第56話 儀式前小景① オーステル家の人々
今日から第四章となります。いつも感想ありがとうございます。
※オーステル家はアンジェリカの実家です。
「リタ、司教様にご挨拶を」
「お久しぶりです 、セラピオン司教猊下。本日はよろしくお願い致します」
「おお、リタ様。前にお会いしたのは宣霊の時でしたかな。いやはや、大きくなられた」
「宣霊式の時のことはよく覚えています。司教様もお元気そうで何よりです」
「はっは、人より長く生きとることだけが取柄の老骨ですからな。それにしてもしばらく見ぬ間にご立派になられて。それにお美しくなられました」
「セラピオン師、最後の一言は余計です。外観などその人間の内面の輝きとはなんら関わりのないことではございませんか」
「クラリモンド君、そう固いことを言わんでくれ。こんなのは時候の挨拶のようなものじゃろうて」
「一昔前ならともかく、昨今ではそのような言い逃れは通用いたしませんわ。いくら褒め言葉でも女性の外見や年齢に触れるのはマナー違反ですし、神の教えにも適いません」
「やれやれ、年寄りには窮屈な世の中じゃわい」
「年齢を言い訳にするのはズルいですわよ、師匠」
「『師匠』?あの、お二人は……」
「ええ。セラピオン司教様は私の神学校時代の恩師でもいらっしゃるのよ」
「そうだったんですか」
「左様です。クラリモンド君は当時から非常に優秀な教え子でしてな。わしと彼女、どちらが師なのかわからなかったくらいですじゃ」
「まあ」
「あれから幾星霜。今では君はこの修道院の院長を務め、聖女候補であるリタ様を教え導くという大役を見事に果たした。わしもかつての師の一人として誇りに思うよ」
「セラピオン師、そのような……」
(あっちは大変そうだなぁ)
教会のお偉方に挨拶回りをしているリタを遠目に見ながら、アンジェリカは密かに同情していた。
ついでに、呆れてもいた。
(これから大事な儀式だっていうのに、やる前から疲れさせてどうすんだろね)
自分も貴族の家に生まれたのでこういった形式が大事なのは理解しているつもりだ。世の中を円滑に回すためにはこういう煩雑で無意味に見える手続きが意外に重要だったりする。
面倒だからといって省いてしまえば、意外なところで皺寄せが生じてしまうものだ。
(とはいえ、それも時と場合によるよね)
今日はリタにとっては一世一代の儀式だし、なにより人類全体にとっても世界の命運を分ける一大事なのだ。
リタが万が一にでも真の聖女になれたら、人間と悪魔の勢力図は塗り変わるかもしれない。
なのにあれでは逆効果もいいところだ。
(もっとリラックスさせてあげればいいのに)
気疲れしている様子のリタを見て気の毒に思う。
まあ、上辺の態度とは裏腹に大人達はそれほどリタに期待していないということなのだろう。
どうせ今回も「ハズレ」だと……。
「どうしたアンジェリカ?さっきから上の空で」
娘に久しぶりに会ったアンジェリカの父親がその視線を追い、得心した顔を浮かべる。
「あれがリタ様か。なるほど、なんともお美し……いや、まあその……愛らしいお方だな」
「お父様、それ却って失礼だってば。素直に子供っぽいって言ったら?」
「よさんかバカモノ。聖女候補様にそのような罰当たりなことを言ったと誰かに聞かれたらどうする」
父親がさりげなく視線を周囲に走らせる。
アンジェリカ達が今いる控えの間には、今日の儀式に参加する少女達が着替えを終えて待機している。まだ儀式の開始までは少し間があるため、父兄との面会が許されていた。
親許を離れた数年間の修道院暮らし。誰もが久しぶりに会えた肉親との会話が弾み、こちらに聞き耳を立てている者はいないようだ。
「ねぇねぇ、そういえばお母様は?」
「外で伯爵夫人を見つけて話し込んでいる。久しぶりに娘に会いに来たというのに困った奴だ」
「仲良しのお友達だからねぇ、仕方ないよ。それにいいんじゃない?私はもうじきそっちに帰るわけだし、お母様とはいくらでもお話できるでしょ」
言いながら「うーん」と伸びをする。
窮屈な修道院暮らしも慣れればそんなに悪くなかったが、それでもやっぱり我が家が一番だ。
なにしろ寝坊したって誰も怒らない。
「しばらくおうちでのんびりしたいよ」
「まったくお前は、修道院に入っていたのにちっとも変わっておらんな」
父親が嘆かわしそうな顔をする。
「少しは性根を入れ替えてくれるかと思っとったんだが」
「人前ではちゃんとするから大丈夫だよ。中身はどうあれ、体裁を取り繕う技術にはちゃんと磨きを掛けたから、どこに出しても恥ずかしくないよ?そりゃもうピカピカに」
「そうあってくれれば文句はないがな」
茶目っ気たっぷりに言うと、父親は呆れたような顔をしながらも納得してくれた。
なんだかんだで話が通じるので、アンジェリカはこの父親が嫌いではない。
「ところでお父様、私の縁談の話ってどうなってるの?」
「ああ、心配はいらんぞ。有力どころをそれとなく探っているところだ」
「有力どころねぇ。けど、いくらお金持ちで偉くても厭な奴はイヤだよ?」
「わかっている。いくら家のためとはいえ可愛い娘をそんなところに嫁には出さんさ。まあ大船に乗ったつもりで任せておきなさい」
「お願いねー」
貴族には家の権勢を高めることにしか興味がなく、権力闘争に明け暮れている輩も多い。アンジェリカの父親はそういった類ではないが、それでいて無頓着という訳でもなかった。
なにしろ権謀術数が渦巻く貴族社会である。それではあっという間に落ちぶれてしまう。
オーステル家の家訓は波風立てず、現状維持を良しとせよだ。周囲の人間の思惑を目聡く見抜き、目立たず、でしゃばらず、さりとて侮らせず、付け入る隙を作らせない。
徹底的に敵を作らないことが家風であり、ゆえに王宮には近づき過ぎず、かといってむやみに遠ざけもせず、常にほどよい距離感を保つことで恙なく存続してきた一族なのだった。
アンジェリカの父親は覇気も野心もなく、小太りで風采も上がらない。だが、如才のなさと抜け目のなさでは一族の中でも一目置かれている。
そんな父親の資質を色濃く受け継ぐアンジェリカとしては、自分の婿選びも父親に任せておけば大丈夫だろうと楽観していた。
「で、今のところの候補は?」
それでも一応聞いてみる。気になるものは気になるのだ。
だって女の子だし。
「どうせお父様のことだから、目を付けている方はいるんでしょ?」
「第一候補は騎兵隊のヴィクトール大尉だな。お前より少しばかり年上だが、この前の魔物討伐で手柄を上げてまた昇進するらしい」
「うーん、軍人さんかぁ。あんまりピンと来ないなぁ」
アンジェリカは渋い顔をした。少しばかり年上というが、言うほど「少し」ではないんだろう。
父親の思う「少し」と自分にとっての「少し」にはきっと――いや絶対に――埋めがたい大きな差があるに決まっている。
まあ、別にそれは構わない。渋いオジさんなら自分的には「アリ」だ。
でも軍人というのはちょっと問題だ。ぜったい堅苦しい性格だろうし、家の中でまで息が詰まるのはご免だった。
「まあそう言わず一度会ってみなさい。そのうちセッティングするから」
「はいはい。でも急がなくていいよ。私はしばらくお家で思いっきりのんびりして、修道院暮らしの疲れを癒したいから」
「まったく疲れてるようには見えんが……」
父親が呆れたように呟くと、そこに母親がやってきた。
「アンジェリカ!久しぶりね」
「お母様、お久しぶりー。危ないから走らないでね」
派手に着飾った自分の母親がこちらに駆け寄ろうとしている姿を見て、アンジェリカは思わず注意した。
「相変わらずばっちりおめかししてるね」
「それはもう、可愛い娘の晴れ舞台だもの。地味な姿であなたに恥をかかせられないでしょう?」
悪びれずに微笑む姿に夫と娘は揃って苦笑した。
「まったくお前は、場所柄も弁えず……。ここは修道院で、今日は厳粛な儀式をするんだぞ。もっと相応しい服装というものがあるだろうに」
「まあまあお父様、いいじゃない。それでこそお母様って感じだし」
「何よぉ、二人して。なんたって今日は王弟殿下も来られるんでしょう?地味な服装をしていたら却って失礼というものだわ」
「そういうもんかなぁ」
「はて、そういえば殿下はまだ来られておらんのかな」
「まだみたいだねぇ」
見神の儀は正午より執り行われる予定となっており、今は11時を回ったところだ。普通ならもうとっくに到着している頃合だった。
「遅れてるのかな?」
「そのようだな」
「ねぇねぇ、ところであれがリタ様なのよね?」
母親が少し離れたところで教会関係者と話しているリタを指差す。
「なんだか聖女様って感じじゃないわねぇ、ほんわかした感じで。もっときりっとした子なのかと思ってたわ」
「こらお前、聖女候補様に失礼だろう」
「あら、私は褒めてるのよ?女の子はやっぱり可愛らしい方がモテるわよ。ねぇ?」
「それは同感」
頷きあう母娘を見て父親は「まったく……」と首を振る。
そしてまた周囲を窺い、声を潜めた。
「ところでアンジェリカ、実際どうなんだ。リタ様は聖女になれそうなのかね」
「そんなこと私がわかるはずないでしょ?私は神様でも天使様でもないんだから」
「まあ、それもそうだな」
「私はぜひ聖女様になって頂きたいわ。聖女誕生の瞬間をこの目で見られるなんて、一生の自慢になるじゃない?お茶会でのお話の種に困らないわ」
「あはは、お母様らしいなぁ」
「まったく、世界の命運が掛かっているというのにお前たちときたら……」
「でもお母様達、二階の桟敷席から見るんでしょ。遠くてよく見えないんじゃない?」
「そこは抜かりないわよ」
そう言って母親が小さな手提げから取り出したのは最新式のオペラグラスで、アンジェリカは思わず吹き出してしまった。
「これでバッチリ見えるわ」
「お前ときたら、そんな物まで……観劇に来たんじゃないんだぞ」
「いいじゃない。聖女様のこともそうだけど、娘の晴れ舞台なのよ?バッチリくっきり見たいじゃない」
そう言うと母親は娘に向かってウィンクした。
「それにもしかしたらアンジェリカの所にだって天使様が降りてきてくださるかもしれないでしょ?」
「おお、それはいいな。そしたらどうするねアンジェリカ。聖騎士でも目指してみるか?」
アンジェリカは思わず呻いた。
「え~、冗談じゃないよぉ。天使様なんてこっちから願い下げだってば!」
アンジェリカの両親はそれを聞くと顔を見合わせ、揃って吹きだした。
場所も弁えず大笑いする両親に、アンジェリカは思いっきり舌を出してやった。




