第21話 『未来視』の予言②
「逆よ。聖女になるから、リタは死ぬのよ」
「え……?」
「ねぇアゼル。どうして人類が聖女の誕生を待ち侘びているのか、貴方も知っているでしょう?」
「あ、ああ」
人々が次代の聖女の誕生を心待ちにしている理由。それは、千年前に死んだ先代の聖女が今際の際に残した言葉だった。
「先代聖女ロザーリアは最期にこう予言した。『次代に現れる聖女は地上に平穏をもたらすだろう』と」
その話はもちろんアゼルも知っていた。
いや、知らない者などいないだろう。
人々は常に悪魔の脅威に晒されている。なにしろ悪魔は人間に化けることができる。街中のどこに潜んでいてもおかしくない。いや……いま隣にいる人間が突然、何かのきっかけで悪魔にとり憑かれることだってあり得る。
そんな可能性は僅かだとわかっていても、人々の脳裏には常にそんな不安がこびりついていた。
この千年の間に、二つの大陸が悪魔の手に落ちている。そのいずれにおいても、その地の住人のだれかが高位の悪魔の依り代となったことが破滅の発端となったのだ。
だとすれば、いつ何時それがこの地で起きないとも限らない。誰もがそんな不安を抱える中、王権も教会も根本的な対策を打てないでいる。
先代聖女が遺した予言は、そんな人々にとっての唯一の希望だった。彼女の遺言は、次代の聖女が地上に蔓延る悪魔を一掃して人類に平穏をもたらすと解釈され、そう信じられているのだ。
「でも、それがなんだって言うんだ」
「わからない?つまり聖女というのは人間にとって、悪魔に対抗できる唯一の存在ってことよね」
「……ああ」
「じゃあ悪魔にとっての聖女ってどういう存在だと思う?」
「あ……!」
アゼルは絶句した。
そうだ。どうして今までそんな簡単なことに気が付かなかったんだ?
聖女は全ての悪魔を滅ぼす人類の希望。ならば悪魔にとっての聖女とは、自分たちを脅かす憎むべき仇敵に他ならないのだ。
初めてそうと気づいたアゼルの顔からサーッと血の気が引いた。
「ようやくわかったようね」
「リタが死ぬって。つまり……悪魔に殺されるってことなのか?」
「そうよ。リタが聖女になった直後、儀式の場に悪魔が現れる。聖女になったあの子を殺すためにね」
にわかに蒼白になったアゼルを見て、ゼルペンティーナは満足げに哂った。
「聖女を始末すれば大手柄だもの。名を上げてやろうって奴はいくらでもいるわ」
「で、でも聖女は全ての悪魔を倒せるぐらい凄い存在なんだろ?だったらリタを殺すことなんて……」
「一人前に成長すればそうでしょうね。でも、いきなり聖女の力を使いこなすなんて不可能よ」
僅かな希望に縋ろうとしたアゼルを、ゼルペンティーナが軽く一蹴する。
「リタが未熟である内に殺してやろう。悪魔なら皆そう考えるでしょうね」
「そんな……」
すげなく告げられた言葉にアゼルは絶望し、肩を落とした。
「ま、私には関係のない話だけどね」
その気楽な口調にアゼルはカッとした。
「何が関係ないだ。お前だって悪魔じゃないか。ならお前にとってもリタは敵なんだろう」
「私?」
「そうか、本当はお前がリタの命を狙ってるんだな!」
「私はあんな小娘に興味ないわよ」
食って掛かるアゼルを冷然と見返し、ゼルペンティーナはつまらなそうに言った。
アゼルはその言葉を信じる気にはなれなかった。
「嘘だ。だったらどうしてお前にそんなことがわかるんだ?お前か、お前の仲間がリタを殺そうとしているからだろう!」
「だから違うってば。私に仲間なんていないしね」
「本当のことを言え!」
ムキになって相手ににじり寄る。
しかしアゼルに詰め寄られてもゼルペンティーナは些かも動じた様子を見せなかった。
ただ平然と見返してくるだけの相手に、却って当惑したのはアゼルの方だった。
「信じないならそれでもいいわ。私には関係がない話だもの」
口を噤んだアゼルに向かい、ゼルペンティーナが口を開く。突き放すようなその言葉になんと返していいかわからない。
「さて、お話はこんなところね。なかなか楽しかったわよ、アゼル」
「ま、待て!」
相手が立ち去ろうとする気配を感じ、アゼルは慌てて呼び止めた。こんなことを聞かされて、このまま行かせることなどできない。
だが、気付けば辺りはすっかり闇に包まれていた。
咄嗟に呼び止めてたはみたものの、肝心のゼルペンティーナの姿もよく見えない。
それでも、まだ相手がそこに潜んでいるであろう暗がりに向かって、アゼルは必死に呼びかけた。
「お前は3つ教えてくれると言ったろう。最後の一つを、僕はまだ聞いていないぞ!」
「ああ、そうだったわね」
はたして悪魔はまだ立ち去ってはいなかったらしい。とぼけたようなゼルペンティーナの声が返ってきた。
「最後の話は、私のことよ。私の二つ名を教えてあげる」
「二つ名だって?」
そんなものを聞いても何にもならない。落胆するアゼルにゼルペンティーナは告げた。
「三つ目。私の二つ名は『未来視』。『未来視のゼルペンティーナ』よ」
「未来視……?」
耳馴染みのない言葉だった。
鸚鵡返しに繰り返すと、相手は頷いたようだった。
「ええ、それが私の能力。私は未来に起こることを視ることができる」
「!」
「リタの未来を知っているのはそれが理由よ。じゃあね、アゼル」
暗闇の中で何かが動いた。次いで、藪が揺れるガサガサという音。
また呼び止めようとした時、その音がピタッと止まった。
「最後に一つ忠告しておくわ。私のことは決して誰にも言わないこと」
「なんだって?」
「でないと痛い目に遭うだけよ。いいわね、アゼル」
「待て――ゼルペンティーナ!」
ニワトコの根元の暗闇に向けて呼びかける。……だが今度こそ本当に、答える声は返ってこない。
蛇の姿をした変わり者の悪魔の気配はもう、どこにもなかった。




