第24話 ヴェロニカに相談する?しない?
するとヴェロニカはいつもの意地悪そうな顔になった。
「ところでお茶はまだかしら?」
「え。あの、それは……」
「冗談よ。客人にお茶を出すのはホストの最低限の務めだけれど、ないものを出せとは言わないわよ」
「はぁ」
アゼルは拍子抜けした。てっきり、またいつもの意地悪が始まったかと思ったのだ。
しかしヴェロニカは本当にただ冗談を言っただけのようで、わりと上機嫌で小屋の中を見回している。
と、その視線がふとアゼルに止まった。
「何してるの?あんたも座りなさいよ」
「え?」
「そこの木箱も椅子代わりなんでしょ?早く座りなさい」
「……はい」
どうして彼女が家の主のように振る舞っているのだろう。
そう思いながらも口には出せず、おとなしく腰を下ろした。
なんなんだろうな、と思う。
この時間帯は、いつもならリタと過ごしている時間だ。それがなぜか、今日はこうしてヴェロニカと向かい合っている。
その事実にアゼルは少し面食らっていた。
それに、気になることもある。
(話って何だ?)
また何やら無理難題を言いつけるつもりだろうか、などと身構えていると、ヴェロニカは少し躊躇いがちに口を開いた。
「……あんたさ、昨日大丈夫だった?」
「え?」
思っていたのとはまるで違うことを言われ、反応が遅れる。
ヴェロニカは焦れたように続けた。
「ほら昨日、あんたのこと蹴ったじゃない。だから、大丈夫だったのかって聞いてるのよ」
「……ああ!」
そこまで言われてアゼルはようやく思い当たった。そういえばそんなこともあった。
その後で起きたことがあまりに衝撃的だったので、すっかり忘れていたのだ。
「大丈夫ですよ、あれぐらい」
「そう?けっこう思い切り蹴っちゃった気がするけど……。あんた、穴に落ちてたし」
「あれくらい何ともありませんよ」
「……思ったより頑丈なのね。ふん、心配して損したわ」
ヴェロニカがぷいっと横を向く。
(心配してくれてたのか?)
意外だった。自分が怪我しようが、この少女は一切気に掛けないだろうと思っていた。
(そこまで悪い子じゃない……のかな)
ケガさせたんじゃないかと気にしていたのだと思うと、悪い気はしない。
さっきも少し感じたが、彼女は根っからの悪人ではないのかもしれない。
その時、ふと彼女に相談してみようかと思った。
もちろんゼルペンティーナのことを、である。
(この子、たしか成績が抜群にいいんだよな)
リタの話では神学の試験でいつも満点か、それに近い成績を取っているのだという。
というか、本人もいつも自慢している。
であれば悪魔のことについても詳しいはずだ。
なにか助言をしてもらえるかもしれない。見習いとはいえ彼女は修道女なのだ。迷える信徒の相談に乗るのが勤めなのだから。
(だけど……)
「?何よ、人の顔をジッと見て」
「いえ。……ヴェロニカ様、お時間はよろしいのですか?」
戸口から外を見ながらアゼルは言った。空が少し明るくなってきている。
「そろそろ出ないと遅れてしまうのでは」
「ああ、朝のご祈祷のこと?今日はいいのよ」
「え?」
「明後日の見神の儀に向けて、リタの潔斎をするために聖堂を使用してるの。だから私たちはそれぞれ自分の部屋でお祈りをすればいいってわけ」
それでのんびり腰を落ち着けているのか、と納得する。
(それなら話をする時間はあるわけだ)
さっき二人が口にしていた話というのは昨日の一件についてだろう。ということは、こちらの話題を出しても支障はないはずだ。
問題は、悪魔の話をしても大丈夫かどうかだが……。
「まったく……。アンジェだって明後日の儀式には参列するっていうのに」
そんなアゼルの胸中も知らず、ヴェロニカは不満そうにぼやいている。
「他の子のことはほったらかしであの子だけ特別扱いしてるのよ。こんなの不公平だわ。いくら聖女候補だからって、こんなのおかしいと思わない?」
「はぁ」
さすがに頷く気になれず、生返事をする。
「……ふん。あんたに言ったって頷くわけないわよね」
煮えきらない態度が気に入らないのか、ヴェロニカは面白くもなさそうにテーブルに頬杖をついた。
そして寝台の方を振り返る。
「アンジェ、起きてる?」
「寝てるよぉ」
「起きてんじゃないの。……ま、いいわ。あんたも不公平だと思うでしょ?」
「ん~、正直どうでもいいかなぁ。私は家のしきたりで放り込まれただけだしぃ……」
本当に心底どうでもよさそうな、そして眠そうな声が寝台の方から返って来た。半分眠りながらも話は聞こえていたらしい。
「私は将来、いいとこに嫁いで悠々自適に暮らせればそれでいいの。ヴェラみたいな向上心とか上昇志向とか、そういうの全然ないからねぇ」
上流階級の中には子女を一時的に修道院に預けるしきたりが一部にある。子供の教育のために規律正しい生活と清貧な暮らしを体験させる、行儀見習いと呼ばれる制度だった。
ここサリーガルテン修道院はこの辺りでは歴史が古く、また格式が高いので、このアンジェリカのように近隣からそういう目的で送られてきた上流階級の少女が多かった。
貴族でこそないが、リタも元々はその一人としてここにやって来たのだ。
まさかそんな行儀見習いの子供が聖女候補に選ばれるとは、関係者の誰もが思ってはいなかったろうが……。
その一方で。
「私は叱られない程度に無難にやりすごせればそれでいい……」
「ま、あんたはそういう奴よね。わかってたけど」
聖女候補であるリタは例外としても、ここにはそれぞれ立場や動機が異なる様々な少女が在籍している。
例えばこの二人。目に見えてやる気のないアンジェリカに、優等生で向上心の強いヴェロニカ。同じく貴族の家の生まれでも、性格も意欲も生活態度もまるで異なる二人組。
この一見正反対に見える二人の仲がよさそうなことがアゼルには意外だった。ヴェロニカは相方の態度に呆れこそすれ、苛立ってはいないようだ。二人は同室ということだが、まさかそれだけが理由ではないだろう。
(そういえば)
リタが言っていた。ヴェロニカはああ見えて面倒見がいいし、アンジェリカには鋭いところがある、と。
それを聞いた時は正直まるでピンとこなかった。むしろリタには人を見る目がないなと呆れたものだが……意外とリタの方が正しかったのかもしれない。
やはり相談してみようか、とアゼルは思った。
「ん?何よ、人の顔をジッと見て」
「いえ。……実は、相談したいことがあって」
ヴェロニカは少し驚いた顔をした。
「……相談?あんたが、私に?」
「あ、いえ。相談というか、聞きたいことというか……」
「どっちでもいいわ。おもしろそうじゃない。いいわ、言ってみなさいよ」
ヴェロニカが身を乗りだしてくる。突っ撥ねられるかと思いきや、意外にも乗り気らしい。
この様子なら相談に乗ってくれるかもしれない。
「実は……」
そう思ってアゼルが口を開きかけた時……
『私のことは絶対誰にも言わないこと。でないと痛い目に遭うだけよ』
――ゼルペンティーナの『忠告』が、ふと頭を過ぎった。
「ちょっと、どうしたのよ?」
急に口をつぐんだアゼルにヴェロニカが怪訝そうな目を向ける。
「……いえ」
アゼルは曖昧に口をモゴモゴと動かした。ヴェロニカが眉根を寄せ、そんなアゼルに不審の目を向ける。
悔しいがゼルペンティーナの忠告は正しい。悪魔を見た、さらに誘惑されたということは即ち悪魔憑きになりかけているということだ。
そんなことが修道院にバレたら言い訳も聞かずに追い出されてしまうに決まっている。
(それじゃ駄目だ)
自分が路頭に迷うだけの話ではない。それではリタを守ることができない。
悪魔から話を聞いたということは、信用できる人間にしか打ち明けるべきではないのだ。
「……ちょっと、ホントに何なの?聞きたいことがあるならさっさと言いなさいよ」
ヴェロニカはそろそろ苛々してきているようだ。
それを見ながら考えを巡らせる。彼女には事情を話すことはできない。
だが、それでも何かできることはあるはずだ。事情を明かさずに手がかりを得る方法が。
そう、例えば……。
「儀式には、騎士団の方々はいらっしゃるのでしょうか」




