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第13話 ヴェロニカとアンジェリカ①

「何よその目は。なにか言いたいことでもある訳?」


「いえ、そんなことは」


「ふん。あいかわらずつまんない奴ね」


 ヴェロニカは言葉通りつまらなそうに鼻を鳴らした。


「ていうかあんた、出て来なさいよ。穴掘りしながら私たちの相手をするつもり?」


 正しい位置関係の話はどうなったんだ?


 一瞬そう思ったが、むろん口には出せない。


「いえ、そのような。ただ急ぎの仕事でして……」


「そんなの私の知ったことじゃないわ。さっさと上がってきなさい、話しづらいでしょうが」


「だねー。それに埃が立ったら服が汚れちゃうし。出といでよ、アゼル」


「……はい」


 観念して頷く。貴族を相手に逆らえるはずがない。


 仕事を楯にすればあわよくば立ち去ってくれるかとも思ったが、そう上手くはいかないようだ。


 たとえそれで作業が遅れて間に合わなかったとしても、罰を受けるのはアゼルであってこの二人ではない。


 理不尽に思えても、身分差というのはそういうものだ。


(なんとかやり過ごして、早く帰ってもらおう)


 そう思いつつ穴から出る。

 もっとも、そう上手くいけば苦労はない。


 気が重いのを愛想笑いで隠し、アゼルはヴェロニカ達に向き合った。


「それでいいのよ。……ん?」


 ヴェロニカがふと眉を顰(ひそ)めた。


「どうかしましたか?」


「なんかあんた、思ったより元気そうね」


「えっ……」


 ギクリとした。マルクの顔が一瞬頭を過ぎる。


「な、なんのことでしょうか」


「いえね、この前リタが言っていたのよ」


「リタが?」


「『墓穴掘りがある度にアゼルはひどく疲れてて、死んじゃいそうな顔をしている。心配だ』って」


「え……」


「なんか泣きそうな顔してたよねぇ。さすがに大げさじゃない? て思ったんだけど、それでちょっと見にきたの」


「あんたの死にそうな顔をね。なのにピンピンしてるじゃない。つまんないったらないわ」


「そ、そうでしたか」


「リタが大袈裟に言ってただけなのね。わざわざ来て損したわ」


「どうもご足労をお掛けして……」


 不平を零すヴェロニカを宥めつつ、アゼルは別のことを考えていた。


 まさかリタがそんなことを言っていたとは。

 ……というか、バレていたとは。


 となると、今日マルクが来てくれたのは、やはりそういうことだったのだろうか?

 なんだか嬉しいような、申し訳ないような気分だった。


「でもさぁ、それって本当にリタのせいなのかな?」


 突然、思いついたようにそう言ったのはアンジェリカだった。


「どういう意味よ、アンジェ」


「つまりぃ、大袈裟なのはアゼルの方だったんじゃないかってことだよ。リタに心配してもらおうと思ってさ~」


「へぇ……? なるほど。こいつがリタを騙したってことね」


 ヴェロニカの目が鋭く細められる。


「ありそうな話だわ。そうなの、アゼル?」


「まさか!」


 アゼルは勢いよく首を振った。


 まったくの言い掛かりだった。自分はむしろ、リタにだけは気付かれまいと苦心していたのだから。


 なにしろリタのことだ。きっとこのことを知ったらヌートと一悶着を起こすに決まっている。


 そうなることを恐れたから、リタにだけはバレないようにアゼルは気をつけていたつもりだった。


 だが、この二人にはそんな釈明など通じない。


「本当かしら。ウソ吐いたらタダじゃおかないわよ? お仕置きしちゃうから」


「あはは、それ楽しそうだねぇ。どんなことしちゃおっかなぁ」


「勘弁してください。本当に僕はリタを騙してなんて……」


「じゃあ何で今日に限って平気そうにしてるのよ?」


「今日は偶然いつもより掘りやすい場所だったんです」


「はぁ? 何よそれ。土なんてどこも一緒でしょ」


 それがそうでもないのだ。……などと、ろくに土を掘ったこともない貴族のお嬢様に言っても始まらない。


 とにかく忍耐強く説明するしかないと思い、続けて口を開く。


「コツを掴んだんです。だから少しマシになったんですよ」


「コツ、ねぇ」


 ヴェロニカはしばらく疑わしげにアゼルを睨んでいたが、ふと地面に開いた穴をしげしげと見下ろした。


「……ていうか、凄いわね。こんな大きな穴を一人で掘ったの?」


「え?」


「なに呆けた顔してんのよ。あんた一人で掘ったんでしょ?」


「は、はい! もちろんです」


「汗ビッショリだね~。大変そうだったのは確かだねぇ」


「おまけに泥まみれ。……ま、あんたにはお似合いだけど」


「ど、どうも……」


 汗を掻いていてよかった、とアゼルは思った。

 おかげで冷や汗を掻いてもバレない。


 どうやらマルクのことは勘付かれてはいないようだが、なんとも心臓に悪かった。

 できればそろそろ帰ってほしい。


 しかしそうはいかないようだった。ヴェロニカは尚も睨むような目付きでこちらを見ている。


 そして言った。


「……あんたさ、あいつになんか言ってやらないわけ?」


「え?」


「あのヌートとかいう庭師よ。なんであいつは一緒に掘らないのよ? あいつの仕事でもあるでしょうに」


「ヌートさんは……別の仕事があるとか言ってましたので」


「あの庭師さんなら、さっき昼寝してたの見たよ? 畑の近くの木陰で」

 

(ああ、やっぱり)

 

 アゼルは心の中で溜息を漏らした。

 わかっていたことだけに、別に腹も立たない。


「そうですか」


「そうですか、じゃないでしょ。あんた、腹が立たないわけ? 一言文句いってやりたいって思わないの?」


「……ヌートさんにはお世話になっていますから」


 ヴェロニカはそれを聞くと、大きく舌打ちした。


「私、ああいう奴だいっ嫌い」


 不機嫌そうに吐き捨てる。


「自分のやるべきことをやらず、他人に押し付けて平気な顔して。そのくせ良心の呵責を感じることもなく、いかにも善人ですって顔してる。厚顔無恥とはああいう奴のことを言うのよ」


「ホントにねぇ、ああいう人ってイヤだよねぇ」


「あんたは人のこと言えないでしょうが」


「あはは、耳がいたーい」


 相方に冷たく睨まれても、アンジェリカはヘラヘラと笑っている。いつものことだが飄々としていて掴みどころがない少女だ。


 ヴェロニカとアンジェリカはいつもこんな感じで、アゼルからすれば仲がよいのか悪いのかわからない二人だった。


 しばらくアンジェリカを睨んでいたヴェロニカだったが、ふいと視線を外し……今度はアゼルを睨んだ。


「次に嫌いなのはあんたよ、アゼル」


「え?」


「あんたみたいな奴、私は大っ嫌い。誰に何を言われても「はい」とか「そうです」ばかりじゃない」


「それは……」


「腹が立つなら言い返しなさいよ。思うことがあるなら言ってみなさいよ。あんたを見てると腹が立つのよ!」


「……申し訳ありません」


「すぐそうやって謝る! それをやめろって言ってるのよっ」


(どうしろって言うんだ)


 アゼルは心の中で毒づいた。


 それができたら苦労はしない。自分はお情けでここに置いてもらっている立場なのだ。誰かの機嫌を少しでも損ねたら、すぐにでも追い出されてしまうだろう。


 リタにだってきっと迷惑がかかる。


 貴族のお嬢様なんかに寄る辺のない自分の気持ちなんて、わかりっこない。


「まあまあ、落ち着きなよヴェラ。アゼルだって色々たいへんなんだよ、きっと」


(え?)


 頭に血が上っているヴェロニカを宥めたのはアンジェリカだった。


 アゼルはそれを意外に感じた。彼女は率先してアゼルをいじめるようなことはしないが、今までに相方を止めてくれたこともなかったからだ。


 それがどうして今日に限って?


「わかってるわよそんなこと! だからって……っ」


「マルク様に見られたら嫌われちゃうよぉ?」


「……は? なんでそこでマルク様が出てくるのよ」


「さっき見かけたからだよ。ここに来る途中で」


「私は気付かなかったわ。本当に見たわけ?」


「絶対あれはマルク様だよぉ。なんか服が汚れてて……」


 そこでアンジェリカは横目でアゼルを見た。


「スコップみたいなの持ってた」


「っ!?」


 ギクリとした。

 

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