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第2話 アゼルとリタ②

 ガラクタだらけの小屋の中、唯一のまともな家具といっていいそれは、リタがアゼルのために調達してきてくれたものだ。


 そのテーブルにパン籠を載せると、リタは目を伏せて言った。


「ごめんなさいね、アゼル」


 心から申し訳なさそうな声で。


「これだけしか食事を持ってきてあげられなくて」


「十分だよ。いつもそう言ってるじゃないか」


「ウソ。いつもお腹ペコペコのくせに」


 そう言うと、リタは脂肪や筋肉といったものがほとんどない、痩せたアゼルの体を見つめた。

 アゼルは気恥ずかしさを覚えた。骨ばった自分の体を見られたくなかったのだ。


(そんな目で見ないでくれ)


 そう口に出したいのをなんとか堪える。


 こんな情けない身体でも、リタは自分を蔑んだりしない。

 それはわかっている。


 それでも、体格のいいマルクと比較されるのは嫌だったし、それで同情されるのも御免だった。


「せめて果物だけでも持ってきてあげられたらいいんだけど……」


 幸い、すぐにリタは視線を外した。気遣わしげな顔のまま、傍らに置かれた木箱の上に腰を降ろす。

 椅子代わりに置かれたその木箱は、この納屋におけるリタの定位置なのだった。


「そんなこと言って、自分の分を持ってきたりしないでくれよ」


 リタの向かいの木箱に自分も腰掛けながら、アゼルは過去に聞いた話を思い出した。


「前にそれでこっぴどく叱られたそうじゃないか」


「もう。そんなこと誰から聞いたの?」


 リタがむくれ顔になるのを見て、アゼルの顔は自然と緩んだ。

 こうして朝の僅かな一時、二人で話すのが彼らの日課となっていた。


 ただし、マルクは会話には加わらない。


「……」


 彼は納屋には入ってこず、いつも開け放した扉に凭(もた)れて話が終わるのを外で待っているのだ。


 それはどうしてなのだろうと、アゼルは内心不思議に思っていた。

 貴族である彼はこんなみすぼらしい小屋に足を踏み入れたくないのだろうか……。


「ちょっとアゼル、聞いてるの?」


 戸口から僅かに覗くマルクの背中を見ていると、リタが不服そうに言った。


「ごめんごめん。なんだっけ」


「私が前に叱られたって話。いくらなんでも果物を残したくらいでそんなにひどく叱られたりしないわ。ちょっと、本当にほんのちょっとだけ、お叱りを受けただけよ」


「だったらいいけど」


 溜息混じりにアゼルは呟いた。


 修道院という所はどこでもそうだが、成員が守るべき厳格な戒律(かいりつ)がある。


 祈りや聖典の学習、日々の労働奉仕といった信仰に関わる事項はもちろん、起床や就寝、入浴や着替えといった日常生活の多岐に渡り、その細部に到るまで厳格に定められているのだ。


 食事についてもむろん例外ではなく、例えば出された食事は全て残さず頂かなくてはならない。


 リタはそれに反し、リンゴを袖に隠して部屋に持ち帰ろうとしたところを見つかってしまったという前科があった。


「でも、もうしないでくれよ。聖女候補様がそんなことで叱られてたんじゃ格好つかないだろう?」


 本人は決して言わないが、自分に食べさせようとしていたのだろうとアゼルは察していた。

 だからこそ、二度としてほしくない。


 リタが自分のせいで叱られるなんて、空腹なんかよりよほど耐えられないことだった。


「わかってるもん」


 拗ねたようにリタが口を尖らせる。


「……それより、アゼルこそまた言ったわ」


「え?」


「私のこと、聖女候補様って言った。そんな呼び方しないでっていつも言ってるのに」


「でも、事実じゃないか」


「それでも嫌なの。他の人がいる時は仕方ないけど、ここではリタって呼んで」


「だけど……」


 チラ、とマルクを横目で見やる。


 もちろん彼にもこの会話は聞こえている。別に聞き耳を立てているなどと疑っているわけではなく、狭い小屋なので自然と耳に入ってしまうのだ。


 というより、アゼルは彼にも聞こえるように常に意識して話している。内緒話をしていると思われたくないからこその配慮だった。


「マルクなら大丈夫よ。ちゃんとわかってくれているもの」


 そんなこちらの気遣いをわかっているのかいないのか、リタが言う。


「あなたが私の大(・)事(・)な(・)お(・)友(・)達(・)だって、ちゃんとね」


「……そっか」


 胸がチクリと痛んだが、顔には出さないように努めた。


「今度から気をつけるよ」


「うん、そうして」


 すると咎めるような表情から一転、リタは柔らかな笑みを浮かべた。


 その優しい微笑みは自分が昔からよく知っている幼馴染のもので、アゼルはつい昔を思い出していた。


 彼女が聖女候補になる、その前のことを。


(あれからもう3年になるのか)


 昨日のことのように思い出す。


 聖女候補になる前。リタはどこにでもいる、ごく普通の女の子だった。


 楽しい時にはコロコロと笑う。道端に咲いている野花を覘きこんでふわりと微笑む。


 川で魚が跳ねると、大きな団栗眼(どんぐりまなこ)をキラキラさせていつまでも眺めている。


 周りに喜んでいる人がいればまるで自分のことのように一緒になって笑い、誰かが哀しんでいる時にはそっと隣に寄り添い、涙を流す。


 とても心根の優しい、どこにでもいそうな普通の女の子。それがアゼルが知っているリタという少女だった。


(大事な友達、か)


 今しがた聞いたばかりの言葉を胸の内で噛み締める。

 自分にとってもそうだった。リタは大事な幼馴染であり、友達だ。


(でも、それだけじゃない)


 アゼルにとっての彼女は決して、それだけの存在ではなかった。



 リタが聖女候補に選ばれるほんの少し前のこと、アゼルは父親を亡くした。


 しがない冒険者だった父は資産と呼べるだけの物をほとんど遺さず、孤児となったアゼルは着の身着のまま住んでいた借家を追い出された。


 亜人であるため孤児院にも入れてもらえず、治安の悪い貧民街を転々とする日々。

 残飯を漁ってなんとか飢えを凌いだが、餓死するのは時間の問題だった。

 

 そんな時だった。修道院に入るために宣霊(せんれい)の儀に臨んだリタが、儀式の最中に神聖なる徴(しるし)を示し、聖女候補として認定されたのは……。


 その報せは忽ちの内に街中を駆け巡り、薄暗い裏路地に潜んでいたアゼルの耳にすら入るほどの騒ぎとなった。


(リタが聖女候補に?)


 その話を聞いた時、自分の置かれていた境遇も忘れ、アゼルは心から喜んだ。大事な幼馴染の善性が神様に認められたと思ったからだ。


 一方で、少し寂しくもあった。これでいよいよ本当に、自分と彼女の住む世界は分かたれてしまい、無関係になってしまったと思ったから。


 人々に崇敬される聖女候補様と、蔑視の対象である亜人の孤児。そうなるのが自然な成り行きというものだろう。

 そもそも、自分がどれだけ生き延びられるかもわからないのだ。


(もう二度とリタには会えないだろうな)


 明日をも知れぬ生活の中、ひもじさに堪えながら、アゼルはそう思っていた。


 ……ところが、そうはならなかった。


 正式に聖女候補となったリタが最初にしたのは、街の孤児院に亜人の子供を受け入れるよう嘆願することだった。


 教会は当初それに難色を示したものの、聖女候補誕生の祝賀ムードに水を差すのを嫌ったのか、存外に早くその要望は受け入れられることとなった。


 そのおかげでアゼルは孤児院に入れてもらうことができ、なんとか命拾いすることができたのだった。


 リタに感謝したことは言うまでもない。


 もっとも――これは後で知ったことだが――それは別にアゼルのためにしてくれたという訳ではなかった。


 それもそのはず。


 なにしろその時点では、アゼルが孤児になっていることをリタは知らなかったのだ。

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― 新着の感想 ―
なんだろ、大事な友達と言いつつ心の奥底ではペットに対する感情だったりするんじゃないかと不安になる対応の仕方…。 自分の家で飼っていた犬を連れて施設に行きたかったのに、中で飼わせてくれない上に食事も満足…
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