第28話 修道院長クラリモンド
「で、ですからそれは、そのぅ……」
しどろもどろのアンジェリカに修道院長が畳み掛ける。
「今さら言うまでもありませんが、我々は修道女です。あなた達も見習いとはいえ、この歴史あるサリーガルテン修道院の一員です。それは異性との接触を断ち、女神イシュターに仕えるため。そうですね?」
「は、はい」
「……はい」
「修道女であるあなた達が異性が寝泊りしている小屋に入るのは相応しい振る舞いですか?」
「いいえ」
「……いえ」
「では答えなさい。どうしてこの小屋に入ったのですか」
「そ、それは……つまり」
「つまり?言ってみなさい、アンジェリカ」
院長がアンジェリカに視線を向ける。アンジェリカは冷や汗を掻きながらも、青い顔の相方のために必死に言い訳を考えているようだった。
「わ、私、ちょっと体調が悪くなっちゃって。それで、小屋で休ませてもらってたんです!」
お、とアゼルは少し感心した。言い訳としてはなかなか良くできた部類なのではないか、と思ったのだ。
演技力が求められはするが、甘い人間ならそれで追求を切り上げてくれるだろう。
しかし問題もあった。
「体調が悪い?とてもそうは見えませんが。それは事実なのですか」
「え、えぇっと、はい……」
そう、アンジェリカはどう見ても体調不良には見えない。
加えて修道院長は、どう考えても甘い人間ではなかった。
「そうですか。では、あなたが小屋で休みたいと言い出したということですね」
「え?」
「体調が悪くなったあなたが、小屋で休ませてくれと彼に申し出た。それでよろしいのですね」
「そ、それは……」
アンジェリカが言葉を濁す。ここで頷いてしまって大丈夫かと迷っているようだ。
次いで院長はヴェロニカをジロリと睨んだ。
「それともヴェロニカ、あなたが言ったのですか?体調の悪いアンジェリカを心配して、小屋で休ませてもらおうと」
「あ、え……。その……」
「埒が明きませんね」
クラリモンドはふう、と溜息を吐いた。
そして初めてアゼルの方に向き直った。
「ではお前に聞きましょう。お前の名前はたしか、アゼルでしたね」
「は、はい」
いきなりこちらに矛先が向いて動悸が激しくなる。
「アゼル。この小屋に入ろうと言い出したのは、アンジェリカですか。それともヴェロニカですか?」
「それは……」
アゼルは逡巡した。いったい何と答えればよいのか。
「答えなさい。庇い立てするならお前にも罰を与えますよ」
クラリモンドの眼が鋭さを増す。見る者を射竦めるほどに。
その視線に晒され、彼女はこの修道院の主なのだと、アゼルは改めて強く認識させられた。この骨と皮ばかりに見える老修道女は、気分次第で自分の処遇など如何様にもできるのだ。
「どうなのですか。答えなさい、アゼル」
アゼルは床に正座している二人をチラ、と見た。
アンジェリカはかなり参っているようだ。「マズイことになったな~」と顔に書いてある。
……まだ余裕がありそうだ。
そんな相方とは対照的に、ヴェロニカは心底参っているようだった。顔色が白く、カタカタと小刻みに震えている。いつもの勝気な彼女と同一人物とは思えないほどに……。
「それは……」
「それは?」
「どちらでもありません。僕が……二人を小屋に招きいれました」
「!」
ヴェロニカがパッと顔を上げる。
言った瞬間後悔した。どうしてこんなことを言ってしまったのだろうと思った。
だが、別人のように小さくなっているヴェロニカの姿を見たとき、気付いたらそう口にしていた。
そして一度口にしてしまった以上、後には引けない。
「……ほう?」
クラリモンドは改めてアゼルの顔を見やった。
「淫らな目的で二人を誘い込んだということですか?」
「そうではありません。アンジェリカ様の体調が優れないようでしたので、休んでいかれたらとお引き止めしました」
アンジェリカの表情がパァァ……と明るくなる。「そうだそうだ」と言わんばかりにうんうんと頷いているが、肝心のクラリモンドの目に入っていないことには気づいていない。
ヴェロニカの顔は硬く強張っており、その心中は推し量れない。
「そうですか」
そして、クラリモンドの胸中も。
「今の言葉に間違いはありませんね」
「はい、修道院長様」
「お前には罰を与えます。不服はありませんね」
「はい」
「では……」
「――待ってください」
そう言ったのはヴェロニカだった。アンジェリカが裾を引っ張っているのにも構わず、というか気付きもせずにその場に立ち上がり、クラリモンドに正面から対峙した。
「彼は嘘を吐いています。この小屋に入ろうと言ったのは私です。彼ではありません」
クラリモンドはそれを聞くと、すっと目を細めた。
「それは本当ですか、ヴェロニカ」
「はい。彼は私を庇っているだけです。罰を受けるべきは私であり、他の二人は関係ありません」
「……」
クラリモンドは無言でふう、と息を吐いた。そして改めて口を開いた。
「その理由は?どうしてこの小屋に立ち入ったのですか」
「それは……」
「それは?」
「……彼と、仲良くなりたかったからです」
「え?」
アゼルは思わず声を上げていた。
意外な言葉だった。緊張したこの場におよそ相応しいとは思えない、子供じみているとすら思える発言。
それが却って真実めいて聞こえたから、アゼルは意外に感じたのだ。
クラリモンドは頬をピクリと震わせた。
「それは男女の仲になりたかったということですか?」
「違います。あくまで一人の人間として、彼と向き合いたかったのです」
「……言っている意味は理解します」
意外にも寛容な言葉を院長は口にした。
「男子禁制とはいっても、実際この修道院には多くの男手が入っています。日常の様々な事業や建物の修繕には在俗の信徒が手を貸してくださいますし、教会騎士団の方々にも警護をお願いしています。そこのアゼルもまた、そうした理由で居住を許している一人です」
院長に一瞥され、アゼルは慌てて頭を下げた。
彼女はそれを無視して続ける。
「そうした方々との接触までも禁じているわけではありませんし、我々のために手を貸してくださる善男善女に礼を以って接することは推奨すべきことではあれ、非難すべきことではありません。ですが……」
院長はそこまで言うと声のトーンを落とした。
「だからといって過度に親密になることは見過ごせません。同年代の男性が一人で寝泊りしている場所に修道女であるあなた達が入ることは、風紀を乱します。実際に何が行われたかではなく、そう疑われること自体が問題なのです。わかりますね、ヴェロニカ」
「はい、院長様」
「あなたには罰を与えます。後で懲罰房に来るように。アンジェリカ、あなたもです」
「うへぇ……」
アンジェリカが情けない声を漏らす。そんな相方をヴェロニカは「まあ仕方ないかな」という顔で見下ろした。
次にクラリモンドはアゼルに向き直った。
「そしてアゼル。お前にも罰を与えねばなりません」
「はい」
「お待ちください。彼は……」
「黙りなさい。私は彼と話をしているのです」
ぴしゃりと言いつけられ、さすがにヴェロニカが口を閉じる。
「この一件、お前に非がないであろうことはわかっていました。お前のことはリタから聞いていましたし、お前の立場では彼女たちの意向に逆らえないことは明らかだからです。そうですね?」
「……はい」
「ですが、それならそれで相応しい振る舞いができたはず。彼女達が小屋に入ったのならお前は外に出るべきでした」
「はい。仰る通りです、院長様」
「口で言うほど簡単なことではないでしょう。ですがそれができなければこの先、お前を置いてやることはできなくなります。今の内に賢い身の処し方を学びなさい。何度も言うようですがここは女子修道院であり、お前は男性なのですから」
「はい」
「では今日と明日、お前は食事抜きです」
厳然と告げる彼女にヴェロニカが取り縋った。
「クラリモンド様。悪いのは私達です。彼は何も……」
「口出しは許しません。これはせめてもの温情なのですよ。お前はわかりますね、アゼル」
「はい。寛大なご措置に感謝します、修道院長様」
クラリモンドはそれを聞くと頷いた。そしてテーブルの上のパン籠を取り上げると、こう付け加えた。
「言った通り、こちらからお前への食事の支給はありません。ですが自分で調達する分には構いません」
「え?」
「話は以上です。行きますよ、二人とも」
「はい」
「は~い……」
踵を返した修道院長の後を、毅然とした顔つきのヴェロニカと、フラフラした足取りのアンジェリカがついていく。
アゼルはただそれを見送った。
すれ違いざま、ヴェロニカがふと視線を寄越した。だが、それが何を意味していたのか、アゼルにはわからなかった。




