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アゼルとゼラ(或いはリタ)  作者: 塵野オコ
第二章 二日前
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第36話 新たな予言

 

 ゼルペンティーナはキラリとその青い瞳を輝かせた。


「未来視は目には見えない運命の先を辿るものよ。だから私が未来視で視たことは確実に起きる」

「じゃあ……」

「ええ、リタは二日後に死ぬ。それは既に決まっている未来よ」

「それじゃ……っ」

「落ち着きなさい。それは、あなたが何もしなければの話」

「僕が何もしなければ?」

「言ったでしょう?人間に訪れる運命は決まっているけれど、それにどう対応するかはあなた達次第だと。運命が強制する支配力に打ち勝ち、それを乗り越えることができれば、運命を書き換えることは可能なの。そうすれば……」

「リタを救うことが……できる?」

「ええ、そうよ」


 気付けばアゼルはすっかり話に引き込まれていた。


「何をすればいいんだ」

「何度も言っているでしょう?私と契約すればいいのよ」


 理解の遅い生徒を説き伏せるようにゼルペンティーナは繰り返す。


「私と契約しなさい、アゼル。そうすればリタを救うことができるわ」


 そう囁きかける姿はまさに、お伽噺に出てくる悪魔そのもの。

 その相手方を務めるアゼルは、しかし自分がそんな役回りに立たされていることにも気付かなかった。

 そんな余裕などなかった。しばし息をするのも忘れ、相手の顔を穴が開くほどジッと見つめた。

 僕がコイツと契約すれば、リタは助かる?

 ……本当に?


「そんなに簡単に……運命が変わるのか」

「簡単ではないわ。運命というのは、大勢の人間の因果が組み合わさった強固なものよ。特に聖女の暗殺なんていう世界の命運を左右するような出来事には、その流れを保とうとする強制力がとりわけ強く働く。ちっぽけな一個人がその力に闇雲に逆らったとしてもそうそう変えられるものではないわ。運命を変えようとして、却ってより悪い結果をもたらすことだってあるかもしれない」

「なら……」

「だけど、不可能じゃない。然るべき時を見計らい、適切な方法で働きかけることができれば、予期しない反作用なんて起こさずに未来を変えられる。世界の運命を、私たちの手で変えることだってできる」


 そう言うとゼルペンティーナはアゼルを見つめた。青い輝きを放つ、その神秘的な瞳で。


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「……」


 アゼルは押し黙った。


「運命を変えられるとはっきり言わないのは私なりの誠意だと思ってちょうだい。私は契約については真摯でありたいのよ」


 確かにその通りだった。契約すれば未来を変えられると明言してしまう方がゼルペンティーナにとっては都合がいいはずだ。

 口からデマカセだっていいのだ。なにしろこいつは、悪魔なのだから、嘘を吐いたって恥じる必要なんてない。

 それをしない理由が誠意だと言われれば、それを信じてしまいそうなほどの真実味がその声と、その神秘的な瞳の輝きにはあった。


(信じて……いいのか?)


 リタの命を救うためなら、自分の命だって差し出せる。

 命の代わりに魂を売れというのならそれでも構わない。アゼルは本気でそう思っていたし、紛れも無く嘘偽りのない本心だった。

 だが、だとしても。


(世界の運命を変える、だって?)


 そんな大それたことが自分にできるとは思えなかった。

 いや、できるわけがない。自分は、ちっぽけな自身のことすら意のままにできないというのに。

 そんな自分に世界の運命を変えることができるだなんて、信じられるわけがない。


「やっぱり駄目だ。僕は……お前を信じられない」


「あら、残念ね。理由を聞いてもいいかしら?」


 特に意外そうでもなくゼルペンティーナは言った。

 或いはこうして断られることもこいつにはわかっていたのだろうか……。

 そう思いつつアゼルは続けた。


「だってお前は、悪魔じゃないか。お前達にとってリタは敵のはずだろ」


 悪魔にとって聖女は自分たちを滅ぼしかねない危険な存在だ。リタが聖女になるのなら、彼女を守ろうとする自分に手を貸すことは理屈に合わない。


「悪魔にとってはリタが死んだ方が都合がいいはずだ」

「なんだ、そんなこと気にしていたの?」


 さもおかしいという風にゼルペンティーナが失笑する。

 アゼルはムっとした。


「そんなことって何だ。悪魔にとって聖女は邪魔者だと言ったのはお前だろ」

「確かに言ったわ。でもだからって、全ての悪魔が聖女を殺したがってるわけじゃないわよ」

「……そうなのか?でも聖女はお前たち悪魔を滅ぼすかもしれないんだぞ」

「別にどうでもいいわよ、そんなこと」


 その投げやりな言い方にアゼルは驚いた。


「どうでもいいって……」

「聖女に同族がいくら殺されようと、私にとってはどうでもいいことよ」

「お前……本気で言ってるのか?」

「あのねアゼル、あんたは悪魔が仲間意識の強い情の厚い連中だとでも思ってるわけ?仲間が人間に殺されたからって仕返しに行くとでも?」

「いや……そうは思わないけど」


 少し考えた後、アゼルは首を横に振った。確かに悪魔というのは、仲間が死んでも薄ら笑いを浮かべていそうな酷薄なイメージがある。なんなら、同族を陥れることだって平気でやりそうだ。

 死んだ仲間の敵討ちをするような、そんな人情味のある悪魔がいるとは思えない。


「そうでしょう?悪魔ってのは基本、自分勝手なのよ。自分がよければそれでいいわけ。もちろんこの私だってそう。自分が契約できるなら、同族がどれだけ死のうが全然構わないわ」

 

 アゼルはそれを聞くと呆れ返った。


「まあ、悪魔らしいと言えば悪魔らしいけど……。リタがお前を退治しようとしたらどうするんだ?」

「その時はあなたが止めてちょうだい。アゼルの言うことならあの子は聞くでしょ」

「それは、まあ……」


 リタはむやみに誰かの命を奪ったりはしない。その対象に悪魔が含まれるかまではわからないが、確かに自分が取り成せばリタは耳を傾けてくれるだろう。

 もっともこいつが本当に邪悪な存在なら、その限りではないが……。


(でも、本当にそうなのか?)


 アゼルはどこか釈然としないものを感じた。

 さっきからもっともらしいことを並べ立てているが、単なる言い訳に聞こえないこともない。


(大体、未来を視るなんてことが本当にできるのか?)


 冷静になって考えると、そもそもその話自体が眉唾だった。

 自分には未来が視えるのだと、ゼルペンティーナは何度も口にしている。因果律だとかいうもっともらしい話だって聞かされた。

 だが思い返してみれば、ゼルペンティーナが実際に未来を言い当てたことなど一度もないではないか。

 本当にこいつに未来を視る力なんてあるのか?


「……なるほど。私が本当に未来を視ることができるか、疑っているのね」


 こちらの内心を見透かされ、ギョッとする。

 アゼルは肝を冷やしたが、なんとか平気な顔を装った。


「そういうことだ。僕はお前の言うことなんかに騙されないぞ」

「いいわ。だったらまた予言を授けてあげる」

「え?」

「すぐに確認できることがいいわね。じゃあ――こういうのはどう?」


 今度は何を言うつもりかと身構えるアゼルに向かい、ゼルペンティーナはゆっくりと告げた。



「明日の朝、この小屋にヴェロニカがやってくるわ。一人でね」



「何だって?」


 およそあり得そうにないことだった。なにしろ今朝、あんな出来事があったばかりなのだ。

 修道院長を尊敬していて、誰よりも戒律には厳しいヴェロニカが昨日の今日でそんなことをするとは思えない。


「ふふ、起こりそうもないことを言い当てた方が説得力あるでしょう?」


 戸惑うアゼルを愉快そうに眺めながらゼルペンティーナは付け加えた。


「そしてアゼル。貴方はその時、()()()()()()()()()()()()()()()()()

「なんだそれ?持って回った言い方はやめて、はっきり言ったらどうなんだ」

「そんなのつまらないわ。安心なさい、その時がくれば確実にわかる」

「……どうせそんなの当たりっこない。ヴェロニカ様が一人でここに来るなんて、ある訳がない」

「そう思っていればいいわ。ああ、明日が楽しみねぇ!」


 その言葉が言い終えられると同時、蝋燭の火がフッと消えた。

 忽ち辺りが暗闇に包まれる。


「く……っ!どこだ!」


 暗闇のなか手探りするアゼルに向かい、ゼルペンティーナの声が届いた。


「よく考えて、そして見極めなさい。自分が何を為すべきなのかを」


 声は次第に遠ざかっていく。相手が去ろうとしている気配に気付き、アゼルは必死に呼びかけた。


「待て、ゼルペンティーナ!」

「どうせすぐ会うことになるわ。おやすみなさい、アゼル」


 ようやく暗闇に目が馴れた時、ゼルペンティーナの姿はもうどこにもなかった。

 月明かりの差し込む小屋の中にいるのはアゼル一人。

 見れば、黄金の燭台は影も形もなくなっている。

 まるで全てが夢だったかのように。

 だが、元よりあんな燭台などどうでもいい。それよりも短剣が手元にあることにアゼルは安堵を覚えた。

 しばらくそれを見つめた後……。


「……」


 アゼルは鞘から短剣を引き抜き、刀身を月の光に晒した。

 よく手入れされた刃が月光を映し、儚げな輝きを帯びる。


「父さん……僕はどうしたらいいんだろう?」


 短い刀身に写り込んだ自分の顔は、ひどく頼りなげに見えた。


「……リタ……」


 恩人である彼女を救うために、自分に何ができるのか。

 暗闇の中、アゼルはいつまでも考え続けた。

 いつも読んで頂きありがとうございます。ここまでが第2章になります。


 明日から第3章となりますが、それに伴いまして今後は感想への返信を控えたいと思っています。というのも、ここから先の登場人物の言動について皆さま色々と思うところが出てくるかと思うのですが、それに対して僕が作者の立場からアレコレ言うのはどうなんだろう?と考えたからです。どうしても言い訳みたいになっちゃうし……。

 そんな訳で今後は返信を控えますが、感想を頂くことはとてもありがたいです。全てに目を通しますので今後も感想を頂けると嬉しいです。


 ちなみに本作は既に最後まで書き終わっております。そのため途中で軌道修正はできませんが、その分エタる可能性も低いと思います。


 ちゃんと最後まで完結させるつもりなので、引き続きよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
契約する事でどうリタを救えるのかが分からんから余計に慎重になっちゃうよね。 上級悪魔すら打ち破れる様な強力な力が手に入るのか。 それともアゼルも未来が視える様になって、何気ない一見するとどうでも良さそ…
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