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アゼルとゼラ(或いはリタ)  作者: 塵野オコ
第一章 三日前
21/103

第20話 笑う蛇。あるいは『未来視』の予言①

 「……」


 ゼルペンティーナはそれを聞くと口をあんぐりと開けた。何度も何度も眼をぱちくりさせてアゼルを見た。


 「ふ……ふふ。ふふふ」


 そして何を思ったのか、愉快そうに大笑いを始めた。


 「あはははははは!あっははっは!」


 アゼルは呆気にとられた。大笑いするヘビというものを産まれて初めて見たからだ。

 それは何とも珍妙な光景だった。


 「あははは!ああ、おかしい!貴方ってとってもお莫迦さんなのねぇ!自分の幸福より、他人の幸福を優先するだなんて!」

 「……そんなにおかしいかよ」


 ふて腐れたようにアゼルは言った。

 それがまたおかしかったのか、ゼルペンティーナはさらに笑い転げる。


 「おかしいわよ!誰だって自分のために生きるものでしょう?他人を傷つけようと踏みつけにしようと、自分の利益を最優先にするのが賢い生き方ってものじゃない。それは人も悪魔も変わらないはずよ!」


 ゼルペンティーナはよほど愉快だったのか、細長い蛇体をウネウネとくねらせながら笑っている。


 「それなのに貴方ときたら、自分の幸福よりもリタの幸福の方が大事だって言うのね。なんてお莫迦さんなんでしょう!」

 「うるさいな。ほっといてくれ」


 あまりにゲラゲラ笑うので、アゼルは少し頬が熱くなるのを感じた。

 同時に、「なんだかこいつは変な奴だ」と思った。

 悪魔のくせにこんなに笑い転げるなんて、妙な奴だ。

 (僕のことをおかしいって言うけど、自分だっておかしな奴じゃないか)

 ついそんな風に思ってしまった。


 「ああ、笑った笑った。こんなに笑ったのは久しぶりだわ」


 やがて、ひとしきり笑って気が済んだのか。ようやく笑い終えたゼルペンティーナがそう言った。


 「なかなか面白い見世物だったわ」

 「見世物のつもりなんてない」


 アゼルが憮然とすると、奇妙な悪魔はまた含み笑いを洩らした。


 「まあそう言わないの。たっぷり笑わせてもらったお礼にいいことを教えてあげるわ」

 「いいこと?」

 「ええ」


 ゼルペンティーナは一つ頷くと、スッと気配を改めた。そして 


 「リタと貴方の未来に関わることを、3つ教えてあげる」


 先ほどまでとは打って変わった静かな口調で、そう告げた。

 さっきまで笑い転げていた姿がウソのように。

 それを見たアゼルは思い出した。最初にこの悪魔を目にした時、相手をとても美しいと感じたことを……。

 今のゼルペンティーナはその最初の印象と同じ、神秘的な雰囲気を再び纏っている。

 気付けばアゼルも自然と姿勢を正していた。


 「何を教えてくれるって言うんだ?」


 用心しつつ訊ねる。

 もちろん、頭から信じるつもりはない。なにしろ悪魔の言うことだ。

 本来なら無視するべきなのだろう。だが、リタに関わることなら聞かないわけにはいかなかった。


 ――いつのまにか、辺りはすっかり薄暗くなっていた。西の空には日がちょうど没しかけていて、血の色のような赤い残照が僅かに地平線から覘いている。

 今は夕映えに照らされてオレンジ色に染まる雲も、太陽が完全に地の底に沈めば、まもなくその色を失うだろう。

 昼の間は晴れ渡った空を背に、青々とした緑の葉を茂らせていたニワトコも、今は妖しい紫色の空を背負った不気味な影法師にしか見えない……。

 アゼルはなんとなく不安を覚えた。

 この不吉な情景の中、悪魔と向かい合っているのだという事実を改めて意識する。

 固唾を呑んで見守る中、ニワトコの根元に(わだかま)るこれもちっぽけな影法師――悪魔ゼルペンティーナが、ゆっくりとその口を開いていった。

 彼女はまず、こう言った。

 

 「一つ目。3日後、リタは聖女となる」


 「えっ」


 アゼルはそれを聞くと思わず声を挙げた。


 「それって、つまり……」

 「候補ではなく、本物の聖女になるということよ」

 「ほ、本当に?」

 「ええ。3日後に行われる見神(けんしん)の儀で、リタは熾天使アスタルテーを召喚する」


 既に確定された事実を口にするように、ゼルペンティーナははっきりとそう断言した。


 「それはあの子が真の聖女であることを意味する」

 「そうなのか。リタが……」


 半ば呆然としながら呟いた。

 喜んでいるのかそうでないのか、自分でもよくわからなかった。悪魔の言葉だからと、疑ってかかることすら忘れていた。


 (どうして僕はそれを喜べないんだろう)


 リタの幸福を望むと言いながら、彼女の成功を素直に喜べない。そんな自分に戸惑う。


 「ちょっとアゼル。聞いてるの?」

 「え?」

 「今のが一つ目の話。続いて二つ目の話よ」

 「あ、ああ」


 内省に向かおうとするところを現実に引き戻される。

 (……あれ?)

 その時、ふと疑問を感じた。

 (なんでこいつ、そんなこと……)

 アゼルがそれを口に出すより先に、ゼルペンティーナが続きを口にした。

 

 「二つ目。聖女となった直後、リタは命を落とす」

 

 「――は?」


 それを聞いた瞬間、考えていたことはどこかに吹き飛んだ。

 理解できなかった。

 リタが命を落とす?

 それは……死ぬということか?


 「そうよ、アゼル。()()()()()()


 心を読んだようにゼルペンティーナは言った。

 驚くアゼルの反応を愉しむように眺め、もう一度口を開く。


 「()()()()()()


 残酷な現実を念入りにアゼルの脳に擦り込むように、悪魔はそう繰り返した。


 「このままではね」

 「そんな……。お前、なんてことを言うんだ!」

 「だって事実だもの。仕方ないじゃない」


 悪びれずに悪魔は言った。


 「それがこの先に起こる、確定した未来なのよ」

 「そんな筈ない。リタが死ぬなんて。大体……お前はさっき、リタが本物の聖女になるって言ったじゃないか」 

 「ええ」

 「聖女になるリタが、どうして死ぬんだ!」


 「逆よ。()()()()()()()()()()()()()()


 

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