第58話 儀式前小景③ アンジェリカ視点の回想
リタの守護騎士であるはずのマルクはさっきから姿が見えなかった。
元よりここは女子修道院なので彼も普段からリタに付きっ切りという訳でもない。リタが結界内に留まる限りは基本、護衛にはついていない。
それでも今日は大事な儀式の日である。外部からの来賓も大勢いるんだし、聖堂内とはいえ普段以上に厳重に護衛しなくてはいけないのではないだろうか。
……ていうか。
(せっかくリタがおめかししてるんだし、ちゃんと見てあげればいいのに)
ついそんな不満を抱いてしまう。
なにしろ婚約者なのだ。それはもはや義務ではなかろうか。
(マルク様ってそういうところあるよね)
彼が人格者であるのは承知しているが、女心の機微に疎いことについては擁護できないところだ。だからいまいち軍人のところに嫁ぐ気になれない。
いや、それはそれとして。
一体マルクはどこで何をしているのだろう?
今朝からずっと騎士団の人たちが慌ただしそうにしているのと、何か関係があるのだろうか。
(いくら大事な儀式の日とはいえ、少しピリピリし過ぎな気がするんだよね)
緊張を通り越してどこか切羽詰った表情をしている。さすがに少しおかしい。
もしかして何かあったのかな、と思って見回していると、ようやくその姿を見つけることができた。
控えの間の片隅で、なにやら深刻そうな顔で誰かと話している。
話している相手の顔を見て、アンジェリカは少し驚いた。
(え?あれ、ヴェラじゃん)
今にも倒れるのではないか、と思わず心配になるほど蒼白な表情でマルクと話しているのは、彼女の親友のヴェロニカだったのだ。
(意外な取り合わせだなぁ。何話してるんだろ?)
そういえばヴェロニカの様子も昨日からおかしかった。
昨日の朝にアゼルの小屋に出かけて行って、そこから戻って来てからずっと、思い詰めたような顔を浮かべている。
まあ、何があったかは聞かずとも想像はつく。
パンを詰めた籠を抱えていそいそと部屋を抜け出す姿を見ていただけに、泣き腫らした顔で戻ってきた親友の姿を見た時にはさすがの自分も「ちょっとアゼル~」と思わないでもなかった。
思ったが、しかしアゼルの気持ちもわかるので仕方ないかなとも思った。
(アゼルがリタを好きなのなんてわかりきってたことだしね)
やさしくしてあげてほしいとは言ったが、親切心や同情で付き合うのは違うだろう。
……というか、アゼルはさぞや驚いたのではなかろうか?
なにしろ彼は、ヴェロニカに本気で嫌われていると思い込んでいたようだったから。
そもそもの発端はリタだった。
いや、彼女に原因を帰するのはさすがに気の毒というものだろう。
だってリタは単に幼馴染の話を自分たちに聞かせただけなのだから。
その話に興味を持って、アゼルに接触を図ったのはヴェロニカ自身である。
最初の動機は、リタへの嫌がらせだったことに間違いはない。リタが聖女候補であることに不満を募らせていたヴェロニカが、その幼馴染を手懐けて吠え面をかかせてやろうとしたわけだ。
でも、それは単なるきっかけに過ぎない。
だってアゼルと接している内に彼女が少しずつ彼に惹かれていったのは明らかだったから。
本人は頑なに認めようとはしなかったが。
しかしそんなヴェロニカの初恋は難航を極めた。
アゼルがまったく心を開かなかったからだ。
……まあ、仕方がないことではある。なにしろ彼はこの修道院における自分の立場をよくわかっているから。
問題を起こせばすぐに追い出されかねない状況で(リタにも迷惑がかかるし)、階級意識に凝り固まっているように見えるヴェロニカは、彼にとってはもっとも警戒すべき相手だったに違いない。
(ちゃんと話せば、誰にでもまっすぐ向き合ってくれる子なんだけどね)
ヴェロニカは自分の出自に誇りを持っているが、だからといって平民を見下しているわけではない。身分を盾に理不尽なことを口にするような輩とは違い、実は話せばわかるタイプだ。
ではあるのだが。
(まあ、わかりにくいよねぇ)
あの態度では誤解されるのも仕方がない。
その点では彼女にも非があると言える。
一方、ヴェロニカは一向に気を許してくれないアゼルに不満を募らせていった。
彼の本音を引き出すためにリタの婚約者であるマルクを誉めそやして煽ってみたり、わざと怒らせるようなことを言ったりもした。
ていうか、それでも心を開かないアゼルに最近は本気で苛ついている部分もあったようだ。
そんな二人を近くで見ていたアンジェリカとしては、
(正直、どっちもどっちだなぁ)
……と思わずにいられなかった。
だってヴェロニカは、仲良くなりたいなら喧嘩腰で接しちゃダメだし。
一方のアゼルにしたって、ちゃんと相手を見てあげさえすれば、ヴェロニカがただ普通に接してほしいだけだってわかりそうなものなのに。
(どっちもまだ13歳だし、そんなものなのかな)
己の観察力に自負のあるアンジェリカは、自分のことは棚に上げてそう思う。
実を言うと、あまりに進展しないこの二人に最近ちょっとだけイライラしていた。それで二人にわざと意地悪してみたり、掻き回すようなことも言ったりした。
今となっては少し反省している。
口にはしないけど。
そんな二人も先日の衝突と和解を経て、ようやく少し距離が近づくかなと思ったけど……ヴェロニカが焦って動いたことで台無しになってしまったみたいだ。
もったいないことをしたと思うけど、仕方がない。
(ヴェラが焦ったのも無理ないしね)
というのも、私たちはリタがアゼルを従者に誘おうとしてグズグズしていたことを知っていた(ていうか何度も相談されてた)。
だからヴェロニカは、どうしてもその前に動くしかなかったのだ。
なにしろリタに誘われて、あのアゼルが断るわけがないのだから……。
アゼルからしたらヴェロニカの誘いは、些か唐突なものだったに違いない。
だがヴェロニカにしてみたら、ここを逃したら次はないという最後のチャンスだった。
ギリギリのタイミングで勝負に出て、そして彼女は負けた。
親友としては残念だけれど、まあ勝負事だから仕方がない。
ヤケ酒というわけにはいかないけど、まあ泣き言ならいくらでも聞いてやろうという気持ちだった。
……ただわからないのは、それにしてもヴェロニカは少し思い詰めすぎではないかということだった。
別に彼女の想いを軽んじていたわけではないが、それでもあの落ち込みようは些か深刻過ぎる気がするのだ。
一言で言えば、彼女らしくない。
なにしろアゼルの気持ちなんてわかりきっていたのだから、断られることぐらい想定していたはずだ。
内心ショックを受けていたとしても、プライドの高いヴェロニカなら取り繕って平気なフリを装いそうなものだ。
それなのにヴェロニカは自分の世界に閉じこもってしまい、何を聞いても答えてくれない。
泣き言を聞いてあげようにも、口もろくに開かない。
まるで人が変わってしまったみたいだとアンジェリカは感じていた。




