第68話 再会
「あんまり使う機会ってないんだけどね、元々備え付けの小舟はあるのよ。ほら、お堀に落っこちたものとか、人とか拾うために」
「人を、拾う……」
八重の言葉を聞いて嫌な想像をしてしまった大地が、複雑な表情で目の前の木でできた小船を眺めた。
大地が探していた彼の聖刀『青龍』。それが鶴ヶ城西出丸近くのお堀に沈んでいるらしいことまでは分かった。
水の中に沈む刀を探すために、八重が小舟の準備をしてくれた。
日が暮れてきた。
籠城戦が始まってから、八重と彼女の夫である尚之助は何度か夜襲を試みている。
大地たちが八重と初めて出会ったときは、敵と間違えられて危うく撃たれるところだった。というか、実際しこたま撃たれて、やっとの思いでかわした。
「恩に着るよ、八重ちゃん。今日も夜襲に行くんじゃなかったの?」
「だいじょぶよ、大地殿。今夜は行かないつもりだった。お城の中でやることがたくさんあるし、それに……」
「ん、どうしたの?」
「尚之助さまが最近調子悪い。いまも休ませている」
「ああ……」
尚之助が精神的に追い詰められていることは大地も気づいていた。彼が振り返ると、岬が八重の言葉を聞いて、自分と同じように顔を曇らせていた。
彼女は会津戦争の歴史を知っている。たぶん、八重と尚之助のこれからを知っている。
大地は知らない。自分に親切にしてくれる二人の幸せな未来をただ祈っていた。
「せーの」
お堀の奥まったところに、段差が低くなっている場所がある。小舟をみんなで一緒に押して、水面に落とした。大きな水しぶきが上がり、大地たちにもかかった。
長い竹竿と、たもを八重が探してきてくれた。これを使って刀を探す。
「うまく見つかるといいけど」
岬が段差から小舟に飛び降りた。
「おっとと」
着地の衝撃で舟が揺れて、岬は両腕を伸ばして、揺らして、どうにか体勢を保った。
「大ちゃん気を付けて。これ思ったよりも危険」
大地が続いて飛び乗る。それほど大きな段差でもないのだが、彼は釣りをやったこともないし、大人になってからこういうアスレチック的なことはまずやらない。それゆえに妙に怖かった。
「わ」
両の足にひびく重い衝撃。飛び降りた大地は舟の上で思いっきりバランスを崩した。
じたばたするが、甲斐なくゆっくりと仰向けに倒れていく。秋の空がきれいに見えた。
(ああ、落ちる)
大地が観念したそのとき、白い綺麗な手が追いかけてきた。
「大ちゃん!」
岬が素早く大地の腕をつかんで引き込もうとした。
「岬、君まで落ちる」
「がんばって大ちゃん」
二人で舟の前のほうに寄ったせいで小舟が傾いた。このままでは一緒に水のなか。
「おりゃ」
そこに残っていた八重が降りてきた。舟の後方、大地たちと反対側に軽やかに着地して、舟の傾きを立て直した。
「八重ちゃん、助かった」
倒れて岬と船の上でもつれたままで、大地は礼を言った。
「どういたしまして。ほら、さっさと探すよ」
「うん」
大地が気を取り直して立ち上がった。竹竿を握り、お堀の水の底をついて舟をゆっくりと進める。
「これ重労働だな」
八重が舟の行く先を見据えながら尋ねた。
「場所は、だいたいの見当はつくの?」
岬が答える。
「西北角櫓の近くだった」
「結構遠いね。大地殿頑張って」
「がんばるけども、これはつらい」
石垣の上では提灯がいくつか灯り始めていた。
籠城戦が始まった直後は、砲弾があまり届かない天守閣の西側で、いっときの平穏のあいだにお酒を飲んでわずかばかりの気晴らしをする人たちがいたものだが、数日経つうちにその余裕は無くなってきていた。
敵の攻撃は日に日に激しさを増し、負傷者が続出していた。塩だけは豊富なのだが、食料は尽きつつある。酒も残り少ない。
先の見えない戦いの中、こころが疲弊しつつあるのは尚之助だけではなかった。
大地は舟をこぎながら提灯の明かりを見上げて思った。
今夜も何人かは休めているはず。憩いのひとときに、少しでも心が休まるといいのだが。
「八重ではないか。何しておる?」
石垣の上から野太い声がした。
「ちょっとねー、探しものー」
八重が答えた。こちらを見下ろす男。八重とは見知った仲のようだ。
「お前も酒を飲まぬか」
「後で行くー」
男は手をぶんぶんふって去っていった。
「いまの人は?」
岬が聞くと、八重は男の名前を教えた。
「そう……」
岬はうつむき、少し沈黙があった。それから彼女は顔を上げた。
「酒は飲んでも、飲まれるな~!」
岬は両手で口を包み、精いっぱいの声で叫んだ。
「どうした急に」
大声を至近距離でくらった大地は少なからず驚いた。
「わたしにできるのはこのくらい。今の人は、これからお酒での失敗をやらかしてしまうの」
八重が眉をしかめた。
「あー、それは、あの人は、ありそう……」
大地もその会話を聞いて苦笑を浮かべた。
その時だった。轟音。
石垣の一部が砕け散った。
「砲撃だ!」
八重が叫ぶ。敵の攻撃がまた始まったようだ。
「もうすこし待ってほしかったな」
大地が必死に舟をこぐが思ったようには進まない。
「貸して大地殿。君はよくがんばった」
八重が大地のもつ竹竿に手を添えた。
「や!」
八重の気合とともに小舟は急激に加速して、今までの三倍ほどの速さで進み始めた。
勢いでへたりこんだ大地が茫然と八重を見上げる。
「恐るべしフィジカルギフテッド……!」
「八重さん、このへんのはず」
「よっしゃ」
八重は竿を突き立てて舟を急停止させた。そして水底をかき回すようにして刀を探し出した。
大地は、たもを持って備える。
しかしそう簡単には見つからない。その間にも攻撃が止まらない。徐々に激しさを増してきた。
「もう! 夜は休んでいればいいのに」
八重が苛立たし気に叫ぶ。
砲弾だけでなく、鉄砲の弾も混じって来た。水面に数発着弾する。
石垣の上から会津兵が現れて応戦を始めた。
大地が八重に向けて叫んだ。
「これ無理だよ。戻ろう!」
「こんなところでやめられるか!」
八重は大地の言うことに耳を貸さない。竿を何度も突き刺して懸命に探し続ける。
岬が敵の弾が飛んでくる方を見ていた。
「会津の反撃が薄いのをみて、西軍は勝負を仕掛けてきたのかもしれない」
こんなときこそ八重は前線にいるべきなのに、自分たちの都合で連れ出してしまった。
岬が自責の念に駆られたとき、西軍の兵たちがついに目視できるところまで進んできた。西出丸からお堀を挟んで向かいの通り。その一人と目があったことに岬は気づいた。
「まずい」
数名の銃口が岬たちの乗る小舟に向いた。
「撃たれる。八重さん、大ちゃん、伏せて!」
「まじか」
「何!」
銃声が重なって響いた。
そのほんの一瞬前に、敵兵と、小舟の間に、黒光するベールのようなものが現れ、銃弾を受け止めた。
「この光は……玄武?」
辺りを見回すと。白い光に覆われた二人が浮かんでいるのを大地は見つけた。
笠を深くかぶり、会津の兵たちから顔が見えないようにしていたが、大地にはそれが誰かすぐに分かった。
「来たか、容保」
容保と照。
浮かんでいるのは容保の聖刀『白虎』の力。
そして照がこちらに向かって短刀をかざしている。彼女の『玄武』に力が大地たちを敵の攻撃から守ってくれている。
容保が笠の下から綺麗なまなざしを覗かせて微笑んだ。
「大地、会いたかったよ」




