第25話 「心配ないよ」とアンジェリカは言った
「……は?やっと喋ったかと思えば、何よその質問?」
ヴェロニカが不可解そうな顔をする。アゼルは慌てて言い直した。
「いえ。儀式は明後日なんですよね。警備はどうなっているのかな、と思いまして」
「見神の儀の警備ですって?なんであんたがそんなこと気にする必要があるのよ」
……ダメだ。ますます不審がらせてしまったみたいだ。
どう取り繕えばよいかと必死に頭を働かせていると、アンジェリカが助け舟を出してくれた。
「まあまあヴェラ。アゼルはきっとリタのことが心配なんだよ」
「ふん、そういうこと?まったく……こいつの頭の中はそればっかね」
ヴェロニカが不愉快そうに呟く。
「あんたなんかが心配しなくても、警備は万全よ。当日は来賓者もお見えになるし」
「そうなのですか?」
「それはそうよ。アンジェのご両親もいらっしゃるのよね?」
「うん。可愛い娘の晴れ舞台だからね~。参列する子の親は大体見に来るんじゃない?」
「アンジェのところは子爵家だし、他にも爵位持ちの家の子がいるわ。当然厳重な警備があるわよ」
「うちの両親、ラッキーだって喜んでたよぉ。もしかしたら聖女様誕生の瞬間が見られるかもって」
「オーステル家は一族そろって呑気者なの?」
ヴェロニカは呆れ混じりの溜息を吐くと、
「でも、いい見世物なのは確かね」
そう言って肩を竦める。アゼルは思わず眉根を寄せた。
「そんな。見世物だなんて」
「ふふん、気に障った?」
そんなアゼルにヴェロニカが挑発的な視線を向ける。
「でも事実よ。聖女が誕生する瞬間なんて、この世の奇跡を目撃するようなものでしょう?お金を払ってでも見たいって人は大勢いるわ」
「それは……そうですけど」
不承不承アゼルは頷いた。本物の聖女はもう千年も現れていないのだ。であれば、何としても目にしたいという人間が多くても不思議はない。
気持ちは理解できるが、愉快ではない。
「では、明後日はたくさんの方々がお見えになるのですか?」
その気持ちを抑えてアゼルは尋ねた。
「数自体はそれほど多くないはずよ。観覧希望者はそれこそ大勢いたでしょうけど、そもそもが厳粛な儀式だもの。一般からは参列者の身内しか観覧を許可されていないわ」
「そうそう。だから私ってば、すごいお手柄なんだよ。私のおかげでうちの親が出席できるわけだからね~」
「はいはい、よかったわね」
おざなりに手を振って相方を黙らせ、ヴェロニカが話題を戻す。
「その代わり、教会関係者はたくさん来るはずよ。中央教会からは使節団が派遣されるし、近隣諸国からも司教クラスの方々が見えられるんじゃないかしら。あんたにはピンと来ないかもしれないけど、権威で言ったら世俗の王侯貴族にも引けを取らない方々よ」
「なるほど……」
アゼルは思案を巡らせた。
世俗権力者である貴族と宗教的権威である聖職者との違いは確かにアゼルにはピンとこない。下層身分である自分にとってはどちらも同じく、雲の上の存在だからだ。
だが、貴族と聖職者の違いで自分にもわかることが一つある。それは、聖職者なら悪魔に対抗できる力を持っているはずだということだ。
アゼルは俄かに希望を感じた。
「そんなお偉い方々が来られるなら、どんな悪魔が襲ってきても大丈夫ですね」
「え……悪魔?」
ヴェロニカはきょとんとした顔をした。
「あんた、そんな心配をしてたの?てっきり賊の心配でもしていると思ってたわ」
「え?」
その反応に、却ってアゼルの方が戸惑いを覚えてしまう。
「見神の儀を悪魔が襲撃したなんて話は聞いたことがないわ。心配しすぎよ」
「でも、今回は聖女候補のリタがいるんですよ。悪魔に狙われてもおかしくないんじゃ……」
「一理あるわね。だけどこれまでだって聖女候補になられた方々は沢山いらしたわ。それでもこの千年、そんなことは一度も起きていない。今回に限ってそれが起きるというのは考え辛いでしょう」
「それは……」
アゼルは押し黙った。相手の言うことがこれ以上ない正論だったからだ。
ヴェロニカの言うことには筋が通っている。普通ならそう考えるのが自然だろう。
だが、一つだけ今までとは違うことがある。それは……。
(過去の聖女候補は結局、聖女になっていないってことだ)
ロザーリア以来、聖女は今まで現れていない。
だから悪魔は襲撃に来なかった。……そう考えることもできる。
だが、もしもリタが本当に聖女に選ばれたら?
そしてそれを、悪魔が予め知っていたとしたら?
(その場合、やっぱり襲撃はあり得る。ゼルペンティーナの言葉を信じるなら、だけど)
だが、それは現状自分だけが知っていることだ。それを知らないヴェロニカにはこの危機感は伝わらない。
やはり話すべきなのだろうか……。
アゼルがそう迷っていると、
「そんなに心配することないよ」
「え?」
いつのまにかアンジェリカが身体を起こし、こちらを見ていた。
「悪魔なんて来ないよ。襲って来ないっていうか、来れないからね」
「どうしてですか?」
「この修道院はね、結界で護られているからだよ」
「……結界?」
初耳だった。リタからもそんな話は聞いたことがない。
「ちょっとアンジェ、その話は」
「アゼルなら大丈夫だよぉ。でしょ?」
「まったく……」
ヴェロニカがブツブツと零し、こちらに顔を向ける。その視線はいつになく鋭い。
「今の話は他言無用よ。私達でも一部の人間しか知らないことなんだから」
「ということは、事実なんですか?」
「ええ。聖堂を中心に結界が張られているの。どんな悪魔も入ってこれないわ」
「聖堂に古代魔導王国の遺産だっていうお宝があるんだよ。これ位のキレイな石なんだけどね、その宝玉が結界の核になってるんだって~」
「あんたホント喋りすぎ!」
お喋りな相方の口を塞ぎながらこちらをジロっと睨む。アゼルは両手を上げて恭順の意思を示した。
「誓って誰にも言いません」
「当然よ」
フン、と鼻を鳴らす。
「とにかくそういうことだから大丈夫よ。別に私だって根拠も無く楽観してるわけじゃないの。この千年間、聖女候補が襲撃されなかったのはその結界に護られていたということもあるのよ」
「なるほど……」
それを聞いてアゼルは得心がいった。
サリーガルテンは5百年前から続く由緒ある修道院だが、純粋な規模でいえば王都などの大都市にある教会と比べれば劣る。そんな場所で、いくらこの街出身とはいえ聖女候補であるリタを置いていて大丈夫なのだろうか、と少し疑問に感じていたのだ。
だが今の話を聞いて納得した。その宝玉とやらがあれば聖女候補の身は安全だということなのだろう。
持ち運びができるということは、どの地に聖女候補が現れてもそこに結界を張ることができる。
そうやってこの千年、聖女候補は悪魔の手から護られてきたのだ。
加えて教会騎士団が修道院を警護しているし、リタには個別の護衛までついている。
これだけ厳重な態勢が敷かれているなら、ヴェロニカが言うようにリタを襲うのは不可能に思える。
やはりゼルペンティーナの言ったことは口からデマカセだったのだろうか……。
(あれ?待てよ)
蛇の姿をした悪魔を思い出し、ふと疑問に思う。
(じゃあ、あいつはどうしてここに入れたんだ?)
アンジェリカの話によればこの修道院は結界で護られている。それなのにゼルペンティーナは確かに昨日、自分の目の前に現れたではないか。
もしかしたら、何らかの抜け道でもあるのでは……。




