第51話 尋問
アゼルが連れて行かれたのは、修道院の回廊にほど近い場所にある教会騎士団の宿舎だった。そこでは翌日に行われる見神の儀に備えて平時より多くの騎士が参集し、ものものしい雰囲気となっていた。
それとなくマルクの姿を探したが、今はいないようだった。
アゼルは騎士団長に面通しされた後、彼の指示で営倉に連れて行かれ、そこで尋問された。
「しぶとい奴だな。洗いざらい話せと言っているだろうが!」
「だから……話したじゃありませんか」
手足を縛り上げられたまま、アゼルは弱々しい声を絞り出した。
その声は既に掠れきっていた。
頬は腫れ上がり、目の周りにはいくつも痣ができている。身体にはもっとついているだろう。
何時間にも及ぶ手荒な尋問。その間アゼルは幾度となく殴られ、蹴られ、棒で打たれた。
そのようにして、いつしか夜になろうとしていた。
「僕が話せることは全て話しました」
「ふざけるな!だったら悪魔の居場所はどこだ!」
激昂した騎士にまたも頬を張られる。
「悪魔共はどうやってリタ様を襲うつもりなんだ。いいかげん白状しろ!」
「だから……それは、本当に知らないんです」
アゼルは何も話さなかったわけではない。むしろ知っていることのほぼ全てを正直に打ち明けた。
こうなってしまった以上は素直に事情を打ち明け、騎士団に協力する方がいい。そう思ったからだ。
彼らとて、リタを護りたいという目的は同じなのだから。
しかし彼らはアゼルの言い分に聞く耳を持たなかった。
リタを守ってほしいというアゼルの真意は一向に信じてもらえず、むしろ悪魔の力を借りてリタの命を狙う張本人だと疑われるばかりだった。
(まさかここまで信じてもらえないなんて)
頬を張られた痛みより、まるで話が通じないという事実に打ちのめされる思いだった。
(僕が悪魔憑きじゃないとわかれば、話ぐらいは聞いてもらえると思ったのに……)
悪魔憑きだという疑惑は幸いすぐに晴れた。騎士団にはヴェロニカが使っていた探知魔法を使える術師がいて、魔力を調べられたのだ。
それで疑いは晴れたと思ったのも束の間、今度は報酬目当てに悪魔と通謀しているのだろうと決め付けられた。
違うと言ってもまるで話を聞いてくれない。
完全に誤算だった。筋道を追って話せば少しぐらいは聞く耳を持ってもらえるだろうと思っていた。
「正直に全て話すまでここから出られんと思え」
(話しても信じやしないくせに)
客観的に見て、自分は怪しまれても仕方ない立場だということは理解している。理由はともあれ悪魔と接触していたのは事実なのだ。
しかしだからと言って、洗いざらい話したのに正直に話せと言われても困る。
もはや口を開く気にもなれず黙っていると、その態度が反抗的だとまた殴られた。
口の中が切れ、血が溢れた。
「何だその目は?生意気な奴め!」
「……」
口の中に鉄の味が広がったが、血を吐くのも溜め息を吐くのも我慢する。
マルクが教会騎士だということもあって、アゼルは騎士というものはきっと理知的な人達ばかりなのだろうと漠然と思っていた。
しかし、この様子では残念ながらそういう訳ではないようだ。
(僕が信じられないのはわかるけど)
教育も受けていない亜人の子供に社会的な信用などない。まして自分は、実際に悪魔と契約しかけていたのだ。これで信じてくれというのは無理がある。
それはわかる。
しかし、だからといってせっかく聞き出した話の内容をろくに吟味もせず、全てデタラメだと決め付けるのはどうなのだろう。それで尋問の意味があるのだろうか?
どうも彼らは自分たちが望んでいる答え以外は全て嘘だと思い込んでいるように見える。
それに気付くと、こんなことに付き合っている時間がなんとも無駄なものに思えてきた。
(ゼルペンティーナの奴は今ごろきっと、僕のことを嗤ってるんだろうな)
ここにはいない奇妙な悪魔のことを思い出す。
薄暗い倉庫の中ではわかりづらいが、もう夜になっているだろう。「行けたら」などと言っていたが、この状況ではむろん来られるはずもない。
なにしろここはすでに結界の中。悪魔であるゼルペンティーナは来たくても来れない。
それともアイツは律儀に小屋を訪れているんだろうか?自分がいないと知っていながら。
(あいつならやりそうだな)
その姿を想像して少し笑う。
アゼルは、諦めていなかった。
(あいつはこうなることを知っていて僕を好きにさせた。だったら、なんとかなるってことだ)
ゼルペンティーナが契約を諦めたのだとは、なぜか思えなかった。
冷静に考えればおかしな話だ。
ゼルペンティーナの正体は野良悪魔だった。既に実体を得ているあいつはどこにでも出向き、他の誰かに契約を持ちかけることができるのだ。
マヌケな自分に見切りをつけ、次の獲物を探してどこかに行ってしまっていたとしても不思議はない。
だが、ゼルペンティーナはそうしないだろうとアゼルは思っていた。
(あいつは必ずまたやってくる。僕と契約するために)
そんな確信めいた予感がある。
……我ながら不思議だった。
騙されていたとわかった時はあんなに怒りを感じたのに、心のどこかであいつのことを信じている。
自分がいつのまにか、随分とあのおかしな悪魔に気を許していたことを知り、アゼルは驚いていた。
だが、悪い気分ではない。
(チャンスはきっと来る。それまで耐えるんだ)
ゼルペンティーナがまだ契約を諦めていないなら、この状況は致命的なものではないということだ。
だからこんな状況でも、希望は捨てない。
「……笑ってやがる。不気味な小僧だ」
「やはり悪魔憑きなんじゃないか?術師を呼べ。もう一度調べさせよう」
それを聞いたアゼルは、自分が笑っていたことを知り、なんだかおかしかった。
それからしばらく経った頃、倉庫にまた騎士が入ってきた。
新たにやってきた騎士はその場にいた騎士達を呼びつけると、何やら小声で話をした。
すると彼らは一斉にこちらを見た。
(何だ?)
どうせ自分には関係のないことだろうと思っていたが、そうではないらしい。
「しかしそういう訳には……」
「ここにお連れする訳にはいかんだろう」
「だが……」
騎士達は困惑した様子でヒソヒソと囁き交わし、時折こちらに視線を向ける。
(何かあったのか?)
脳裏を過ぎったのはゼルペンティーナだった。そういえばあいつには、結界を抜ける手段に心当たりがあるようだった。
夜に来ると言っていた通り、あいつが現れたのだろうか。
自分を助けに?
(まさかな)
この状況でやって来るのはあいつにとっては敵の本陣に飛び込むようなもの。いくら悪魔とはいえそんな無謀なことはしないだろう。
そもそも、自分を助けに来てくれるような殊勝な奴じゃない。
「おいお前、アゼルとかいったな。まだ喋れるか?」
さっきまで訊問に加わっていた騎士の一人が近寄って、聞いてきた。
「……ええ。おかげさまで」
「減らず口を叩く元気があるなら大丈夫だな」
思わず皮肉で答えると騎士は憎々しげに毒づいた。
しかし驚いたことに、その騎士はアゼルの足を縛っていた縄をほどいてくれた。
(まさか解放してくれるのか?)
意外に感じていると、騎士が耳元で囁いてきた。
「おい、よく聞け。……今からここにリタ様が来られる」
「はっ?」
思いがけない名前にアゼルは固まった。
どうしてここにリタが?
突然の事態を理解できないでいるアゼルの首筋に、こちらも当惑しているらしい騎士が剣の切っ先を突きつけてくる。
その騎士に促され、扉の前まで歩いていく。
「いいか。適当に話を合わせろ」
「合わせろって……」
「とにかく余計なことは一切口にするな。口にしたら……わかっているな」
「……はい」
どうしてリタがここに来るのか。何を話してはいけないというのか。
聞きたいことは山ほどあったが、咽喉元に剣を突きつけられていてはそうもいかない。おとなしく頷くしかなかった。
「ここで止まれ」
扉の少し前まで来たところで制止され、足を止める。
「外に出るんじゃないんですか」
「違う。扉越しに話せ」
どういうことか問おうとした時、不意に扉の外から声が聞こえた。
「アゼル!そこにいるの?」
(リタだ)
その声を聞いた瞬間、胸が震えるのがわかった。
最後にリタと話してから、まだ丸2日と経っていない。だというのに、ひどく懐かしく感じている自分がいた。
自分がどれだけ彼女のことを希求していたか、思い知らされた。
この優しい声を、どれだけ聞きたかったことか。
この扉の向こうにある柔らかい微笑みを、どんなに一目見たいことか。
何時間もこの薄暗い倉庫に閉じ込められていたアゼルにとって、扉越しに届いてきたリタの声は大袈裟ではなく、天から射し込んできた光のようだった。
暫定メインヒロインのリタさん、約一ヶ月ぶりに登場です(ただし声だけに限る)。




