第34話 『未来視』のセールストーク
「話をするのはいい。だけど何を言われてもお前と契約なんてしないぞ」
「あら、どうして?」
「どうしても何も、お前の目的は僕の体なんだろ。こっちの世界で自由に使える体が欲しくて、僕の体を狙ってるだけなんだろう?」
「ま、概ねその通りね」
「だったらお断りだ。こんな体でも悪魔に盗られるなんてごめんだ」
「でもその代わり、願いが叶うのよ?あなたの願いを叶えるだけの力を、私はアゼルに提供できるわ」
「願いなんて僕にはない」
「本当に?」
「本当だ。……それに、願いが叶ったところで化け物になったら意味がない。魔物みたいになって街で暴れまわるなんて、そんなの御免だ」
「失礼ねぇ。私をそんな下等な連中と一緒にしないでくれる?」
心外そうな口調でゼルペンティーナが抗議してくる。
「どういう意味だ?」
「どうもこうも言葉通りよ。私と契約してくれたなら、街で暴れるような無様な化け物にはならないわ」
「でもマルク様はそう言っていたぞ」
「それは下級悪魔の場合の話。私みたいな高貴な悪魔とは事情が違うのよ」
「……そうなのか?」
「そうよ」
そう言って頷く顔は心なしか誇らしそうだった。
「下級悪魔の大半は知能が低い連中よ。会話が成り立てばまだマシな方で、大抵は欲望や本能のままに暴れたり殺して食うことしか頭にないような連中なの」
蔑むような口調だった。言外に自分は違うと言いたいようだ。
「街に出たっていう悪魔も十中八九そういう手合いでしょうね。いかにも下等なあいつらのやりそうなことだもの」
「ひどい言い草だな。お前の仲間じゃないのか?」
「一緒にしないでと言ったはずよ。私はあんな下賎な連中とは違うの。二度と言わないで」
ゼルペンティーナはぴしゃりと言った。どうやら本気で厭そうなので、アゼルはとりあえず頷いておいた。
(平民と貴族の差みたいなものか?)
悪魔にも身分や階級による差別があるのかと思うと少し複雑な気分だった。
「いい?いま話したように、下級悪魔はちょっとオツムの足りない連中なの。だからあいつらには人間が持つ複雑な思考なんて理解できないの」
「え?だけど悪魔は人間の願いや欲望を叶えるために現れるんだろ?」
マルクの説明ではそうだった筈だ。
「理解できないのにどうやって願いを叶えるんだ?」
「それは簡単よ。複雑な思考を理解できなくても、単純な衝動や本能なら理解できるもの」
「衝動や欲望……」
「ええ。それなら誰でもわかるでしょう?」
納得して頷く。確かにそれなら動物にだってわかるだろう。
「マルクが言っていたように、人間の魂が負の方向に振れる時、魂の門は魔界に繋がるわ。だけど誰かを殺したい……何かが欲しい……或いは単純に『力』が欲しい、なんていう動物的な願望が繋がる先は、大抵が下級悪魔なのよ」
「下級悪魔にはそういう単純な願いしか理解できないから?」
「ええ。ま、魂が繋がるだけあって同レベルってことよ。憑く方も憑かれる方もね。だからろくすっぽ契約の細部を詰めなくても、なあなあでこっちに来れちゃうわけ」
嘆かわしそうに口にされたその言葉をアゼルは繰り返した。
「契約……」
「そう、契約。悪魔にとってもっとも大切なもの」
心なしか改まった口調でゼルペンティーナは言った。
「本来、契約を事前にしっかり取り決めておけば悪魔だってそう簡単に肉体は奪えないの。だけど頭に血が昇った人間にはそんな余裕なんてない。だから下級悪魔に「力をやろうか」って呼びかけられたらハイハイって頷いちゃうわけ。そしたらハイ、それでおしまい」
「おしまいって……」
「悪魔の力を得ていい気になって暴れ回って、気付いた時には身体を盗られてるの。下級悪魔と契約した悪魔憑きの末路なんて、大抵そんなもの。或いはその場で退治されるか、そのどちらかね」
「……」
「うかうかと下級悪魔なんかの誘いに乗るからそうなるのよ。自業自得ね」
「……じゃあ、お前はどうなんだ」
「私?」
「お前は中級悪魔なんだろう。その口振りからすると」
「ま、そんなところね」
さんざん下級悪魔をこき下ろしておきながら、ゼルペンティーナは明言を避けた。
それがなんとなく気に入らない。
(ホントはこいつも下級悪魔なんじゃないか?)
自分を大きく見せるために実際以上の存在だと嘯く。いかにも悪魔の使いそうな手だ。
その手には乗らないぞ、と密かに気を引き締める。
「中級以上の悪魔ならそんなことにはならないわ。というか、できないわ」
「できない?」
「中級以上の悪魔とゲートが繋がる人間はね、多少なりとも頭が回る連中なのよ。人並かそれ以上に理性的だったり良識があったりするから、そう簡単には悪魔と契約しようなんて思わない。面倒なことにね」
当たり前だ、とアゼルは思った。
「とはいえ、だからと言って悪魔の側も簡単に諦めるわけにはいかない。そこで取り引きを持ちかけるわけ」
「取り引き?」
「ええ。契約してくれたら願いを叶える。或いは、願いを叶える力をあげる……ってね。そうして人間の側にメリットを提示することで契約を結んでもらうの」
「お前が今しているみたいにか」
「その通りよ」
おかしそうに悪魔が吹きだす。
「だけどあなたが気にしている通り、せっかく願いが叶ってもすぐに身体を奪われてしまったら意味がないわよね。だったら話は簡単よ。そうなりたくなければ、あらかじめ契約でそう取り決めておけばいいわけ」
「そんなことができるのか?」
「当たり前よ。そうじゃなきゃ公正な取り引きなんて成立しないわ」
「公正ねぇ」
疑わしげに呟く。悪魔の口から出る公正という言葉ほど信用できないものはないだろう。
それはさすがにゼルペンティーナも自覚しているのか、アゼルを見上げながら聞いてきた。
「信用できない?」
「当たり前だろ。契約を結んだところでお前達がそれを守るとは限らないじゃないか」
「安心なさい。それは絶対にないわ」
「絶対に?」
「ええ、絶対よ」
「……どうしてそう言い切れる」
「どうしても何も、不可能だからよ。悪魔は一度結ばれた契約を破ることができないの」
「そんなこと言って信じてもらえると思っているのか?」
「わかってないのね。信じるとか信じないとかいう話じゃない。悪魔にとって契約は絶対なの。それは創造神によって悪魔がそのように造られたから。その制約は私達の存在を構成している原理であり、法則なのよ」
「法則?」
「ええ。その法則に反するということは私たちにとって、自身を成立させている根幹を失うことを意味する。それは自分で自分の存在を否定するのと同じこと。そうなったら私たちは消滅してしまう」
「……それって、自殺と同じってことか?」
「人間の尺度で言えばそうなるわね」
アゼルの答えに満足したのか、ゼルペンティーナが機嫌よく頷く。
「そういう訳だから安心しなさい。悪魔は決して契約を違えない。不安があるなら予め契約をしっかりと吟味しておけばいいわ」
「そんなこと言って、今の話自体が嘘かもしれないじゃないか」
「うたぐり深いのねぇ」
すると今度は嘆息を漏らした。アゼルの頑固さに少し呆れたようだ。
「そんなに疑うなら明日あたり、ヴェロニカに聞きなさいな」
「……どうしてヴェロニカ様なんだ」
「あの子ならこの手の話にも詳しいでしょう?他にあなたが質問できそうな相手もいないでしょうし」
「わかった。そうしよう」
確かに成績優秀とされるヴェロニカが言うなら信用できる。その点、リタやアンジェリカでは少し不安が残るのも事実だ。
今朝の様子からすれば、彼女に聞けば教えてくれそうだ。
……ただ、不安もあった。
(こいつ、どこまでこっちのことを知ってるんだ?)
今朝の出来事までも逐一把握されているようで、なんだか薄気味悪かった。
こんな提案をしてくる以上、契約に関する話は嘘ではないのだろう。……だがそうやって真実を話す一方で、こちらを陥れようと罠を張っている――そんな感じがプンプンする。
「さ、そういう訳だから契約しましょう」
なので、そう切り出してきた相手をアゼルは胡散臭げに見やった。
「契約内容はこうよ。あなたに私の力を使わせてあげる。その力であなたは願いを叶えればいい。私はアゼルの精神か肉体のどちらか……もしくはその両方が死んだ時にあなたの魂と肉体を貰う。それまでは、私はあなたの下僕になってあげる」
「下僕?」
「ええ。あなたが死ぬまで、なんでも言うことを聞いてあげるわ。どう?悪い条件じゃないでしょう」
「……」
確かに悪くない。どころか破格の条件に思えた。
だからこそ、これ以上ないほどうさん臭い。
「断る」
「どうして?こんな良い条件、呑まなきゃバカよ」
「バカでいいよ。何度も言ってるけど、僕には欲しいものなんてないんだ。悪魔に魂を売ってまで叶えたい願いなんて、僕にはない」
「……ふぅん?叶えたい願いはない、ねぇ」
ゼルペンティーナの瞳が、すぅっと細まる。
それを見たアゼルはなんだか落ち着かない気分になった。
「欲しいものなんてない。それはあなたの本心なんでしょうね。……だけど、失いたくないものならあるんじゃない?」
「……何のことだ」
「わかっているくせに。私が言ったこと、まさか忘れた訳じゃないんでしょう?」
悪魔はそう言うと、アゼルが恐れていたことを口にした。
「二日後、リタは命を落とす。悪魔に殺される」
「――――っ!」
「言った筈よ。リタを救いたければ、あなたは私と契約するしかないの」
(その手に乗るか!)
アゼルは首を大きく振った。
「嘘だ。僕は騙されないぞ」
「あら、どうして嘘だなんて言うの?私は嘘なんて吐かないわ」
悪魔が何を言っているんだ、とアゼルは鼻白んだ。
しゃあしゃあとそんなことを言うゼルペンティーナを思いきり睨みつけてやる。
「見神の儀で悪魔の襲撃なんてありっこない」
朝のヴェロニカ達との会話を思い出しながら、相手をやりこめてやろうと息巻く。
「あったとしても返り討ちになる。なにしろ……」
「剣聖メダルドゥスが出席するから?」
ギクリとした。
ゼルペンティーナの顔は何を考えているか読み取り辛い。……だが、アゼルの目には相手がニヤニヤと嗤っているように見えた。
手の内を見透かされているようで不気味だったが、かといってここは退けない。
(呑まれてたまるか。逆に追い返してやるんだ)
そう己を鼓舞し、アゼルは正面から相手に向き合った。
「そうだ。明後日の儀式には剣聖様がいらっしゃる。どんな悪魔だって敵いやしないんだ」
「どうしてそんなことがわかるの?あなたはメダルドゥスに会ったことなんてないでしょうに」
アゼルが勝ち誇るように言えば、せせら笑うようにゼルペンティーナが言い返す。
「今こうして目の前にいる私より、見たこともないメダルドゥスのことを信じるって言うの?」




