第14話 ヴェロニカとアンジェリカ②
アンジェリカには気付かれている?
「はぁ?マルク様がそんなの持ってるわけないじゃない。剣と見間違えたんじゃない?」
対してヴェロニカはまるで気づいていない。アンジェリカの言うことを信じていないようだ。
「隠れて鍛錬をしておられたのよ、きっと。勤勉なお方だもの」
「うーん、どうかなぁ?でも言われてみるとそうかも。確かにアレは剣だったよ、うん」
そう言いながらアンジェリカは、横目でアゼルを見ていた。
ヴェロニカではなく、アゼルを……。
「ねぇ、アゼルはどう思う?」
「は……はい。もちろん、剣だったと思います」
「だよねぇ」
アンジェリカが愉しそうに笑う。
その笑顔を見てアゼルはまた冷や汗を掻いた。
彼女はやはり気付いている。さっきまでここにマルクがいたことも、墓穴堀りを手伝ってくれたことも。
それでいて、そのことをヴェロニカに告げる気はないようだ。
(一体どういうつもりなんだ?)
意図がわからず、不気味だった。
「マルク様を見たのなら教えてくれればいいのに。気が利かないわね、アンジェは」
「ごめんごめん」
一方のヴェロニカといえば、そんな含みに気付いた素振りもない。
彼女は、マルクの名前を聞いてなにやら憧れるような表情を浮かべていた。
「あの方は素晴らしいお方だわ。家柄や身分が申し分ないのはもちろん、高貴な出自に甘んじることなく努力を重ね、ご自分を磨いていらっしゃるもの。お姿ももちろん麗しいけれど、なによりそのお志がご立派なのよ」
ヴェロニカはそう賛辞を連ねると、挑戦的な視線をアゼルに向けた。
「ほんと、リタなんかにはもったいないわ」
「……」
アゼルは黙って唇を噛み締めた。
「あんたもそう思わない?」
「いえ……僕の口からは、なんとも」
「ふん。あんたはいつもそれね」
ヴェロニカが毒づく。
「マルク様もお気の毒だわ。商家の娘なんかと婚約させられて」
「ヴェラ~、そんなこと言っても仕方ないってば。なにしろリタは聖女候補さまなんだから」
取りなすようにアンジェリカが言う。
「もしかしたらホントに聖女様になるかもしれないし。ヘルブラント辺境伯があわよくばって思っても仕方ないんじゃない?」
「リタが聖女ですって?それこそありえないわよ」
馬鹿にするようにそう言うと、ヴェロニカは首を大きく横に振った。
「そもそもあんな子が聖女候補になれたことがおかしいのよ。神学の授業も一般教養も散々だし、神聖魔法だってろくすっぽ使えやしないじゃない。やる気があるのだけは認めてあげるけど、あの成績じゃ話にならないわ」
傲慢な物言いではあるものの、それは事実だった。リタは見習い修道女としては座学にしても実技にしても覚えが早い方だとは言えない。
「その点ヴェラはいつも一番だもんねぇ」
「当たり前よ。私はパウルマン家の跡取りですもの」
ヴェロニカが尊大に胸を張る。
彼女の生家であるパウルマン伯爵家は、代々教皇庁の高官を務める慣わしなのだとアゼルはリタから聞いたことがあった。
それどころか、かつては何代にも続いて枢機卿を輩出していたという。
今では往時ほどの勢いはないが、名門であることには変わりがない。
そのためヴェロニカは自身の生まれや優秀さをやたらと鼻にかけているところがあった。
だからこそ、実力も家柄もないリタが自分よりも注目されるのが気に入らないのだろう。
「マルク様にふさわしいのも、聖女の座にふさわしいのも、あの子じゃなくて私。あんたもそう思わない?」
ヴェロニカがアゼルに絡んでくるのもそれが理由だった。
どれだけ気に入らなくても、聖女候補であるリタには直接言えない。だからリタの幼馴染である自分に絡んで鬱憤を晴らしているのだ。
「ねぇ、そう思うわよね?」
「……僕にはわかりかねます」
重ねて訊ねられればさすがに無視できない。アゼルは曖昧に言葉を濁した。
もちろんそれで納得する訳もない。
「はっきりしないわね」
「……」
ヴェロニカはふぅ、とこれ見よがしに大きく溜息を吐いた。
「ホントに情けない奴ね。マルク様なら、仮にあんたと同じ立場であってももっと毅然としていらっしゃるに違いないわ」
そう言うと侮蔑するようにアゼルを睨み、吐き捨てる。
「あんたとは大違い」
「そうですね」
それはその通りだと思ったので、アゼルは素直に頷いた。
「ヴェロニカ様の仰る通りです」
それを聞くとヴェロニカは信じられないという顔をした。
「……は?何よそれ。あんたここまで言われて悔しくないわけ?」
「いえ、まったく」
アゼルは首を振った。確かにマルクなら、もっと違う態度を取るだろうと思ったからだ。
ありえない仮定ではあるが、もしマルクが自分のような境遇に置かれたとしても、彼なら毅然と自分の信念を貫くだろう。
曖昧に言葉を濁してばかりの、卑屈な自分とは違う。
「マルク様は素晴らしいお方です。僕なんかと比べること自体が恐れ多いことです」
だからその言葉はお世辞でも誤魔化しでもなく、本心だった。
「……あんた、それでも男なの?」
するとヴェロニカの目が吊り上がった。
「あんただってマルク様だって、同じ男じゃないの。少しは張り合ってやろうとは思わないの?」
「え?」
アゼルは耳を疑った。
今のは身分差を弁えた、節度ある発言のつもりだった。もちろん別におもねったつもりはなく、本心から出たものではあるが、階級差に人一倍こだわりを持つヴェロニカが喜びそうな言葉でもあったはずだ。
(それなのにどうして怒るんだ?)
アゼルには訳がわからなかった。
「張り合うだなんて、そんな。僕なんかがマルク様に……」
「……そう。私に逆らうわけね。いい度胸じゃない」
完全に目の据わったヴェロニカが、アゼルの顔の横に手を伸ばす。
「お仕置きよ……アゼル」
「痛っ!」
アゼルは小さく悲鳴を上げた。ヴェロニカに左耳を引っ張られたのだ。
「ヴェロニカ様、何を……」
「言ったでしょう、お仕置きよ。生意気な犬にはシツケが必要でしょ?」
ヴェロニカはそう言うと、アゼルの耳を指でもてあそんだ。
「変なの。耳の裏に毛が生えてる。ホントに動物みたいなのね」
「……あの」
「動くとまた引っ張っちゃうわよ?」
そう言われると逆らえない。アゼルはされるがままになるしかなかった。
「あの子がね、前に言ってたのよ」
耳をもてあそびながらヴェロニカが言う。
「リタのことですか?」
「ええ。ちっちゃな頃、あんたの耳によく触らせてもらったんだって。ニコニコしながらね」
(よりにもよって、そんな話を……)
さすがにこの時ばかりはリタを恨めしく思った。
「いくら小さな頃の話とはいえ、そんなはしたないことをよく口にできたものよね。信じられないわ」
一方、ヴェロニカは少し気が晴れたのだろうか。いつのまにか機嫌が直っている。
「まったくこれだから平民の子は」
「いやいや。ヴェラ、自分が今なにしてるかわかってる?」
アゼルは心中密かにアンジェリカに感謝した。言いたかったことを代わりに言ってくれたからである。
「私?私は別にいいのよ」
だがヴェロニカは一向に意に介してくれない。
「だって私はこいつを虐めてるだけだもの。はしたなくなんてないわ」
そんなものだろうか、とアゼルは思った。
「ちょっと屈みなさい。よく見えないわ」
「……はい」
言われるがままに腰を屈する。
口ではいじめると言ったヴェロニカだが、強く引っ張ったのは最初だけだった。純粋に興味があるのか、普通に耳を触っている。
その手付きは思いがけず繊細で、壊れ物を扱うように丁寧だった。
それが却ってアゼルを落ち着かない気分にさせた。




