第20話 笑う蛇。あるいは『未来視』の予言①
「……」
ゼルペンティーナはそれを聞くと口をあんぐりと開けた。何度も何度も眼をぱちくりさせてアゼルを見た。
「ふ……ふふ。ふふふ」
そして何を思ったのか、愉快そうに大笑いを始めた。
「あはははははは!あっははっは!」
アゼルは呆気にとられた。大笑いするヘビというものを産まれて初めて見たからだ。
それは何とも珍妙な光景だった。
「あははは!ああ、おかしい!貴方ってとってもお莫迦さんなのねぇ!自分の幸福より、他人の幸福を優先するだなんて!」
「……そんなにおかしいかよ」
ふて腐れたようにアゼルは言った。
それがまたおかしかったのか、ゼルペンティーナはさらに笑い転げる。
「おかしいわよ!誰だって自分のために生きるものでしょう?他人を傷つけようと踏みつけにしようと、自分の利益を最優先にするのが賢い生き方ってものじゃない。それは人も悪魔も変わらないはずよ!」
ゼルペンティーナはよほど愉快だったのか、細長い蛇体をウネウネとくねらせながら笑っている。
「それなのに貴方ときたら、自分の幸福よりもリタの幸福の方が大事だって言うのね。なんてお莫迦さんなんでしょう!」
「うるさいな。ほっといてくれ」
あまりにゲラゲラ笑うので、アゼルは少し頬が熱くなるのを感じた。
同時に、「なんだかこいつは変な奴だ」と思った。
悪魔のくせにこんなに笑い転げるなんて、妙な奴だ。
(僕のことをおかしいって言うけど、自分だっておかしな奴じゃないか)
ついそんな風に思ってしまった。
「ああ、笑った笑った。こんなに笑ったのは久しぶりだわ」
やがて、ひとしきり笑って気が済んだのか。ようやく笑い終えたゼルペンティーナがそう言った。
「なかなか面白い見世物だったわ」
「見世物のつもりなんてない」
アゼルが憮然とすると、奇妙な悪魔はまた含み笑いを洩らした。
「まあそう言わないの。たっぷり笑わせてもらったお礼にいいことを教えてあげるわ」
「いいこと?」
「ええ」
ゼルペンティーナは一つ頷くと、スッと気配を改めた。そして
「リタと貴方の未来に関わることを、3つ教えてあげる」
先ほどまでとは打って変わった静かな口調で、そう告げた。
さっきまで笑い転げていた姿がウソのように。
それを見たアゼルは思い出した。最初にこの悪魔を目にした時、相手をとても美しいと感じたことを……。
今のゼルペンティーナはその最初の印象と同じ、神秘的な雰囲気を再び纏っている。
気付けばアゼルも自然と姿勢を正していた。
「何を教えてくれるって言うんだ?」
用心しつつ訊ねる。
もちろん、頭から信じるつもりはない。なにしろ悪魔の言うことだ。
本来なら無視するべきなのだろう。だが、リタに関わることなら聞かないわけにはいかなかった。
――いつのまにか、辺りはすっかり薄暗くなっていた。西の空には日がちょうど没しかけていて、血の色のような赤い残照が僅かに地平線から覘いている。
今は夕映えに照らされてオレンジ色に染まる雲も、太陽が完全に地の底に沈めば、まもなくその色を失うだろう。
昼の間は晴れ渡った空を背に、青々とした緑の葉を茂らせていたニワトコも、今は妖しい紫色の空を背負った不気味な影法師にしか見えない……。
アゼルはなんとなく不安を覚えた。
この不吉な情景の中、悪魔と向かい合っているのだという事実を改めて意識する。
固唾を呑んで見守る中、ニワトコの根元に蟠るこれもちっぽけな影法師――悪魔ゼルペンティーナが、ゆっくりとその口を開いていった。
彼女はまず、こう言った。
「一つ目。3日後、リタは聖女となる」
「えっ」
アゼルはそれを聞くと思わず声を挙げた。
「それって、つまり……」
「候補ではなく、本物の聖女になるということよ」
「ほ、本当に?」
「ええ。3日後に行われる見神の儀で、リタは熾天使アスタルテーを召喚する」
既に確定された事実を口にするように、ゼルペンティーナははっきりとそう断言した。
「それはあの子が真の聖女であることを意味する」
「そうなのか。リタが……」
半ば呆然としながら呟いた。
喜んでいるのかそうでないのか、自分でもよくわからなかった。悪魔の言葉だからと、疑ってかかることすら忘れていた。
(どうして僕はそれを喜べないんだろう)
リタの幸福を望むと言いながら、彼女の成功を素直に喜べない。そんな自分に戸惑う。
「ちょっとアゼル。聞いてるの?」
「え?」
「今のが一つ目の話。続いて二つ目の話よ」
「あ、ああ」
内省に向かおうとするところを現実に引き戻される。
(……あれ?)
その時、ふと疑問を感じた。
(なんでこいつ、そんなこと……)
アゼルがそれを口に出すより先に、ゼルペンティーナが続きを口にした。
「二つ目。聖女となった直後、リタは命を落とす」
「――は?」
それを聞いた瞬間、考えていたことはどこかに吹き飛んだ。
理解できなかった。
リタが命を落とす?
それは……死ぬということか?
「そうよ、アゼル。リタは死ぬわ」
心を読んだようにゼルペンティーナは言った。
驚くアゼルの反応を愉しむように眺め、もう一度口を開く。
「リタは、死ぬわ」
残酷な現実を念入りにアゼルの脳に擦り込むように、悪魔はそう繰り返した。
「このままではね」
「そんな……。お前、なんてことを言うんだ!」
「だって事実だもの。仕方ないじゃない」
悪びれずに悪魔は言った。
「それがこの先に起こる、確定した未来なのよ」
「そんな筈ない。リタが死ぬなんて。大体……お前はさっき、リタが本物の聖女になるって言ったじゃないか」
「ええ」
「聖女になるリタが、どうして死ぬんだ!」
「逆よ。聖女になるから、リタは死ぬのよ」




