第69話 一度きりの魔法
照の持つ短刀から黒い蛇のような輝きが巻き起こり、西軍の銃弾を跳ね返し続ける。
空に浮かぶ照、そして容保の姿を、八重が刀を探す手を止めて見上げた。
「あれが『別の世界から来た』二人?」
「そうだよ。よう容保、無事だったか」
大地の言葉に、八重はぐりんと顔を彼のほうに向けた。彼女の顔には『殿を呼び捨てにしやがった!』と書いてあるが、大地は気にせず、また容保も大地の態度を当然のものとして受け入れているようだった。
「大地、話すことはいろいろあるが、まずはこの場を切り抜けてからだな」
「ああ、青龍の聖刀を探していた」
「水のなかか」
容保は、水底を探すための竹竿を握っている八重の姿に目を留めた。
違う時間軸からやって来た容保は八重の姿に覚えがないが、それでも彼にとって男性用の戦闘服に身を包む彼女は、なぜだかとても好ましく見えて、容保はただ静かに微笑んだ。
「容保さま。わたしはやり遂げます」
「うん」
思いを込めた八重の言葉に、容保がうなずく。
銃弾が跳ねる音。人の叫び。戦闘の真っただ中で小舟に乗って八重は水底を探り続けるが、なかなか見つからない。大地と岬も懸命に目を凝らすが分からない。
お堀の水は重く濁っていた。日がほぼ沈み視界は悪い。
「殿」
聖刀『玄武』を操り防戦する照が隣の容保に声をかけた。
「わたしが探せば何とかなるかもしれません。しかし、銃撃を防ぎながらはさすがに難しい」
それを聞いて容保は夜空のほうへ顔をあげる。
「頼めるか」
すると闇の向こうから、場違いな明るい返事が返って来た。
「まかしとき!」
風を切る音とともに、人影が容保と照の横をすり抜けて、お堀の向こうから銃撃を続ける西軍の兵たちの真ん中に降り立った。
「我こそは兎奇子。松平容保の家臣にして西郷頼母の弟子。兵隊さん、ちょっとうちの相手をしてもらうで」
ふたつに結った銀の髪をなびかせて、はるかな未来から来た戦士が名乗りを上げる。赤い瞳がきらきらと瞬いた。
「兎奇子じゃないか。どうして」
小舟に乗る大地は驚いて容保のほうを見た。兎奇子は自分たちを狙う敵だったはず。
以前、襲われたときはのちの世の軍服のような姿だったが、今は着物に身を包み、岬と同じように、いつか見た娘子軍の姿にも似ていた。
「こっちだっていろいろあったのさ」
容保はただ肩をすぼめた。
長い槍を振り回して西軍を食い止める兎奇子。その間に照が大地たちの乗る小舟の側に降りてきた。
「照さん」
「大地殿、また会えましたネ」
まるで姉のように彼女は笑った。大地もうれしくて、弟のように笑みを浮かべた。
「さて、やっちゃいますよ」
照の表情が真剣なものに変わった。彼女は自分の聖刀『玄武』をお堀の水面へと向けた。
「や」
黒い光の束が巻き起こる。無数の蛇のようなそれは水をかき分け、跳ねのけていく。
「すごい」
岬が照の能力に驚く。あっというまにお堀の底が見えた。小船の三人は身を乗り出して刀を探した。
向こうでは兎奇子の勇ましい声が響く。
「どうした。そんなもんか兵隊さん! そんなことでは容保はんの愛の力に守られたうちを倒すことはできへんよ」
「愛とは」
大地が兎奇子のほうを見てつぶやいた。そこへ照が放つ黒蛇のような光の一つが大地に向かって飛んできて、危うく当たるところだった。照の『イラッ』が具現化してまき散らされたようだった。
「あぶね」
そのときお堀の底を見ていた八重が叫ぶ。
「何か光った!」
大地がそちらに目を向けると、たしかに泥のなかで青い光が見えた。
「僕の刀だ」
大地は準備してあったたもを伸ばすが、届かない。部分的に水がないので、舟が近づけない。
「大地、わたしが」
容保が白く輝く自分の聖刀を、大地の刀に向けた。
すると泥の中から聖刀『青龍』が浮かび上がった。
刀は持ち主である大地の元へ近づいていく。
「やっと見つかった」
大地は刀に手を伸ばした。
青い光と容保の力による白い光が螺旋を描き、刀を包んでいる。
大地はその輝きを見て、いつかのさざえ堂のことを思い出した。
刀に触れた瞬間、青と白の光は、洪水を起こしたかのように跳ねまわった。
「うわ、な、なんだこれ!」
聖刀が強く振動する。痛みはないが、その突然の現象に大地はとても驚いた。
(それぞれの力が重なってブーストしている?)
大地に正確な理屈は分からない。
容保の聖刀はものを浮遊させる力があり、大地の刀には物体の持つエネルギーを大きく増大させる力がある。
それらが混じりあっている状態かも知れなかった。
気づくと自分の身体がふわりと浮かび上がっている。
「大ちゃん」
「大地殿」
小舟の岬と八重が、大地を見上げる。
高くのぼっていく大地の身体。
空中にいる容保と照の目線を通り過ぎて行く。
ふたりが大地を見守る、その顔は穏やかだった。
彼の身に起きている現象を、驚きもなく受け入れているようだった。
さらに大地の身体は夜空に向かって舞い上がっていく。
会津兵と西軍双方の銃弾が飛び交い、おびただしい音と煙があたりに渦巻くが、光に包まれた大地には 何も届かない。彼はいま静けさの中にいた。
大地は鶴ヶ城の天守閣の最上部あたりの高さまでたどり着いた。
西出丸から銃撃を続ける会津兵たちの背中がよく見える。
(届いていないじゃないか、弾)
会津の武器の性能は敵のそれよりも数段劣る。
いくらやっても何も変えることができず、けれどただ負けたくない、負けたくないという思いだけが彼らを支えている。
大地は必死の抵抗を続ける会津兵たちの姿を見下ろしながら、優しくつぶやいた。
「これは無礼なのだと思う。でも、一度だけ許してほしい」
そして大地は青龍の聖刀を強く握る。
今までにない力が自分の中から湧いてくるのを大地は感じた。
彼は青龍を一振りした。刀からは光があふれ、鶴ヶ城を中心に空を青いベールのような光で包み込んだ。
光は会津兵たちにも届く。彼らが敵兵目掛けて引き金を引いたとき、兵たちの耳に澄んだ音が響いた。
「えっ?」
兵たちは自らの放った銃弾が青い光の筋を帯びて伸びていくのを見た。
そして一度だけ、その一撃だけ、彼らの弾は本来の射程距離よりもはるかに遠くまで飛んだ。
会津兵の魂そのもののように雄々しく突き進み、木々を貫き壁を打ち砕いた。
それは敵兵たちに大きな驚きを与えるものだった。
八重がその様子を見ていた。彼女と彼女の夫は、埋まらない武器の性能差に誰よりも悩み、それでも気持ちを奮い立たせてきた。そんな彼女にとってこの光景は奇跡そのものだったろう。神様か誰かが願いをかなえてくれたかのように思っただろう。
「届いたよ、尚之助さま。弾が届いた」
容保は薄れていく青い光を見上げていた。
「大地、わたしは少しだけ変わることができたと思う。そしてきっと、お前も変わったのだな」




