を目撃した時には一瞬、新たな恋模様の展開を期待してしまったのだが……どうやら見当違いだったようだ。
(やっぱ何かあったのかな?)
ヴェロニカだけならともかくマルクの様子もおかしいとなると、ヴェロニカ個人の問題ではないのかもしれない。
リタに聞いてみようかなと思ったが、やめた。見たところリタも何も知らないようだ。
だとしたら、心労を抱えた彼女にさらに負担を掛けることになりかねない。
それはさすがに気が引ける。
(マルク様もなんか忙しそうだな)
なんだか知らないが、今はそれどころではないようだ。
事情がわからないので何とも言えないが、「リタの一大事なのに」とどうしても思ってしまう。
(……なんだかなぁ)
アンジェリカは少し憤っていた。
まがりなりにもリタが聖女になれるかどうかに世界の命運が掛かっているというのに、どうして誰もこの子のことを気遣ってあげないのだろう。
(私しかリタの不調に気付いてないって、ちょっとヤバくない?)
一体どうなってるの、と無性に誰かに文句を言いたい。
いや、そんな場合じゃない。とにかくリタをなんとかしないと。
でも自分には向いてないし、できれば誰かにお願いしたいところだ。
(けど、誰に言えばいいんだろ?)
院長の顔が一瞬頭に浮かんだが、慌てて打ち消した。
相談すれば確かにちゃんと対応してくれるだろうが、あの人は苦手なのであまり近づきたくない。
でもそうなると他に頼れそうな人はいないし、どうやら自分がなんとかするしかなさそうだった。
(どうしよう。なんとか励ましてみる?だけどそういうの苦手だしなぁ)
などとアンジェリカが一人で頭を抱えていた時だった。
ふう、と小さく息を吐いたリタが、
「……アゼルに会いたいな」
――と、小さく呟いたのは。
「え」
アンジェリカが思わず声を挙げると、相手も驚いて顔を上げた。
「え?」
キョトンとこちらを見返してくるリタに、アンジェリカはなぜか弁解するように言った。
「いや、ちょっと意外だなーって思って。リタ、アゼルに会いたいの?誰かに呼びに……って、入れてもらえないか」
聖堂の周りは騎士団が厳重に警備している。さすがにアゼルは通してもらえないだろう。
(そういやアゼル、今ごろ何してるんだろ)
今日は仕事も休みだろうし、家でゴロゴロしてるんだろうか。
そう思うとなんだか羨ましい。
一方、リタはなぜか頬を少し染めた。
「え。私、声に出してた?」
「思いっきり出てたよ」
「やだ、恥ずかしい。私、子供みたいなこと言っちゃった」
その反応にアンジェリカは内心(おや?)と思った。
「子供みたいってことはないと思うけど」
素知らぬ顔でそう言いながら、心の中でめまぐるしく頭を働かせる。
今のはどういう意味なんだろう?
アンジェリカは人の本心を見抜くのが得意だと自負しているが、リタのことは時々ちょっとわからないと感じる時があった。
特に、恋愛方面の分野で。
婚約者のマルクと幼馴染のアゼル。
この二人のことをリタが本音ではどう思っているのか、それはアンジェリカにとってはかなり関心があることだった。
だが、それがいまいちわからない。
前に何度か恋バナを仕掛けたことはあった。だけどそっち方面に関する質問に対するリタの答えは、何だかいつもちょっと「ズレている」のだ。
わざとやっているという感じでも、誤魔化しているという風でもない。それでもなんとなく納得がいく答えが返ってこないことが多かった。
そもそも根本的に話が通じていないのでは?というフシすらある。
首を捻る自分にヴェロニカは言ったものだ。
「アンジェ、いくら聞いても無駄よ。あの子ったらてんでお子ちゃまなんだから」
彼女に言わせればリタはどちらに対しても恋愛感情を持っていないのだろうということだった。
リタにとってアゼルは大事なお友達に過ぎず、マルクが婚約者であるというのもあまり意識していないのだろうというのが彼女の見解だった。
自分もそれでとりあえず納得していたし、この手の話をしているとヴェロニカが露骨に不機嫌になるので、いつしかリタに恋バナを仕掛けることはなくなっていたのだが……。
(あれ。もしかして今ってチャンス?)
意外や意外。まったく思いも寄らないことに、よりにもよってこんなタイミングでその好機が巡ってきてしまったようだ。
アンジェリカは密かに決心した。
(儀式の前だけど……いいや、聞いちゃえ)
大事な儀式の前にリタのメンタルを揺さぶるようなことをしたらマズイ気もするが……なに、構いやしない。
こんな大事な時に聖女候補様を放っておく方が悪いのだ。
(それに、案外それで元気を取り戻すかもしれないじゃない?)
そうだ、そうに違いないと手早く自己正当化を済ませると、アンジェリカは改めてリタに向き直った。
「ねぇねぇ、アゼルに会いたいってどういうこと?マルク様じゃなくて?」
思わず早口で詰め寄ってしまった。興味津々なのがバレバレだ。
しかしリタはまたもキョトンとした顔を浮かべるだけだった。
「え?だってマルクには今朝も会ったもの。なんだか難しい顔をしていたけど……」
その答えにアンジェリカは思わず脱力した。
「それだけ?じゃあアゼルに会いたいっていうのは?」
「アゼルにはここしばらく会ってないの。昨日は話だけさせてもらえたけど」
「話だけ?」
「顔を合わせずに扉越しに話したの。儀式の前だから世俗の男の人には会っちゃいけないって」
「ふぅん?」
それもなんだかおかしな話だとアンジェリカは思った。
世俗の男というなら自分の父親はどうなるのだ?さっきまでそこにいたのだけど。
この場には教会関係者以外にも、今日の儀式の参入者の父兄がたくさん来賓として来ている。当然ながらその殆どは世俗の男性だ。
その辺りの整合性はどうなっているのだろう。
もしかして、誰かがリタとアゼルを会わせないようにしている?
(ま、考えすぎか)
それより今は恋バナだよね、と気を取り直す。
「それでもやっぱり会いたいんだ?」
ウキウキした口調で尋ねると、リタはあっさり頷いた。
「ええ、そうね。こういう時はアゼルに会いたいわ」
「こういう時って?」
「心細い時……かな」
リタの声がまた、僅かに揺れる。
よく見ると身体も少し震えていた。
この小さな身体に掛かる重圧を想像すると自分まで気が滅入る思いだった。
「でもさぁ、それならやっぱりマルク様のがよくない?」
それはそれとして恋バナはやめられない。
。
「だってマルク様ってすっごく頼り甲斐あるじゃん。別にアゼルが頼りないとは言わないけどさ」
「確かにそうね。マルクはとっても頼りになるわ」
クスッと顔を綻ばせてリタが笑う。
「マルクはいつも落ち着いていて、冷静で、正しい方向に導いてくれる。傍にいてくれると心強いわ。だからアンジェの言うこともとてもよくわかるの」
「でしょ?」
「だけど今日の儀式には私一人で臨まないといけないわ。マルクが傍にいてくれたら心強いけど、儀式には一緒に出てもらうことはできないもの。私一人で頑張らなくちゃ」
「でも、それならアゼルも同じじゃない?アゼルだって儀式には出られないじゃん」
「ええ、アンジェの言う通りね。だけど……」
「だけど?」
「アゼルは、私に――勇気をくれるの」




