第7話 秋月大地③
大地たちは、かわひらこを部屋に連れて帰った。赤べえは、どこかへのそのそと去っていった。
岬がソファにどっかと座り、大地とかわひらこは床に座った。叱られているような気分だった。正座をしたほうが良いのだろうかと、大地は考えた。
彼女はかわひらこの服装を上から下まであらためて見回す。
「かわひらこくんの冠の色は緑色か。『小智』だっけ」
「おや、岬さんは冠位にお詳しいのですね」
「詳しくないけれど、そういうの好き。人はわたしを歴女と呼ぶ。時間移動の話をもっと詳しく聞いてみたいんだけど」
「いいでしょう」
岬とかわひらこのあいだで、熱心な質疑応答が始まった。内容は複雑なもので、大地は半分くらい聞き流した。読み飛ばした。
「時間移動、多元宇宙間の移動。あなた方の言葉でいえばそういう言い回しとなりますが、それらの技術は、実はとても古い時代に確立されたものでおじゃる。わたしが生まれた時代、あなた方が『平安時代』と呼ぶ時代よりも昔。その存在を知っていて、行使することが許されたのはごく一部の人間だけではありましたが。しかしそれは危険を伴う技術、宇宙を摩耗させてしまう可能性がある」
「それはあれかな。紙に消しゴムをかけすぎると破れちゃうという」
「岬さんはとても理解力がある」
「ありがと。でも今のはわたしの言葉じゃない」
「技術の危険性に加えて、我らには敵がいるのでおじゃる」
「敵?」
「みなさんの時代から、はるか未来の者たち」
「未来人」
かわひらこがうなずく。
「未来人も、あっちはあっちで独自に時間移動の技術を開発しました。時間移動により利益を得ようとする者たちにとってわたしたち過去世界の人間は邪魔な存在。攻撃を仕掛けてくる彼らへの対抗手段として我らが開発したものが『時の杭』。これを正しく使えば未来側からの時間移動を封鎖することができる。しかし時の杭をめぐる争いが世界の破壊と分裂を引き起こしてしまった」
きらきらした目でその話を聞いていた岬はグラスを空けて満足げに微笑んだ。
「あー、面白い。でもいいのかな。その、二十一世紀の人間が知りえない知識を聞いてしまっても」
「わたしは岬さんの記憶を消そうと思えば消せますし、あなたに知識だけあっても、証明する術がありません。時間移動の秘密を公表しようとする人がたまにいるのですが、全員が変人扱いされて、処分されています。わたしたちが特に何もしなくても」
「そんなものよね。正しいかどうかではなく、人と異なる言葉を発してしまうことはときとして罪となる。ささ、飲みねえ」
三本目か四本目の缶ビールを岬はかわひらこのグラスに注ぐ。「これはどうも」かわひらこは嬉しそうに泡をすすった。
「君は、僕にそんなふうには言ってくれなかった」
急に、大地の言葉が酒を酌み交わす二人の会話を遮った。岬とかわひらこは興を削がれたように大地のほうを向いた。
「……大ちゃんも、もうちょっと飲む?」
「そうじゃない」
「どうしたっていうのよ」
「なぜ他の人間と同じ言葉を使うことが出来ないのかと、いつも君は僕を責めた」
「わたしがあなたに? そんな覚えはない。ああ、別な世界のわたしがそう言ったのね」
岬はグラスを置いて、少し考えた。
「……大ちゃんの知っているわたしは、嫌な人間だった?」
「とんでもない。君は僕の生きる希望だった。きっと違うのは僕の方だ」
「ふうん」
テーブルに並べてあった柿ピーを岬はつまんで口に放り込んだ。
「あっちでは、大ちゃんとわたしは結婚してないの?」
「してないよ、残念ながら。会社で所属が一緒だから、接点があるというだけで」
「あ、わたしまだ働いているんだ?」
「働いている。あれ、こっちでの君は専業主婦?」
「うん。三年前に早期退職がなかった? わたしと大ちゃんはずっと付き合っていたけれど、そのタイミングでわたしは会社を辞めて、あなたと一緒になった」
「三年前。こっちで早期退職の話がもちあがったのはつい最近だ」
「ほんとに色々とちがうのね」
「でも同じ部分もある。君は今日、退職して結婚するかもと言っていた」
「あなた以外と」
「もちろん」
岬は身を乗り出してきた。
「それってとても興味がある。そっちのわたしは一体誰と結婚するんだろう? こっちでも面識ある人かな」
「それを僕に言わせるのかよ。ええと、総務の加納っていってた」
「おお」
岬は驚きと笑いを入り混じえて、何度か大きくうなずいた。
「なるほど、なるほど」
「君にも思い当たる節があるの?」
「あのねえ、ないといえば嘘になる」
大地はいろんな方向から殴られているような気分になった。
「やっぱ僕も飲むよ」
それからしばらく酒席は続き、岬はぽりぽりと柿ピーをかじっていた。彼女は途中から言葉が少なくなっていた。元気がなくなってきた。大地の方を見ない。酔いが回ってきたのだろうか?
かわひらこが尋ねた。
「岬さん、わたしたちを今晩泊めていただけないでしょうか?」
返事はなかった。岬はビールを飲み続けている。
「……かわひらこくんは、仕方がない。でも、正直、大ちゃんを泊めるのはいや」
「え、どうしてさ?」
「いやなものはいや。……だってあなたは秋月大地じゃない」
「そんな、僕は秋月大地だ」
「違う。わたしが今まで一緒に暮らしてきたのはあなたじゃない。わたしにプロポーズしてくれて、優しくしてくれて、今夜はコロッケ食べようねって約束したのはあなたじゃない。ねえ、結局わたしのダンナはいったいどこ行っちゃったのよ?」
それは、大地にもかわひらこにも、ちゃんとは分からない。
岬はテーブルを手のひらで軽くたたいた。決意を込めて。
「知ってしまった以上、この件にわたしも全力で関わらせてもらう。全部納得できたわけじゃないけど、大ちゃんが違う人間になっちゃったことは事実だもの」
沈んだ面持ちでうつむく大地は、岬をちらりと見て、彼女の身に異変が起こっていることに気づき、驚いた。
「え、なにそれ、岬どうしたの?」
「ん、何がよ? わ、なんじゃこりゃ」
岬の体の周りを赤い光が包んでいる
「だいじょぶ? 熱くない?」
「熱くはないけど、なんだか心が燃えたぎっている感じ」
「君は何言ってんの?」
慌てる二人をよそに、かわひらこはその様子を眺めながらビールをすすっていた。
「これはこれは……、なるほど、あなたが『朱雀』でおじゃるか」
リビングのテーブルを片づけて、岬が布団を敷いている間、大地はベランダでたばこを吸っていた。風が寒かった。
ビールの空き缶を灰皿代わりにして、二本目を吸い終わったとき、窓が開いて岬が顔を出した。
「泊まっていいよ、あなたも」
「助かる」
「わたし、さっきは酷いことをいってしまった」
「いや、君は当たり前のことしか言っていない」
「寝室は別にさせて。悪いんだけど」
「うん、そのほうが僕も落ち着く」
「灰皿、ちゃんとしたのがなくてごめんなさい。……うちには吸う人がいないから」
岬はおやすみと小さく言葉を残して窓を閉めた。
夜の景色を眺めても、自分がどこにいるのか大地にはまるで分からない。
第8話 秋月大地④ は6月10日(火)に投稿予定です。




