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アゼルとゼラ(或いはリタ)  作者: 塵野オコ
第一章 三日前
16/23

第15話 ヴェロニカ様のお仕置き


 「ねぇねぇ、どんな感じ?やっぱり犬っぽい感触?それとも猫っぽい?」

 

 「え?そんなこと言われてもわからないわよ。私、どっちも触ったことないし」


 「え~、そうなの?じゃあ私もぉ」


 「……え」


 止める間もなかった。もう片方の耳もアンジェリカに掴まれてしまう。


 「わ、ホントにフワフワだぁ。ふしぎ~っ」


 アンジェリカの指がワシワシと耳を這い回る。こちらはわりと無遠慮な手付きで。

 そんなアンジェリカをヴェロニカが横目で睨んだ。


 「アンジェリカ……」

 「え、なぁに?ヴェラのマネしただけだけど」

 「……」

 「私だって興味あるもん。いいでしょ?」

 「……ふん。好きにしたら」


 (勝手に許可を出さないでくれ)


 そう言いたかったが、アゼルにはむろん口を挟むことなどできない。

 二人の少女は初めて触れる亜人の耳に興味深々だった。


 「ねぇねぇ。アゼルって何系の亜人なんだっけ?」

 「……パンテラ属です」

 「パンテラ?聞いたことないわね。アンジェ知ってる?」


 「(ひょう)のことだよ。南の大陸に生息する、デッカい猫」


 「ああ、豹なら知ってるわ。にしてもあんた、相変わらず妙なことにだけくわしいわね」

 「そんな褒めないでよ~」

 「褒めてないわよ」


 二人の少女はそんな会話を交わしながらアゼルの耳を観察している。

 当然ながらその間、アゼルはずっと腰を屈めて下を向いていなければならない。

 こんな近い距離で彼女たちと目を合わせるのは気まずいので、それ自体は別にいい。


 だが、困ったことがあった。

 下を向いていると、ちょうど彼女たちの胸元が目に入ってしまうのだ。

 二人の修道服の胸の辺りが少し膨らんでいることに気付いたアゼルは、密かに顔を赤らめた。

 そしてそっと目を逸らした。


 「でも確かに、触ってみるとはっきりわかるねぇ。この耳の感触は、やっぱり猫だよ」


 一方、目のやりどころに困るアゼルに気付かず、二人はお喋りに興じている。


 「そうなの?何が違うのよ」

 「耳の先を触ってみて。薄くなってるでしょ?」

 「……ほんとだ。かなり薄いわね」


 ふにふに。


 「猫の耳って薄いんだよ。犬の耳はもうちょっと分厚くてしっかりしてる感じ」

 「へぇ……。それも図鑑か何かで読んだわけ?」

 「うちで飼ってたんだよぉ。猫も犬も両方ね。うちの親、動物好きだからさぁ」

 「そうなんだ。うちは……犬は飼ってたけど、触らせてもらえなかったわ。猟犬だからって」

 「パウルマン家はお固そうだもんねぇ」

 「オーステル家が緩すぎるだけって説があるわよ。特に娘がね」


 「……」


 この間ずっと、アゼルは二人の為すがままになっていた。

 なにしろ口を挟む権利がない。

 もっとも、仮に彼女達が貴族でなかったとしても何も言うことはできなかったろう。お喋りに興じる少女達に割って入れるほど口達者であれば苦労はない。


 なんとも居たたまれない時間だった。なんというか、不快でも苦痛でもないから余計にタチが悪かった。

 どちらかと言うと、気恥ずかしい。

 屈辱的な扱いを受けているというのに、それをイヤだと感じていないことがなんとなく後ろめたい。……ような気がする。

 こんな所をリタに見られたらと思うと、なぜか肝が冷えた。


 (いつもみたいに虐められた方がマシかも……)


 ついそんなことさえ考えてしまう。


 「それにしても、ホントに耳の先が薄いのね」


 ヴェロニカが感心したように言った。


 「ねえ、これちゃんと神経通ってる?感覚はあるのよね?」

 「は……はい」


 感覚はある。むしろ、ありすぎるほどに。

 耳の先は特に敏感なので、さっきからずっとくすぐったいのを堪えている。


 「ふーん……亜人の体って、不思議ね」


 スリスリとヴェロニカが指の腹で撫でる。

 アゼルは思わず耳をピクンと動かしてしまった。


 「こら、動かさないでよ」


 「すみません」


 「もしかして痛かった?」


 「いえ……そういう訳では」


 「ならジっとしてなさい」


 「……はい」


 ヴェロニカの指が飽きもせずにアゼルの耳をいじる。

 普段の言動からは考えられないほどにその手付きは優しい。

 それに、なんだか楽しそうだ。

 彼女のこんな機嫌のよさそうな顔は久しぶりに見た気がする。


 (いつもこうならいいのに)


 ふとそう思う。


 (そしたら、もっと……)


 「ねえアゼル」


 「え?あ、はい」


 物思いに沈みかけていたので、反応が遅れる。

 特に気にする様子もなくヴェロニカは続けた。


 「あんたって耳しかないわよね。尻尾はないの?」

 「尻尾はありません。僕は混血なので」

 「ふーん……。そうなんだ」


 アゼルは少し身構えた。また何か嫌味を言われると思ったのだ。

 しかしそうではなかった。

 ヴェロニカは、こう言ったのだ。


 「残念ね」


 「え?」


 思っていたのと違う反応に少し戸惑う。

 嫌味という風ではなく、今の口ぶりは本当に残念そうに聞こえたのだ。

 だから気になって尋ねてみた。


 「何が残念なんですか?」


 「だって、触ってみたかったんだもの」


 「……え?」


 「どうせなら触ってみたかったわ、あんたの尻尾」


 「……」


 アゼルは言葉を失った。

 つい想像してしまったのだ。

 自分に尻尾があって、それを彼女に撫でられている姿を……。

 すると、今までの比ではないほど落ち着かない気分になった。

 理由はわからない。

 よくわからないが……非常に落ち着かない。

 自分には尻尾などないというのに、なんだか腰の辺りがムズムズと(うず)いた。


 「ねえヴェラ」


 するとアンジェリカが言った。


 「なんかそれ、やらしくない?」


 「……は?」


 ヴェロニカはきょとんと顔を上げた。

 本当に、何を言われているのかまったくわからないという顔だった。


 「え、なに?何のこと?……あんた、何言ってるの?」


 「ん~、わかんないかなぁ?だからぁ……」


 アンジェリカはヴェロニカの耳元に口を寄せると、アゼルにもよく聞こえるように《《はっきりと》》言った。


 「それってなんかぁ、『エッチ』だねってことっ!」


 「……なっ!?」

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