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アゼルとゼラ(或いはリタ)  作者: 塵野オコ
第四章 「その日」
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第57話 儀式前小景② リタの不調

 挨拶回りに行くという両親を見送るとアンジェリカは一人になった。

 儀式が始まるまでにはまだ間がある。

 ちょっと退屈だ。


(どうしようかなぁ)


 既に儀式のための祭服に着替えているのでフラフラと出歩くこともできない。白が基調の衣装だから、汚してしまったらきっと大目玉だ。

 周りを見ると、他の参入者の少女たちも親との歓談を終え、仲のよい者同士で固まって話しているようだ。

 適当にそちらに混じってもいいが、なんとなく億劫に感じた。


(なんでだろうな)


 なんだか知らないが、気分が乗らない。

 アンジェリカは、自分には人を見る目があると自負している。どんな相手でも、たとえどんなに取り繕っていても、ふとした仕草やちょっとした言葉でその人が本当はどんな人間なのか、何を思っているのかが大体わかってしまうのだ。

 きっと父親譲りなんだろう。外見は似なくてよかったが、父譲りの観察眼はなかなか使い勝手がよいので重宝している。

 そして、可憐な外見と愛想の良さは母親譲り。おかげでどんな相手とも話を合わせることができるので、誰とでもすぐ仲良くなることができた。


(……ていうのは言い過ぎか)


 ヴェロニカの時のことを思い出して苦笑する。場合によっては手間取ることだってある。

 ともあれ、時間潰しをするための話し相手に困ったことはない。

 今だってその気になれば他の少女たちの話に加わることもできた。

 普段からつるんでいるという訳ではないが、何度か話したことのある相手ばかりだ。向こうも邪険にはしないだろう。


(でも、そんな気分じゃないんだよなぁ)


 話を合わせることは造作も無いが、だからってそれで楽しいという訳じゃない。だって相手の考えていることがわかるということは、相手が自分に気を遣っているのも察してしまえるということだ。

 そんなのは正直、全然面白くない。

 そしてアンジェリカにとって、残念ながらこの修道院にいる少女達の大半はそんな感じなのだった。

 もう時間まで一人でボケッとしてようかなと思っていた時、挨拶回りを終えたリタが一人で歩いてくるのが見えた。


「おーい、リタ」


 思わず声を掛けると、相手が顔を上げて、パッと顔を明るくするのがわかった。


「アンジェ!」


 祭服の裾をヒラヒラさせながら早足で歩いてくる。

 純白を基調とした布に金銀の細かな縫い取りを施された祭服を纏ったリタは、なんだか結婚式の花嫁さんみたいに見えた。


(……て、それは私もか)

 

 せっかくの晴れ姿。どうせなら未来のお婿様に見てもらいたいけど、いないものは仕方がない。

 その点では少しリタが羨しい。


「挨拶回りおつかれー。大変そうだったねぇ」


 『リタもせっかくならマルク様に見せたいだろうに、辛気臭いおじさんたちの相手ばかりさせられて気の毒だね』。

 アンジェリカの本心はこんなものだったが、そんな心の声がまさか聞こえるはずもない。

 だからリタは素直に頷いた。


「大変というか、緊張したわ。お偉い方々ばかりなんだもの」


「リタだって偉いじゃん。聖女候補様なんだから」


「やめてよ、もう」


 アンジェリカがからかうと、リタは子供のように頬を膨らませた。

 父親の評ではないが、これでは「美しい」から「愛らしい」に訂正されてしまうのもやむなしかなと思う。

 それでもリタのこういう素直なところをアンジェリカはわりと気に入っていた。なにしろこんなに裏表のない子など滅多にいない。

 それだけでもこの修道院においては希少な存在だ。


 どこまでも真っ直ぐなリタは、少しヒネたところのある自分とは違う。だから親友と呼ぶのはちょっと違うが、少なくとも気を遣わずに、そして遣わせずに接することができる数少ない相手だった。


「お偉い方々と言えば王弟殿下にはご挨拶したの?」


 そう尋ねるとリタは首を振った。


「それが、まだいらしてないみたい。遅れているみたいね」


「そうなんだ?じゃあ落ち着かないね」


「実はその通りなの。ただでさえ緊張しちゃうのに、王族の方にご挨拶だなんて。できれば式の前にさっさと済ませちゃいたいのに」


「あはは、それちょっと不敬」


「ふふ、内緒よ?」


 リタは少しの間クスクスと笑っていたが、ふと表情を曇らせた。

 どうやら思ったより重症みたいだ、とアンジェリカは思った。


「ありゃ。リタ、もしかして元気ない?」


「そういう訳じゃないけど……。ううん、そうね。ちょっと弱気になってるのかも」


「やっぱ緊張しちゃう?」


「ええ。なにしろ、今日の儀式で全てが決まってしまうんですもの」


「そりゃそうだよね」


 アンジェリカは軽く頷いた。

 あっさり流した、とも言える。

 別に薄情だからではない。どうしたって自分にはリタの気持ちはわからないだろうなと思ったからだ。


 先代の聖女様がお亡くなりになってからもうじき千年。その聖女様が『次代の聖女が世界を救済する』なんていう御大層な予言を残したばかりに、次の聖女は人界への侵攻を続ける悪魔を滅ぼしてくれるものと期待されている。

 いわばその肩には世界中の人々の期待が重く圧し掛かっているのだ。


 リタが聖女候補になって三年。それを長いと思うか短いと思うかは人それぞれだが、少なくともリタにとってはとんでもなく長い三年間だっただろう。修道院の中で人目に触れずに暮らしていても、沢山の人々の有形無形の期待をきっと感じ取ってていただろうから。

 おまけにリタはそんなに成績もよくない。聖女候補なのにと叱られたり、陰口を叩かれていたことだって気づいていない訳じゃないだろう。

 それでもめげず、ずっと頑張ってきたリタが報われるかどうかの分水嶺がまさに今日、この日なのだった。


(私だったらとっくに投げ出してるだろうなぁ)

 

 そう思うとリタは偉いなぁとつくづく思う。

 正直、本気でリタに期待している人はそれほど多くないだろう。

 なにしろ千年だ。その間、数多の聖女候補が見出されていながらその内の誰も熾天使アスタルテーを召喚できなかった。

 千年間にただの一人も、だ。

 だから人々はきっとそれほど期待していない。これまでの聖女候補の場合と同様、リタもまた失敗するものと思っている。


(だからそんなに気張らなくてもいいのに)


 肩肘張った様子のリタを見ていると、そう声を掛けてあげたくなってしまう。

 だが、それが余計なお世話だということも理解していた。

 だってリタは、周囲の人々の思惑など関係なく聖女になることを望んでいるからだ。

 もちろん世界中の人々の期待を背負っていることは意識しているだろうけれど、誰よりも彼女自身が聖女になることを望んでいる。


(そうじゃなきゃ、あんなに頑張れないよね)


 ヴェロニカに言わせればまだまだなのだろうが、リタが毎日頑張っていたことをアンジェリカは知っていた。座学にしても法術の実技にしても、お世辞にも向いているようには見えないのに、たゆまず懸命に努力していた。

 リタはまっすぐで、裏表がなくて、努力家で真面目な、とってもいい子だ。

 怠惰でものぐさで、どこか斜に構えて、なのに何でもそつなくこなせてしまう、小器用な自分とは何もかも違う。


 そんな真っ直ぐなリタのことが、なんなら少し苦手と感じる時もある。

 その一方で、キラキラしてて眩しくも感じる。


 いつもつるんで行動したいとは思わないけれど、たまにこんな風にカラみたくなる。

 そんな距離感。

 頑張っているところを見たらこっそり応援もするしし、ヘコんでいるところを見かければ励ましたいてあげたいとも思う。

 今もなんとか元気づけてあげたいのだが……。


(私じゃ力不足だよねぇ)


 どう考えても自分には向いていない。それぐらいの自覚はあった。


(こういう時はやっぱ婚約者の出番だよね。マルク様ったらどこにいるんだろ)



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